Weekly Recommendation/ Dry Cleaning 『Stumpwork』

 Dry Cleaning 『Stumpwork』

 


 

 

 Label: 4AD Ltd

 Release: 2022年10月21日

 


 

 

Review

 

 デビュー作「New Long Leg」で全英チャート4位を獲得したドライ・クリーニングの2ndアルバム『Stumpwork』は、サウス・ロンドンのミュージックシーンの気風を色濃く反映した作品といえるでしょうか。バンドメンバーのルイス・メイナード、ニック・バクストンの二人は別のバンド、元々は、La Sharkとして活動を行っていたそうなんですが、2017年にパーティーで出会ったというトム・ダウズが参加している。

 

以後、トム・ダウズと同じく、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで、絵画の研究を行っていたフローレンス・ショーが参加、結成当初は、インストバンドとして活動していたものの、フローレンス・ショーがボーカルを取るようになる。フローレンス・ショーのボーカルはパティ・スミスのように、ポエトリー・リーディングに近いクールなスタイルが取り入れられていますが、これは、フローレンス・ショーが、人前で歌うのが恥ずかしいという理由で、ほかのメンバーが、演奏に合わせて喋るようにとアドバイスし、スポークンワードの手法で行くようになったのだそう。つまり、アートの学術論文の発表に慣れ親しんでいると思われるボーカリスト、フローレンス・ショーにとっては、スポークンワードという手法が理にかなっていたのかもしれません。


Dry Cleaning

 ドライ・クリーニングのセカンド・アルバム『Stumpwork』は、UKの70年代のアートパンクのオリジナル世代、そしてNYの同年代のアンダーグラウンドミュージックの影響が色濃いように感じられる。音程を極力排したスポークンワード/ポエトリー・リーディング、The Jamのようなアートパンクに象徴されるような硬質なギターロックの瞬発性、さらに、ソニック・ユースの1985年の『Bad Moon Rising』の時代を彷彿とさせる変則チューニングを駆使したアバンギャルド/サイケデリックなギターのアプローチが絶妙な合致を果たし、見事にスパークしている。このセカンドアルバムは、内的な抒情性を漂わせつつも、外向きの強いパンチ力やフックも兼ね備えています。

 

さらに、ドライ・クリーニングの音楽のアプローチは、ソニック・ユースの最初期のアートロックの強い影響を感じさせるとともに、今年劇的なデビューを果たしたYard Actに近い雰囲気もあり、ヒップホップの性質を削ぎ落とし、ポスト・パンク/ノーウェイヴの要素である語りの技法を取り入れようという作風です。そして、ソニック・ユースのサーストン・ムーアのトレモロを活かしたギターのトーンのゆらぎを再現し、うねるようなギターリフの合間にフローレンス・ショーの、ダウナーでアンニュイなスポークンワードが取り入れられています。

 

バックバンドとしては、激情的な雰囲気も背後に滲んでいますが、ショーのボーカルは常に冷静な語り口で昂ずるところは殆どなく、一見、相容れないと思われる要素をとことんまでバンドサウンドとして前面に突き出しており、この対極性の中にかっこよさを感じるかどうかが、このアルバムを気に入るかの分かれ目となるかもしれませんね。しかし、フローレンス・ショーのボーカルスタイルというのは、音程自体は、殆ど一定で変わらないものの、その中にはハミングに近い歌の旋律が隠れている。歌いたいけれども、歌いたくもない、というようなシニカルな相反する精神性が、おそらくフローレンス・ショーのボーカルの特色なのかもしれません。この特異なボーカルが、ファンクのようにしなりのある図太いベースライン、そして、ファズ・ギターのうねりの向こうから不意に立ち現れたとき、ほのかな心情的な温かさを通わせるようになる。つまり、音楽そのものが生きた生命体さながらに鮮やかにいきいきとしはじめるのです。そして、あらかじめ意図したものでなく、アンサンブルやセッションを通じて偶然に生じたエモーションが序盤から中盤にかけて増幅されていく。この中盤の盛り上がり、徹底してコントロールの効いた内省的な激情性こそ、このセカンドアルバムの傑出した要素として指摘しておきたい。

 

 各々の楽曲についての説明は省略しますが、デビュー・アルバムの延長線上にある音楽性が引き継がれており、それがさらに先鋭的な気風すら帯びている。例えば、ソニック・ユースの最初期(「Goo」以前)を彷彿とさせる#2「Kwenchy Kups」、The Jam、The Fallのような硬質な精神性と抒情性を兼ねそなえた#3「Gary Ashby」、#4「Driver's Stroy」を始めとする、繊細性と力強さを併せ持つソフトな楽曲がこの作品の世界観を引っ張っていきますが、その中に、それほど肩肘をはらず、一貫したテンションで紡がれるフローレンス・ショーのスポークンワードが、これらのアート・パンクの流れの中にほのかな情感をもたらしています。フローレンス・ショーのボーカルは、さほど派手さがない性質がゆえ、主役を演じたかと思えば、コアなバンドサウンドの脇役を演じたりと、その立ち回りが一瞬で変化する。それは、このバンドサウンド、ひいては、アルバム全編に流動的な力を与え、 内包される空間が進むごとに押し広げられていくようにも感じられるのです。

 

アルバムの中盤に差し掛かっても、彼らの求心力が衰えることはありません。いや、それどころかむしろ、このアルバムの凄さは中盤部にこそ込められていると言える。それは外向きの力ではなく、内向きな想念がひたひたと渦巻いているようにも感じられる。前半部の世界観ーートレモロを活かしたサイケデリックなギターのフレーズ、そして、タイトでありながらダイナミックなリズムが、フローレンス・ショーのシュールな詩を湧きたて、音楽/バンドサウンドの持つ力を徐々に拡大していく。嘯くかのような力の抜けたフローレンス・ショーの語り口は、#7「No Decent Shoes For Rain」で最高潮に達する。テンションを一定に保ったまま、奇妙な熱を帯びていくのです。

 

また、The Jamのポール・ウェラーの若い時代の楽曲を彷彿とさせる、ポストパンク/モッズの影響を感じさせる#8「Don' t Press Me」では、現代社会に対する反駁のような考えを暗示しているように感じられます。そして、ひねりの効いたポスト・パンクのアプローチには、Wire,The Wedding Presentsといったバンドの系譜にある、強固な反骨精神すら見出す事も出来るはずです。

 

 このセカンド・アルバムで、 ドライ・クリーニングは、デビュー作のセールス面での大成功が偶然ではなく必然であったこと、そして、前作で表現しきれなかった真の実力を対外的に示すことに成功しています。『Stumpwork』は、2022年のインディーロック/ポスト・パンクのリリースの中では傑出した作品に位置付けられるでしょう。



 

94/100

 

 

 Weekend Featured Track 「No Decent Shoes For Rain」