Brian Eno  Apple MusicのZane Loweのインタビューで、音楽制作の難しさについて語る

©︎ Cecily  Eno


ブライアン・イーノは、先々週に久しぶりの新作アルバム「FOREVERANDEVERNOMORE」を発表した。このアルバムは、最近の世界の気候変動についてのイーノ氏の考えが取り入れられている。近年では、ブライアン・イーノは、リモートでの会話を通して、複数の著名な経済学者との対話を重ね、ケインズの資本主義に次ぐ新たな経済学が必要なのではないか、という提言を行っている。今回の新作アルバムは、イーノにとって久しぶりのボーカルトラックを中心に構成されたアルバムであるが、その中には、アンビエントの手法も取り入れられており、アンビエントポップとも称するべき、このアーティストが新境地を切り開いた作品となっている。

 

オープニングには、天文台のレーダーの音がSEとして導入されており、複数の仕掛けのようなものもある。アルバムには面白い試みがなされているが、全体的には、今日の騒擾にまみれた混乱する社会を反映してか、イーノ作品としては、どんよりとして暗澹たる雰囲気に満ちた作品となっている。

 

ブライアン・イーノは、この最新アルバムにおいて、今日の気候変動の問題やケインズ資本主義の限界について問題を提起しているとも思える。しかし、Roxy Musicのキーボーディストの時代から、ハロルド・バッドとのアンビエントシリーズ、Windows 98の起動音まで様々な作曲を行う、音楽制作の専門家と称しても過言ではないイーノ氏でさえも、今回の新作アルバムの制作は難航をきわめたという。

 

ブライアン・イーノは、Apple Musicで、Zane Loweに「FOREVERANDEVERNOMORE」の制作について語り、音楽制作の難しさについてあらためて述べている。

 

 

古い話になるが、かつて、音楽制作において、主題(Motif)ではなく、変奏(Variation)を行う技術が重要と説いた人物がいた。20世紀にUCLA(カルフォルニア州立大)で教鞭をとり、十二音技法を確立した、作曲家としてだけでなく教育者としても大きな貢献を果たしたアーノルド・シェーンベルクは、自身の作曲法の書籍の中において、主題(モチーフ)自体よりも、その後のヴァリエーション、音形を変奏させる技術力が作曲において最も重要であると説明している。

 

実際、UCLAの作曲法の講義の内容は、変奏(Variation)の重要性と形式の重要性を音楽を学ぶ意欲のある実習者たちに教えものであった。そして、アーノルト・シェーンベルクは、偉大な音楽の作曲家は、常に曲の最後、クライマックスに頂点を持ってくる力があるとも説明している。そして、始まりだけ良くても、その後の技術力が乏しければ、作品は良いものになりえないとシェーンベルクは説いたのだ。

 

そして、ブライアン・イーノもまた、このインタビューの中で、アーノルト・シェーンベルクと近い趣旨のことを述べている。さらに、曲の始まりの輝かしさの危険性についても言及しているのだ。

 

"始まりは簡単だが、終わりは難しい。リズムマシンとか、コードパターンメーカーとか、そういうのね”と。さらに、ブライアン・イーノは続けて、かつてキュビズムの巨匠、パブロ・ピカソが言った「輝かしい始まりほど悪いものはない」という芸術における箴言を引用している。その意味するところは、もちろん、華々しいスタートは一見よいものであると思えるが、細心の注意を払わねば、その後、すべてが下り坂になる危険性をはらんでいるという意味なのである。


ブライアン・イーノは、さらに音楽制作の難しさについて、あらためて、このApple Musicのインタビューで述べている。これは、名プロデューサーとして、U2やトーキング・ヘッズの作品を名作に引き上げた経験から、こういった終わりのない問答の中に迷い込んだのである。これは他者の作品について見るのと、自分の作品について見るのとまったく異なることを表している。イーノ曰く、「何かをやり遂げたとき、それが良いものだとわかっていても、どうすれば、それを台無しにせずに済むのかがわからないときの恐怖」と表現している。「をやっても悪くなるように思えるし、でもまだ作品が完成していないことも分かっている」というのだ。

 

どうするべきなか、悪いとは分かっていながら、良くする方法が見いだせない。こうした無限の問答に救いの手を差し伸べたのが、新作アルバムにコラボレーターとして参加した人物だった。彼は、この作品にそれとは異なる視点を与えるとともに新鮮な息吹を注ぎ込む重要な役割を司ったのである。インタビュアーを務めたZane Loweはまた、ブライアン・イーノが16歳の時にギブソンがロンドンのスタジオでアカペラグループに参加した時に出会った超人気プロデューサー、Fred Again/フレッド・アゲイン(別名フレッド・ギブソン)の指導があったことについても語った。

 

フレッド・アゲインは、ブライアン・イーノとアンダーワールドのカール・ハイドの2014年の2枚のアルバムでコラボレーションを行っている。その後、ジョージ・エズラやリタ・オラ、スクリレックスやスウェディッシュ・ハウス・マフィア、あらゆるジャンルのアーティストと仕事を共にし、経験豊富なプロデューサーである。インタビューで、イーノは、作品を完成させる際に彼が不可欠な人物であったと明かし、さらにフレッド・アゲインを称して「メンター」と崇めたてている。


"私はフレッドを自分のメンターとも思っている "とブライアン・イーノは言う。「彼の仕事ぶりを見て、コンテンポラリーミュージックについて多くのことを学びました。初めてフレッドと仕事をしたとき、彼の仕事が本当に素晴らしいのはわかったけど、彼がやっていることの多くを理解しきれなかったんだ」「すごいな、これは音楽を作る方法についての新しいアイデアだ "と思うまでに、かなり、時間がかかったよ。だから私は彼から多くを学びました。これは双方向の関係なんだ。自分の作品が好きな人のメンターと呼ばれるのはとても光栄なことですが、実は双方向に作用しているんです。フレッドの作り方を見ていると、音楽の聴き方が変わってきたんだ

 

新作アルバム「FOREVERANDEVERNOMORE」は、名プロデューサーとしての実績を持つからこそ制作にあたって大きな壁に直面、しかし、意外にも窮地にいるブライアン・イーノを救いの手を差し伸べたのは、同じく名プロデューサーとしての表情を持つフレッド・アゲインだった。彼の参加により、作品は重苦しい雰囲気もあるが、厳格さを帯び、現代的なプロダクションとして完成へ導かれたのだ。自分の視点から見えるものは、どのような傑出した人物でも限られている、時には、自らと異なるアドバイスを得て、異なる視点から自分の作品を見つめ直すと、どこが悪いのか、どこを修正すべきなのかが明らかになる。今回のブライアン・イーノのインタビューはファンにとどまらず、音楽制作者にとっても重要な示唆に富んだメッセージとなるはずだ。