Weekly Recommendaiton
John Roberts 『Like Death A Banquet』
Label: Brunette Editions
Release: 2022年12月23日
Genre: Electronic/Ambient/Experimental
Review
ジョン・ロバーツは、”音楽家”という肩書きでは一括りに出来ない幅広い領域で活躍するアーティストです。敏腕プロデューサーの表情を持つ一方で、8ミリのフィルムのリリースや、彼の出版する雑誌のカバーアートなど、写真作品を見るかぎり、強固な美学に裏打ちされた作品を複数リリースしています。映画、写真、メディア・アート、異なる分野に及ぶ見識については、彼自身の音楽や音源のアートワークに力強く反映されています。2019年からのリリースでは、ボーリングの球体の写真を始めとする円状のアートワークが並ぶ。球体という図形に関する興味は、このアーティストが空間芸術に高い関心を持つことを示しているかも知れません。
12月23日に発売となった最新EP『Like Death A Banquet』において、ジョン・ロバーツは既存の作品とは一風異なる作風に挑んでいます。これまで前衛的な電子音楽を複数リリースしていましたが、今回の作品ではピアノと電子音楽の組み合わせに挑戦している。これまで、先鋭的なエレクトロニックを作曲してきたロバーツの新たな表現性を本作に見出すことができるはずです。
2曲入りのEPというと、シンプルではありますが、これは単なるシングルとも言いがたい。抽象的な概念を通じて繰り広げられるピアノ・アンビエントのフレーズの単位はミクロ的な視点で構成され、大掛かりな作品が生み出されている。
ロバーツは、シンプルな楽曲構成を心がけ、単調さの陥穽を上手く避けている。アンビエンスの効果を最大限に活用し、教会や高い天井を持つ空間を演出する奥行きあるリバーブ・エフェクトやディケイを取り入れ、音響中に微細な変化をもたらしています。
『Like Death A Banquet』に内包される音楽は、ジョルジョ・デ・キリコの絵画作品のごとくシュールレアリスムのような不思議な感じに満ちている。意味のない空間のように思え、その中に何らかの意味を見出したくなるという趣旨もある。しかし、また、キリコのように、音を俯瞰して眺めていると(聴いていると)現実的な感覚が希薄なため、そこに奇妙な安らぎを覚えることも事実です。ここには、現実性と一定の距離を置いた異質な空間が広がり、現実空間とは没干渉な音楽が展開されています。いわば、人気のない奇妙な空間に足を静かに踏み入れ、その中に安寧を見出したり、また、人気のない美術館に足を踏み入れる際におぼえる安心感にも喩えられる。そこでは、己の中にある美的感覚がはっきりと浮き彫りとなる。まさに、この2曲収録のEPは、以上のような、ジョン・ロバーツの持つ、きわめて強固な美的感覚が緻密に提示されており、凛とした静けさと安らぎに充ちた音響空間はこの再生時間の中で維持されている。そして、この音楽において、その内なる美的感覚は鑑賞者の手に委ねられるわけです。つまり、この音楽の中に、どのような美的感覚を見出すのかは聞き手の感性如何に一任されているのです。
この作品は、常に静けさに満ちており、その中には異質な神秘性すら見出すことができる。このミステリアスな感覚を加味するのは、ピアノのフレーズの合間に導入されるパーカーションや、弦楽器のピチカートの切れ端、断片的なサンプリングといった複数の要素です。ロバーツは、音源の素材をシンセとミックスダウンで巧みに処理し、ピアノのフレーズを後に繋げていきます。さらに、抽象的なフレーズの合間に、木の打音や弦楽器の演奏の断片を導入し、音の配置を緻密に入れ替えたり、フレーズを組み替えた変奏を重ねることにより、同じフレーズであるものを、まったく別のフレーズのように聴かせる。それまでの意味を新しく塗り替えてしまうわけです。
このEPは、単一の主題によって立体的に組み上げられた趣のある作品ですが、驚くべきことに、音楽に対する見方や角度を変えれば、異なる音楽のように聴こえることを暗示しています。これらのリズムやフレーズの配置の多彩なバリエーションにより、「Like Death A Banquet」は、16分もの間、別のフレーズが独立して存在するように感じられる。表面上だけを捉えると、よくあるようなアンビエント/モダン・クラシカルではないかとお考えになるかもしれません。しかし、ジョン・ロバーツは、『Like Death A Banquet』において、聞き手の予測を上回る前衛的な作風を確立しています。ここで、ロバーツは、ミニマル・ミュージックの先にあるアブストラクト・ミュージックの未知の可能性を実験的かつ断片的に示しているといえそうです。
86/100
John Roberts
ニューヨークを拠点に活動するプロデューサー/演奏家であるジョン・ロバーツは、2010年のデビュー・アルバム「Glass Eights」、2013年の2ndアルバム「Fences」のリリースで批評家の称賛を浴び、エレクトロニック・ミュージックのトップ・イノベーターとしての地位を確固たるものにしました。また、Rough Trade、Hyperdub、Young Turks、R&S Recordsなどの著名レーベルのリミックスを手掛けている他、国際的な高級ブランドであるプラダ、エルメス、モンクレール、ブガッティに、オリジナルの作曲とサウンドデザインを提供しています。
2015年、ジョン・ロバーツは、ジャンルやメディアに縛られない特異で学際的な作品のリリースに焦点を当てた自主レーベル、”Brunette Editions”を設立。2016年には、3枚目のフルレングス・アルバム『Plum』、さらに、それに付随するスーパー8mmフィルムをリリースしています。
Pitchforkは、「ロバーツは、彼の同業者が、ただ12インチを売りさばいているように思えるほど、個人的かつ芸術的なセンスで活動している」と評しています。2019年には、ミュージシャン、仮想楽器、フィルム編集技術との関係を探求した「Can Thought Exist Without The Body」をリリースしました。
さらに、ロバーツは、アーティスト、映画制作者、ミュージシャンの視点から、仮住まいを検証する、世界的に著名な印刷物「The Travel Almanac」の共同創設者兼編集長を務めています。(公式サイトはこちらより)この雑誌では、デヴィッド・リンチ、イザベル・ユペール、リチャード・プリンス、ハーモニー・コリン、コリアー・ショールとの対談が掲載されています。