Sophie Jamieson 『Choosing』
Label: Bella Union
Release: 2022年12月2日
Review
ロンドンを拠点とするシンガーソングライター、ソフィー・ジェイミーソンは、デビュー・アルバム『Choosing』で、自己破壊の苦しいどん底からかすかな希望の光に包まれた安全な旅を描いたパーソナル・ドキュメントを生み出している。
先行シングルを聴く限りでは、フォーク・ミュージックの印象が強かったものの、実際のアルバム全体を聴くと、オーケストラ、ポップス、フォーク、ロックと、かなりバリエーションに富んだ楽曲を楽しむことが出来る。
ソフィー・ジェイミーソンは、Elena Tonra,Sharon Van Etten、Scott Gutchisonといったソングライターから影響を受けているというが、上記のようなミュージシャンのメロディーセンスや歌唱法を受け継いだ、一聴しただけでは理解しえないような奥深さのある楽曲が本作には多く収録されている。ソフィー・ジェイミーソンの歌声は淑やかであり、内面を深く見つめるかのような思索性に富んでいる。ギター、そして、上品なモダン・クラシカルを思わせるピアノ、チェロ、そして、ローファイ調のドラムといった複数の楽器が配置されたバックトラックがソフィー・ジェイミーソンのソングライティングやボーカル/コーラスの持つ音響的な世界を徐々に押し広げていく。
全体的に囁くように繊細なジェイミーソンのボーカルは、その上辺の印象とは裏腹に、聞き手を心地よくさせ、さらに陶然とさせるパワーを有している。そしておもてむきにはそのかぎりではないが、内なる迫力を持ち合わせている。そして、ギターの弾き語りや、オーケストラのアレンジを通じて、これらのささやかな音楽の世界は、ひとつひとつの歌を通して、深みを増していき、複雑な音響の世界を形作る。まだ、デビュー・アーティストとして、歌をうたうこと、そして、曲を書くことに関して手探りであるような雰囲気も見られるが、そこには奇妙な自負心や勇ましさも感じられる。
特にこのデビュー作では、ギターの穏やかな弾き語り曲とピアノの弾き語りのトラックがひときわ美麗な印象を放っている。アルバムの序盤の収録曲「Crystal」は、ピアノに深いリバーブを施した楽曲であるが、ソフィー・ジェイミーソンは、何かそれらのピアノの音色を噛みしめるかのように、淡々と歌を紡ぎ出していくのが印象に残る。内面的な情感に彩られた一曲だが、ジェイミーソンの歌は時にソウルフルであり、シンプルなピアノの伴奏と相まって、静か深い情感を誘う内容となっている。ソフィー・ジェイミーソンの描き出す音の物語は時に「Sink」のような楽曲において、このアーティストにしか生み出し得ない情感によって内面にそれらのエネルギーが積み上げられることにより多面的な角度から紡がれていく。時に、それは、ドラムとシンセに乗じて繰り広げられるリフレインの恍惚性が楽曲の複雑さを強調するである。
また、そのほかにも、「Fill」は、米国のシャロン・ヴァン・エッテンを彷彿とさせるような、神秘的な雰囲気に彩られた楽曲もまた、ポップスとして味わい深い一曲となっている。ここでは、暗鬱な感じに満ちているが、ひとつひとつの言葉や旋律が丁寧に歌いこまれているので、聞き手を歌手のいる空間に惹きつけるような力学が働く。静かで落ち着いた一曲ではあるのだが、聴いていると、じっと耳をそばだててしまうような説得力を持ち合わせていることにお気づきになられるはずだ。これらの淑やかさに満ちた曲は、その後も同じような心地よく美しい空間を演出している。「Empties」でも心地よいポップ/フォーク・ミュージックが繰り広げられるが、ギターのアルペジオとコーラスとシンセサイザーが綿密に折り合わせられることにより、ジェイミーソンの歌声の美しさを余すところなく引き出している。特に、これは、このアーティストのメロディーセンスが最も感じられる一曲となっており、コーラスと絶妙にメインボーカルが混じり合う箇所は、美麗なゴスペルのような雰囲気を擁しており、その凄みに圧倒されてしまう。
その後も、 内省的な質感に彩られたギターソングが続く。「Violence」ではジャズ調のアンニュイな雰囲気に充ちた特異な空間を生み出している。ギターの繊細な指弾きのアルペジオは一聴の価値があり、滑らかなギターのアルペジオの上に、ジェイミーソンは囁くように歌っているが、詩的な表現性が込められているため、かなり聴き応えがあり、そして陶然とさせる力がある。背後に薄く重ねられたシンセサイザーのシークエンスが、これらの音の世界をドラマティックに、じわりじわりと盛り上げていく。そして、この曲の終盤では、美しいコーラスを交え、シンプルなイントロは目の覚めるようなダイナミックな楽曲に変化を遂げていく。このあたりの劇的な変化はぜひとも、じっくりと曲を聴いてみて、歌の凄さの一端を体感してみていただきたい。
「Boundary」もまた、コーラスワークが本当に美しく、せつない雰囲気が漂う一曲である。ジェイミーソンは、前の曲の形式を受け継ぎ、ギターの弾き語りを通じて、ハミングやコーラスワークを通じ、持ちうる情感を余す所なく表現している。特に、ビブラートが伸びていく時、 そしてそれがシンセサイザーやコーラスと劇的な融合を果たす時、息を飲むようなドラマティックな瞬間が生み出される。そして、このイントロからは想像しがたい歓喜的な瞬間がアルバムの核心ともいえる箇所となるはずだ。
アルバムの終盤になっても、美しい楽曲が目白押しとなっている。「Who Will I Be」はソングライターとしての才覚を遺憾なく発揮され、クランキーなエレクトリック・ピアノを交えながら、ソウルフルな趣きに支えられた情感豊かな楽曲が繰り広げられる。特に、この曲でもクライマックスにかけて、ビートの変更を途中に交えることにより、前半部とはまったく異なる情熱的な瞬間を見せるが、その後、イントロの美麗な主題が最後に陶然とした余韻を残している。
クローズ・トラックとして収録されている「Long Play」は、前の曲の続きとしても聴くことが出来る。このジャズ調のギターの弾き語り曲は、精妙な切なさによって彩られているが、ソフィー・ジェイミーソンの生み出す音楽は決して安っぽくはないし、センチメンタリズムの悪弊に堕するものでもない。素朴で上質な質感によってこれらの感情表現を巧みに彩り、聞き手を音楽の持つ奥深い世界の中へ引き込んでいく。
取り分け、アルバムのクライマックスでの細やかなギター演奏による奥深い音響世界と、このアーティストの高らかで抑揚に溢れる歌声は、目を瞠るような迫力と凄みがある。これらの楽曲は、単なる商業的なポップ・ミュージックとはいいがたい。強固な音楽のバックボーンを持ちあわせており、何度聴いても飽きさせない深さがある。
84/100
Featured Track 「Boundary」