Enumclaw 『Save the Baby』
Label: Luminelle Recordings
Release: 2022年10月14日
Officiial-order 「Save the Baby」
Revew
今週は、音楽ファンとしては嬉しいかぎりで、多くのリリースがあり、そのすべてを網羅するのは難しそうです。そんな中、強い存在感を放っているのが、ワシントン州タコマ出身の四人組のインディー・ロックバンド、Enumclawのデビュー・アルバム『Save The Baby』です。
2019年に結成されたインディーロックバンドで、それほどまだ活動期間は短いものの、すでに海外でも注目を集めるようになっている。このバンドの面白さは、フロントマンのアラミス・ジョンソンの人物像に尽きる。 彼はもともと、学生時代にレスリングをやっていたそうで、UKのアーティスト、King Kruleを介して音楽に目覚めた。その後、アラミスは、ラップに慣れ親しんでいったというのです。USオルタナティヴ・ロックという一つの共通点を見出し、バンドを結成してから、最初期のシングル、『Jimbo Demo』をリリースするうち、国内のピッチフォークや、UKの音楽メディアにも注目を浴びるようになっている。これからが楽しみなバンドでしょう。
昨日、10月14日に発売されたばかりの『Save The Baby』は90年代のUSインディーロックに根差した親しみやすいアルバムで、「ポップ・アルバム」と彼らは称しているようです。Enumclawの音楽は、軽快で、ドライブ感があり、捉えやすく、人を選ばない。誰もが純粋に親しむ事のできるフレンドリーなインディーロック。それは、彼らがオアシスのようなバンドを志しているというエピソードを伺わせます。
しかし、Enumclawの音楽は、単なるポピュラー・ミュージックの領域にとどめておくのはもったいないことでしょう。USオルタナティヴのレジェンド、ダイナソー.Jrの轟音ギターの影響、そして、J Mascisのソングライティングの主な要素である轟音性の背後にある繊細性と内向性を彼らは受け継いでいるように思えます。それは時代を超越した普遍的なロックソングの本質を表すものであるとともに、このアルバムに強いインパクトと聴きごたえをもたらしている。
オープニングを飾る表題曲「Save The Baby」から、イーナムクロウらしさは全開である。轟音のギターロックに加え、哀愁やせつなさをほのかに漂わせる旋律、そして、フロントマンのアラミスのもう一つのルーツでもあるヒップホップの前のめりのグルーブが満載の一曲となっている。この内的な感覚に根差した序章で、彼らはリスナーを轟音の渦に誘うと同時に、トロ・イ・モアのようなローファイ/チルアウトの雰囲気を表現してみせている。ミドルテンポの安定感のあるギターサウンドは、パンクをルーツ持つグランジの要素を内包しているため、パンチ力がある。サンプリングを導入し、ブレイクビーツのような手法を感じさせるのも面白い特徴に挙げられる。
その他にも、静謐な印象のある「Blue Iris」でこれらの轟音サウンドに変化を付けてみせている。アラミス・ジョンソンのボーカルは基本的にパワフルであるものの、そこにはそれと真逆の内向性を感じ取ってもらえると思われます。他にもインディー・フォークの素朴で淑やかな雰囲気を漂わせる「Somewhere」は、この人物の温かな心情が表されており、J Mascisのソロ作のように、穏やかで自然味あふれる楽曲となっている。
アルバムの中で、ひときわ強い印象を受けるのが、ハイライトのひとつ「Jimmy Neutron」でしょう。Enumclawは、このアルバムに人間関係の葛藤、その他にも友情といった主題をおいているが、まさにそのことを体現したようなインディー・ロックバンガー。この四人組バンドの結束力、温かな友情がこの軽快なロックソングに反映されている。シューゲイザーに近い、苛烈なディストーションギターのせつない余韻、それはこの四人組の人間関係の絢を他のどの表現よりも切実に表現しているからこそ生ずる感覚。イントロが会話のサンプリングで始まるこの曲は、何よりもこのバンドが大事にしている感情が巧みに表現されている。
このデビュー・アルバムは、ワシントン州タコマの多彩な文化、人種的な多彩さを反映している。この土地では、アジア系や、その他様々な人種がコミュニティを形作っているという。そして、Enumclawもそれらの文化的な背景と無関係ではない。なぜなら生活のある場所に何かが生きている場所に文化が生じ、表現が生まれるのです。そして、互いの異なる性質を尊重し、その性質を認め合うという美徳が、このバンドの強い屋台骨ともなっている。
Enumclawの音楽は人間における二極性を複雑に表しており、外交的であると同時に、内向的でもある。さらにまた、このデビュー作では、感情の振れ幅の大きさ、かつてのグランジのような両極性を十分実感することが出来、また、そういった人間の中の多面性を表しているのが最大の魅力です。これらの表現が、これからどのような形で奥行きを増していくのか期待していきたい。
84/100
Featured Track 「Jimmy Neutron」