Loyle Carner 『hugo』
Label: Universal Music
Release: 2022年10月21日
Review
2017年のデビュー・アルバム『Yesterday’s Gone』、そして2ndアルバム『Not Waving But Drowing』と快作を発表している、サウスロンドンのラッパー、ロイル・カーナーは三作目でもその好調を維持しその表現力にさらなる磨きをかけようとしている。どうやら国内では、メインストリームのラッパーというよりも、アンダーグラウンドシーンに位置するラッパーとして見なされているようだが、カーナーはこのユニバーサルミュージックからの三作目でラッパーとしての地位を完全に確立したとも言える。
近年の二作のアルバムを見ても分かる通り、ロイル・カーナーのラップというのは、ローファイヒップホップのような手法が取り入れられ、都会的に洗練された雰囲気に満ち、ジャズやネオ・ソウルとの融合がなされており、フロウに関しても爽やかな雰囲気に満ちている。それほどこのジャンルに詳しくないリスナーも惹きつける魅力がある。カーナーのリリックは、社会的な意見と個人の関係性を鋭く抉って見せるが、一方、その表現性はさっぱりとしていて、軽快なのである。
3作目の『Hugo』でロイル・カーナーは、これまで書くことを躊躇してきたこと、黒人であることと、社会的に黒人としていきること、そのほかにも、家族との関係性、現代の父なき時代に生きる若者としての声を代弁している。
今作『Hugo」におけるロイル・カーナーのラップソングは、ポピュラー性の高いスタイルをとり、親しみやすい感じがあるが、しかし、侮ることができないのは、社会的な主張性がリリークの節々にはしたたかに取り入れられているのである。もちろん、彼は、BLMのような看板を掲げているわけではなく、日々、生きていて感じることをラップとして淡々と表現しているのだ。それはときに私小説のような文学性もこのアルバムには見出すことも出来るかもしれない。
アルバムの中には複数の聴き応えのある佳曲が数多く収録されている。父親との緊張性をリリックに込めたという「Nobody Knows」ではネオ・ソウルをブレイクビーツのスタイルで処理していて、バンガーとして聴くことも出来る。その他にも、John Agardとのコラボレーションソング「George Town」もまた生彩味を帯びたラップソングで、ソウル・ミュージックの醍醐味を凝縮した楽曲となっている。さらに、このアーティストのジャズのバックグランドを感じさせる「Homerton」では深みのあるヴィンテージ・ソウルとラップの核心を見事に捉えた一曲として楽しむことができる。2者のコラボレーターを迎えた「Blood On My Nikes」は、前二作のアルバムの音楽性の延長線上にあり、「Huh」と前乗りなビート感を与えつつ、渦のように内向きなグルーブ感を増幅させる、カーナーの唯一無二のラップスタイルの特性が生かされた一曲となっている。
そして、ロイル・カーナーの特性の内省的で哀愁に満ちた「A Lasting Place」はこのアルバムの一番の聴かせどころとなる。ピアノのアレンジと、フィルターを施したトラックメイクに、ロイル・カーナーは、せつないリリークを込め、このトラックに淡い抒情性を加味している。 コーラスワーク、語りのサンプリングとともに、カーナーのリリックはこの曲に描かれる物語の抒情性を高めている。インテリジェンスとエモーションがバランスよく感じられるバラードである。
『hugo」は、それほどラップに詳しくないというリスナーの心にも響くアルバムである。それは彼の音楽や表現がそれほどマニアックではなく、常に一般的で普遍性を持つ概念だからである。このサード・アルバムは、傑作として見なすかどうかは別として、少なくとも良作以上の何かが潜んでいるように思われる。そして、このアーティストのソウルミュージックへの深い敬愛が表されているから、こういった深みが出る。その中に、知的な表現性を込められているから、聴き応えもある。『hugo」は、2022年現在のロンドンのラップシーンの文化性を併せ持つと共に、現代のラップミュージックとして大きな意義を持った作品であることは疑いがなさそうだ。
92/100
Featured Track 「A Lasting Place」