PVA 「Blush」
Label: Ninja Tune
Release: 2022年10月14日
Review
Ninja Tuneからリリースされるサウスロンドンのバンド、PVAのデビューアルバム『BLUSH』は、エレクトロニックミュージックの鼓動と人生を肯定するライブギグのエネルギーを巧みに統合し、これまで語られてきた以上のトリオの姿を明らかにするものとなる。
エラ・ハリスとジョシュ・バクスター(リード・ボーカル、シンセ、ギター、プロダクションを担当)、そしてドラマーとパーカッショニストのルイス・サッチェルによる11曲は、アシッド、ディスコ、強烈なシンセ、ダンスフロア、クィアコード・シュプレヒゲサングのポストパンクで構成されている。
このトリオは、ハリスとバクスターが2017年に一緒に「カントリー・フレンド・テクノ」と名づけたものを作り始めたことから始まった。最初の曲のひとつは、ハリスが自分の夢を新しいバンドメイトに口述したことから生まれ、最初のライヴは、ニュークロスのThe Five Bells pubで行われたNarcissistic Exhibitionismという伝説の一夜であり、彼らが出会ってからわずか2週間後に開催された。このショーはエラ・ハリスのキュレーションによるもので、2階は絵画、彫刻、写真、1階はバンドがフィーチャーされていた。彼女は、PVAをヘッドライナーとしてブッキングした。
この初期の段階を経て、彼らはライブショーに新しい次元をもたらすためにルイス・サッチェルを採用した。このように、より硬派なライブを行うことで、PVAはロンドンのギグファンの間でカルト的な評判を確立した。
その時点ではライブをおこなことが彼らの唯一の選択肢であった。トリオは、Squid、black midi、Black Country、New Roadと並んで、南ロンドンの熱狂的なインディー・シーンにおける最重要アーティストとしての地位を確立する。その後、「SXSW」、「Pitchfork Music Festival」、「Green Man」に出演し、Shame、Dry Cleaning、Goat Girlと共に国内ツアーを行うようになった。だが、初期の段階から、従来のバンド編成の枠を超えた存在であることは明らかだった。ブリクストンのスウェットボックス「The Windmill」と、デプトフォードの地下クラブ「Bunker」で早朝からDJをする彼らを一晩で2回も見ることも珍しいことではなかったという。
PVAは、2019年末、Speedy Wundergroundからデビュー・シングル「Divine Intervention」をリリースした。その1年後には、Young FathersやKae Tempestといった同様に、イギリス国内の象徴的なアーティストが所属する”Ninja Tune”からデビューEP「Toner」をリリースしている。このEPには、ムラ・マサの「Talks」のリミックスが収録されており、2022年のグラミー賞のベスト・リミックス・レコーディング部門にもノミネートされた。
PVA |
10月14日、Ninja Tuneから発売された『Blush』は、過去のどのアルバム、どのアーティストとも似ていない、孤絶した領域にある作品です。このような音楽に接した際、多くのリスナーは戸惑いを覚えると共に、本当の意味での熱狂的なリスナーであれば、いくらかの興奮を覚えざるをえなくなる。
アルバムには、このトリオの幅広い音楽のバックグラウンドを伺わせる様々な要素が込められている。多彩な音楽が溢れるサウスロンドンのダンスフロアから登場したという経緯もあってか、エレクトロ、 ポスト・パンク、アシッドハウス、トランスを主体においた、実験的なアプローチが今作において図られていますが、それは、エラ・ハリスとジョシュ・バクスターの両ボーカルによって全体的な作品の均衡が絶妙に保たれいるだけでなく、また、ヴァラエティーに富んだアルバムとなっている。シンセサイザーを担当するジョシュ・バクスターは、アナログのモジュラーシンセの音色をフル活用し、これらのトラックに思わぬ魔法をかけてみせるが、全体的なトリオとしてのサウンドの枠組みを支えているのは、ドラムのルイス・サッチェスです。ジャズや民族音楽の要素を多分に感じさせるルイス・サッチェスのダイナミックで変則的なリズムが、時折創造性が豊かすぎるゆえ奔放になりがちなサウンドに統一感を与えているのです。
さて、PVAのエレクトロに根差したサウンドは、西洋的な美学の一つである対比の概念によって強固に支えられている。このギリシャ哲学の時代から綿々と引き継がれるアート全般の美学は、もちろんクラシック音楽の作曲を行う上で、そして、ポピュラー音楽の構成面でぜひとも必要な要素なのですが、その対比の美学は、エラ・ハリスとジョッシュ・バクスターのボーカルの対称性に反映されている。
前者のエラ・ハリスのボーカルは、Sprechgesang(シュプレヒゲサング)のスタイルをとり、語りにも似たた性質であるが、冷徹な雰囲気を感じさせるとともに、時にそれとは逆の華やいだ抒情性にも成り代わる場合もある。さらに、もう一方のジョッシュ・バクスターのボーカルは常に強い熱量に支えられており、まるでロンドンのダンスフロアの熱狂を体現したようなエナジーを擁している。これらの両者のまったく温度差の異なるトラックが対比的に配置されることで、このアルバム全編は多彩性溢れるものとなり、ダイナミックな印象を与えるのです。
