Arctic Monkeys 『The Cars』/ Review

  Arctic Monkeys  『The Cars』

 


 

Label: Domino

Release: 2022年10月21日



Reveiw

 

全世界のロックファン待望のアークティック・モンキーズの四年ぶりのアルバム『The Cars』遂に発売となりました。この新作の到着には、往年の熱心なファンにセンチメンタルな感涙すらもたらしたでしょう。

 

さて、シェフィールド出身のアークティック・モンキーズの最新作は、すべての楽曲のソングライティングをフロントマンのアレックス・ターナーが手掛けている。そして、アルバムのレコーディングは、イギリスのサフォークで行われている。アルバムのレコーディングの様子を映した写真が公開されているので、それを、以下に掲載しておきます。この写真は、アレックスと古くからの盟友であり、バンドの屋台骨でもあるマット・ヘルダースが撮影したものです。 

 

 


 

このアルバムには、明らかに、以前よりもソウルミュージックや1960年代のビートルズのマージーサウンドに象徴されるアクの強いアプローチが取り入れられていますが、一体、アレックス・ターナーとバンドは何をこのアルバムで志向しようとしたのでしょう。実は、ターナーは、一ヶ月前に、自身のお気に入りの楽曲を集めたspotifyのプレイリスト公開していて、この最新アルバムの謎を解き明かす上で、このプレイリストはかなり参考になると思いますのでぜひチェックしてみてください。ここで、アレックス・ターナーは、セルジュ・ゲンスブール、ジョン・カーペンターをはじめとする、かなり渋い選曲をしていることからも分かる通り、どうやら、ロック/ポップスの核心を徹底して追求しようとしたのが「The Car」の正体のようです。


最初の先行シングル「There’d Better Be A Mirrorball」は、アルバムの中で最も説得力のある楽曲に挙げられる。アナログテープの逆再生の手法を交え、クラシカルなロックと古典的なR&Bの中間にあるポイントを探っているように見受けられる。この新たなポイントに加え、アークティックの最初期の名曲「Only Ones Who Know」を彷彿とさせる内省的なロマンチシズムが漂う。その他、この曲と同系統に当たる「Body Paint」もまた、アレックス・ターナーのボーカリストとしての円熟味を感じさせるバラードソングとして十分に楽しんでいただけると思われます。

 

これらの最初期のガレージロックバンドとしての性質の中に隠れていた要素、実はこのバンドの最も重要な性質でもあるソウル・バラードをアルバムの全体像として捉えることも出来るのですが、その他にも、表題曲の「The Car」では、近年の『AM』『Tranquility Base Hotel & Casino』の音楽性の延長線上にあるゴージャスな雰囲気を持ったR&Bソングに、ダンスホール時代のソウル・ミュージック、ファンク、はては、フランスのゲンスブールのようなイエイエの時代のダンディズムを加えた、玄人好みの音楽観を感じさせる。それらが、ピアノ、ギター、ベース、ストリングスを交えて、多角的なアプローチに取り組んでいる。これはありえないことではあるものの、音楽から、往古の時代の芳醇なノスタルジアが匂い立つように感じられる。映画音楽、また、古い時代への温かなロマンチズムやノスタルジア、つまり、それこそ、アレックス・ターナーがこの最新作『The Car』で描きたかった表現性なのかもしれません。

 

バックトラックに関しては精妙に作り込まれており、完璧なポピュラー/ロックミュージックの表現性が引き出されています。この点は、バンドのしたたかな経験が作品に目に見える形で表出している。ただし、ひとつ大きな問題を挙げるとするなら、その完璧なバックトラックに対して、ややもすると、アレックス・ターナーの掲げる理想のイメージが高すぎるのか、ボーカルが背後のダイナミックなトラックメイクに合致しているとは言いがたい部分もある。もっというならば、ボーカルがバックグラウンドから少しだけ浮いているようにも感じられるわけです。


アークティック・モンキーズは、すでに『AM』の時代から、初々しく突っ走るガレージロック/ダンスロックのイメージから脱却しようと試みており、その凄まじいチャレンジ精神が前々作、前作、そして、この最新作にも引き継がれていることは事実ですが、この最新作の転身ぶりには若干の不安も残ります。アルバム到着を待ち望んでいたファンの期待には大いに答えてみせている作品ではあるにしても、最初期からのファンとしては違和感を少し覚える部分もある。

 

いずれにしても、この作品だけで最終的な結論を出すのは難しい。ニック・オマリーのPファンクをベースにした演奏のアプローチについては卓越しており、さらに映画のサントラのようなドラマティック性についてもバンドの進化と呼ぶべきでしょう。今後、このアプローチがよりバンドの結束した意思となり、それぞれの概念が融合を果たした時、時代を超える傑作が生み出される瞬間となるはず。正直、最初のリスニングでは、このアルバムに関して複雑な感情を覚えた部分もありますが、後に少しだけ考えを改めました。ひょっとすると、アークティック・モンキーズは、この作品でバンドとして一つの通過点を迎えたに過ぎないのかもしれません。

 


82/100

 


Featured Track 「There’d Better Be A Mirrorball」