Thus Love 「Memorial」
Label: Captured Tracks
Release: 2022年10月7日
Review
もし、そのバンドにとってグループの活動が、バンドの意味以上の何らかの重要な意味があるとしたら? それはきっと説得力溢れる芸術表現として昇華されるに違いありません。そのことを体現してくれているのが、10月7日にCaptured Tracksから記念すべきデビューアルバム『Memorial』をリリースしたThus Loveです。
このトリオにとって、Thus Loveとは、バンドという意味があるだけにとどまらず、小さな共同体という意義をも兼ね備えている。バーモント州ブラトルボロ出身のThus Loveは、Echo Mars(彼女/彼)、Lu Racine(彼/彼女)、Nathaniel van Osdol(彼ら/彼女)は、同じ屋根の下で暮らし、自分たちの商品をデザイン・制作し、さらに自分たちのレコーディングスタジオをゼロから作り上げていきました。彼らにとって、音楽活動、及び、その延長線上にある活動は、DIYという流儀を象徴するだけでなく、トランス・アーティストとしての生き様をクールに反映させているのです。
パンデミック下、元々、Thus Loveは、ライブを主体に地元で活動を行っていましたが、このパンデミック騒動が彼らの活動継続を危ぶんだにとどまらず、彼らの本来の名声を獲得する可能性を摘むんだかのように思えました。しかしながら、結果は、そうはならなかった。Thus Loveは幸運なことに、ブルックリンのインディーロックの気鋭のレーベル、キャプチャード・トラックスと契約を結んだことにより、明日への希望を繋いでいったのである。それは、バンドとしての生存、あるいは、トランスアーティストとしての生存、双方の意味において明日へ望みを繋いだことにほかなりません。
この作品は、このブラトルボロでの共同体に馴染めなかった彼らの孤独感、疎外感が表現されているのは事実のようですが、しかし、それは彼らのカウンター側にある立ち位置のおかげで、何より、パンデミックの世界、その後の暗澹たる世界に一石を投ずるような音楽となっているため、大きな救いもまた込められています。Thus Loveのアウトサイダーとしての音楽は、今日の暗い世相に相対した際には、むしろ明るい希望すら見出せる。それは、暗い概念に対する見方を少しだけ変えることにより、それと正反対の明るい概念に転換出来ることを明示している。これらの考えは、彼らが、ジェンダーレスの人間としてたくましく生きてきたこと、そして、マイノリティーとして生きることを決断し、それを実行してきたからこそ生み出されたものなのです。
Thus Loveの音楽性には、これまでのキャプチャード・トラックスに在籍してきた象徴的なロックバンドとの共通点も見出すことが出来ます。Wild Nothingのように、リバーブがかかったギターを基調としたNu Gazeに近いインディーロック性、Beach Fossilsのように、親しみやすいメロディー、DIIVのように、夢想的な雰囲気とローファイ性を体感出来る。さらに、The Cure、Joy Division、BauhausといったUKのゴシック・ロックの源流を形作ったバンド、ブリット・ポップ黎明期を代表するThe SmithのJohnny Marrに対する憧憬、トランス・アーティストとしての自負心が昇華され、クールな雰囲気が醸し出されている。
一社会におけるマイノリティー、少数派という立場に置かれる(また、置かれざるを得ない)ことは、彼らのように音楽を表現する上で欠かさざる要素であるように思える。Thus Loveは、このデビュー・アルバムにおいて、自分たちがどのようなバンドであるのか、そして、今後、どのような存在でありつづけたいのかを明示しています。それは、デビューアーティストに対するファンの漠然とした期待感に対する彼等三人のしたたかな回答とも言えるでしょう。
さらに、このデビュー作には、Thus Loveの2018年頃からの思い出が色濃く反映されているのが窺える。不思議なことに、彼らの音楽は、どことなく映像的であり、彼らの体験した出来事や感情をこの作品のリスニングを通じてなぞらえる、つまり、彼らの人生の断片を追体験するかのようでもある。それは、単なる音楽を聴くという体験にとどまらず、時に、記憶という得難い概念を通して、何かそれらにまつわるノスタルジアのような感覚を、彼ら、Thus Loveと共有したり、呼び醒ますことに繋がるのです。
このアルバム『Memorial』では、バンドとして発足後、最初期から地元のギグで演奏してきたという「Pit and Pont」、次いで、「Morality」がハイライトとなるでしょう。これらの楽曲は、耳の聡いインディーロックファンの期待に沿うばかりでなく、リスナー自身の他では得難い記憶に成り代わるだろえと思われる。Lu Racineのクールなボーカル、シューゲイズに近い歪んだギター、そして、それらのを背後から強固に支えるシンプルなリズムが合致することで、バンドアンサンブルの崇高な一体感が生み出されている。それはバンドのレコーディング風景が如何なるものなのか、これらの音楽から何となく窺えるようでもある。
デビュー・アルバム『Memorial』は、Echo Mars、Lu Racine、Nathaniel van Osdol、三者の強い結束力によって結ばれているがゆえ生み出された作品で、強い存在感と説得力を兼ね備えている。このレコードは、社会における少数派として生きざるを得ない人々を勇気づけるにとどまらず、その肩を強く支えるに足るものになるかも知れない。
84/100
Featured Track「Pith and Point」