オープニング「Untetherd」では、ゴアトランスに近い過激なアプローチをPVAは採用しているが、この音楽の欠点となりがちな刺激性と興奮性にばかりに焦点が当てられているわけではありません。エラ・ハリスは、典型的なヘテロ的な男性像というものに強い抵抗と怒り、エナジーを込め、それらを知的かつ理性的な表現として昇華している。他にも、ドイツのインダストリアルや古典的なテクノミュージックに依拠した「Hero Man」は、典型的なテクノを、現代のエレクトロ、ハウス、そして、鋭い感覚を持ったポスト・パンクと融合しているが、このトラックにおいても、エラ・ハリスのボーカルには Sprechgesang(シュプレヒゲサング)のスタイルが導入されている。
「Hero Man」
ハリスは、このパンデミックのロックダウンの時期を、この曲の中で表現し、「眠れない、食べれない、仕事にいけない」と、この時代における苦悩を解き明かしている。ボーカルのピッチは殆ど常に一定で変わりませんが、微細なトーンの変化の中に特異な抒情性がほのかに揺曳している。これは機械的な何か、またはシステム的な何かへの人間の強い抵抗とも取られることも出来る。
アルバムの中盤に差し掛かってもなお、PVAの掲げる音響世界は極限まで押し広げられ、特異性を増していく。中盤のハイライトといえる「Bunker」では、バクスターがボーカルを担当し、ゴツゴツとした雰囲気のエレクトロを提示している。特に、この曲におけるモジュラー・シンセサイザーを駆使した展開力や創造性には驚嘆するよりほかありません。バクスターは、シンセサイザーに使われるのではなく、彼は自発的にアナログシンセをコントロールし、彼自身の創造性を最大限に活用し、楽曲は中盤から終盤にかけて思わぬ展開へと繋げていくのです。常に、バクスターのボーカルは、サウスロンドンの最もアンダーグラウンドにあるダンスフロアの熱気を感じさせ、そこには、彼のこの土地のシーンへの深い愛情と敬意が多分に込められている。彼の生み出すシンセのフレーズ、そして、ボーカルは聞き手を圧倒させるものがあります。それは電子音楽のまだ見ぬ可能性を感じさせるとともに、さらに、これまで誰もアプローチしてこなかったデジタルのように音の増幅の受けないアナログ信号の未来の可能性をここで追求している。
先行シングルとして発表された「Bad Dad」の新世代のエレクトロ・ポップのバンガーと称するべき良質なトラックですが、特に、ひとりのリスナーとして大きな驚きを覚えたのが9曲目に収録されている「Transit」です。エラ・ハリスがボーカルをとるこの曲では、近年隆盛のエクスペリメンタルポップの一歩先を行き、時代に先んじた新鮮な方向性が取り入れられている。この曲は、ピアノアレンジが取り入れられたアルバムの中では、ポピュラーミュージック寄りの楽曲に感じられるものの、もちろんこの曲の魅力はそれだけに留まりません。ダークな雰囲気をもちあわせた独特なトラックで、アシッド・ハウスの要素を交え、執拗なフレーズを合間に織り交ぜたあと、曲のクライマックスでは誰も予測出来ない展開が待ち受けている。ここで、PVAは、インダストリアル、エレクトロ、フォークトロニカの未来にある、これまでに存在しなかった類の音楽を提示している。
なぜ、このような音楽が出来たのか、と不思議に思っているが、これは、エラ・ハリスが「このような音楽になるとは想像できなかった、一種の天啓だった」と語っているように、このトリオが事前に設計していた通りの作品よりも、はるかにものすごい音楽が生まれたことを証左しているのです。
しかし、芸術全般にこのことは言えますが、自分たちの手から創作物が離れていき、それが作者があらかじめ予想していたのとは全然別の何かに成り代わる時、つまり、本人たちも予期せぬ偶然の要素が入り込んだ瞬間に傑作というのは誕生する。しかし、それは、常に真摯に音楽に向き合い、誰よりも真摯に音楽に取り組んでいる製作者にしか訪れない数奇な瞬間でもある。
更にいえば、PVAは、その幸運に預かる資格を与えられ、幸運なる瞬間を自らの手で力強く掴んでみせた。こういった、どこから生まれたのか容易に解きほぐせない、偶発的な音楽が生み出されるためには、時代的な出来事や、日常のおける身近な出来事、その他、様々な要素が偶然に入り込むのが1つの条件ではありますが、PVAは、ロックダウン時における苦悩を、ロンドンのフロアシーンを中心とするライブの熱狂を介して、創作的な前向きなエネルギーへと変換させてみせた。その大きな成果が、Ninja Tuneからのデビュー作「Blush」には顕著な形で表れているのです。
「Blush」は、多くのリスナーにPVAなるトリオがいかなる存在であるかを力強く示す作品であるとともに、デビュー作としては、ほとんど非の打ち所のない作品です。サウスロンドンから登場した新星ーPVAは、音楽の未知の可能性と明るい未来をここに示してみせています。今後、彼らがどのような傑作をこの世に生み出していくのか心から楽しみにしていきたいところです。
100/100(Masterpiece)
Weekend Featured Track 「Bunker」