The 1975 「Being Funny In A Foreign Language」
Label: Dirty Hit
Release: 2022年10月14日
Review
マンチェスターのロックバンド、The 1975の「Being Funny In A Foreign Language」のレビューをお届けします。
The 1975は多くの人が知っている通り、英国内では、賛否両論あるロックバンドです。レディングのヘッドライナーを務めたときも、批判もあった。彼らのロックは親しみやすいものであるとともに、また消費的な商業音楽でもあり、その点が意見が左右される場合があるのでしょう。しかし、この点は、例えば、日本国内でのこのバンドの評価を見た際に、洋楽初心者と、比較的、洋楽に慣れ親しんだリスナーとの間で評価が二分されることも事実かもしれません。しかし、間違いなく、The 1975のライブパフォーマンスは、世界的に見ても随一のクオリティーであり、フロントマンのマッティー・ヒーリーも、ロックバンドのフロントマンとしては世界的に見ても秀でた歌唱力を持っている、そのことはまず認めておかなければなりません。
ダーティー・ヒットからの最新作「Being Funny In A Foreign Language」は、マッティー・ヒーリーが、「外国語で人を笑わせることが出来たら、どれほど世界が朗らかになるだろう?」というアーティストなりの提言となっている。そして、アルバムのアートワークに関しても、モノトーンに映された写真で車の上に乗っているのは、他でもないマッティー・ヒーリー本人で、これは2013年に発表された「Music For Cars EP」時代のThe 1975のイメージからの脱却という意味、暗示が込められている。この2013年の自分たちの古びたイメージとの決別を告げている(古い自分たちを乗り越えよう)という表明と捉えることも出来るわけです。
しかし、興味深いことに、最新作「Being Funny In A Foreign Language」は、彼らの次なる段階への進歩を示しつつ、原点回帰を図ったアルバムに位置づけられるかもしれません。2018年の「Brief Inquiry Into Online Relationship」ではエレクトロの影響が色濃かったものの、今作では一転、クラシカルなロックのスタイルに方向転換を図っている。それは、普遍的なロックバンドへの歩みを進めつつある過程ともいえ、それらの苦心の跡もアルバムには感じられる。
全体的には、アルバムのハイライトで、サマーソニックで初披露された「I'm In Love With You」を始めとする1980年代のディスコ時代のポップス、そして、ダリル・ホール&ジョン・オーツのソフト・ロックを融合させたようなサウンドで、口当たりはよく、それほど洋楽に詳しくないという方でも入りやすさがあるように思われる。さらに、以前に比べて、バリエーションを持たせるべく、バンドは苦心しており、サックスを取り入れたこれらのダンサンブルなロック/ポップスの中に、これまでのアルバムのオープニングと同タイトルである、お馴染みの「The 1975」では、ボン・イヴェールを思わせる実験音楽とポップスの融合を試みていたり、さらには、R&Bの全盛期を思わせる「All I Need To Hear」といったトラックでは、まさにマッティー・ヒーリーのソングライティングの核心とも言える、しっとりとしたバラードソングも聴くことが出来ます
そして、もうひとつ、バンドとしての大きな変化を感じさせるのが、#10「About You」で、ここではこれまでのバンドの経験を踏まえつつ、典型的なスタイルから脱却し、轟音ポストロックサウンドのような斬新なアプローチを図っている。しかし、それらは、このバンドの手にかかると、なぜか、親しみやすいキャッチーなアンセムソングに変化してしまうというのが面白い。
フロントパーソンのマッティ・ヒーリーのヒット曲を、それほど苦心せず、さらりと書いてしまうという性質は、ほとんど天性のもので、また、その曲をさほど重苦しくならず、さらりと気安く歌う事もできる、つまり、イメージに爽やかさがあるという点も、このシンガーの類まれなる天性でもある。
「Being Funny In A Foreign Language」は、多くの人の心を捉えるような出来となっており、クオリティーも軒並み高い。そして、アリーナクラスの楽曲が勢揃いしていて、何より多くのリスナーの共感を得そうな雰囲気もあるため、洋楽の入門編としては、これ以上のアルバムは存在しない。しかし、ひとつだけ、このアルバムの難点を挙げるとするなら、これらの楽曲は、とっつきやすさがあるのと同時に飽きやすさがあるという点でしょう。実はバンドは、そのことを前作ですでに把握していて、そういったこのバンドイメージにまつわる軽さを払拭しようと苦心し、ロックバンドの経験を踏まえ、円熟味や深みを追求したのが、「All I Nerd To Hear」「About You」あたりの楽曲ではないだろうかと思われます。
しかし、この最新アルバムは、The 1975の結成から20年の集大成であることはたしかですが、このバンドの最終形ではなく、ひとつのターニングポイントに過ぎないのかもしれません。マンチェスターのロックバンド、The 1975のビッグチャレンジは、まだまだこれからも永く続いていくことでしょう。
80/100
Featured Track 「I'm In Love With You」