2020年代に活躍が予想される注目のシンガーソングライターを特集

 

名門Deccaからデビューを控えている注目のシンガーソングライター、sandrayati

 

近年では、言語そのものは20世紀の時代よりもはるかにグローバルな概念になりつつある。ある特有の言語で発せられた言葉や記された言葉は、それが何らかの影響力を持つものであれば、誰かの手によって何らかの他の言語に翻訳され、すぐさま広範囲に伝えられるようになるわけです。

 

 しかし、グローバルな言語は、ある側面において、言葉というものの価値を損ねてしまう危険性もある。グローバルな言葉は、その持つ意味自体を軽くし、そして希薄にさせる。それは客観的に捉えると、言語ではなく、記号や「符号」に近いものとなるが、言葉として発せられるや否やそれ以上の意味を有さなくなるのです。これは言語学の観点から見ると難しい面もある、少なくとも、その土地土地の言葉でしか言いあらわすことの出来ない概念というのがこの世に存在する。日本語で言えば、方言が好例となるでしょう。わかりやすく言えば、例えば、沖縄の方言は標準語に直したとしてもそれに近い意味を見出すことは出来ますが、その言葉の持つ核心を必ずしも捕捉した概念とは言い難いのです。その地方の人が共有する概念からはいくらか乖離してしまう。

 

 それらの固有の言葉は、その土地固有の概念性であり、厳密に言えば、どのような他の言語にも翻訳することは出来ません。そして、その固有性に言葉自体の重みがあり、また大きな価値があるといえるのです。特異な言語性、また、その土地固有の言語性を何らかの形で伝えることは、文化的に見ても大きな意義のあることに違いありません。

 

 20世紀までの商業音楽は、米国や英国、つまりウォール街やシティ街を都市に有する場所から発展していき、それらが、他の大都市にも波及し、この両国家の都市の中から新たな音楽ムーブメントが発生し、何らかのウェイヴと呼ぶべき現象を生み出してきました。ひとつだけ例外となったのは、フランスのセルジュ・ゲンスブールと、彼がプロデュースするジェーン・バーキン、シルヴィー・バルタンを始めとするフレンチ・ポップス/イエ・イエの一派となるでしょう。しかし、この年代までは、スター性のある歌手に活躍が限られていました。それらの音楽が必ず経済の強い国家から発生するという流れが最初に変化した瞬間が、80年代から90年代であり、アイルランドのU2に始まり、アイスランドのビョーク、またシガー・ロスが登場するようになりました。U2は英語圏の歌手ですが、特に、シガー・ロスは、時には歌詞の中でアイスランド語を使用し、英語とはまた異なる鮮明な衝撃をミュージック・シーンに与えました。


 2000年代、Apple Musicがもたらした音楽のストリーミング・サービスの革命により、広範な音楽が手軽に配信されるようになってから、これらの他地域からのアーティストの登場という現象がよりいっそう活発になってきました。今では、英語圏にとどまらず、非言語圏、アフリカ、アジア、南米、東欧ヨーロッパに至るまで幅広いジャンルのアーティストが活躍するようになっています。

 

 例えば、スペイン音楽の重要な継承者であるロザリアがメイン・ストリームに押し上げられ、イギリス、アメリカ、さらに海を越えて日本でも聴かれるようになったのは、ストリーミングサービスの普及に寄与するところが多いかもしれません。近年、2010年代から20年代に入ると、この一連の流れの中でもうひとつ興味深い兆候が出てきました。それは英語ではない、その土地固有の言語を駆使し、独自のキャラクターにするアーティストです。この20’Sの世代に登場したアーティストは、10年代のグローバリズムと反行するかのように、その土地土地の地域性、音楽文化、そして、その土地固有の言語に脚光を当て、一定の支持を得るようになっています。

 

 今回、このソングライター特集では、非英語圏の固有の言葉を使用する魅力的なアーティスト、ソングライターを中心にごく簡単に皆さまにご紹介します。これらの流れを見る限りでは、すでにグローバリズムは音楽シーンの範疇において時代遅れの現象と言え、一般的なキャラクター性でカテゴライズされる「世界音楽」は衰退する可能性もある。むしろ、この20年以後の時代は、その土地の地域性や固有性を持ったアーティストが数多く活躍するような兆候も見られるのです。

 

 

1.Gwenno -コーニッシュ語を駆使するシンガーソングライター、民俗学とポピュラー音楽の融合-

 


グウェノーは、ウェールズのカーディフ出身のシンガーソングライターで、ケルト文化の継承者でもある。グロスターのアイリッシュダンスの「Sean Eireann Mcmahon Academy」の卒業生である。

 

グウェノーの父親、ティム・ソンダースはコーニッシュ語で執筆をする詩人としての活躍し、2008年に廃刊となったアイルランド語の新聞「ベルファスト」のジャーナリストとして執筆を行っていた。さらに、母であるリン・メレリドもウェールズの活動家、翻訳者として知られ、社会主義のウェールズ語合唱団のメンバーでもあった。

 

昨年、グウェノーは、ウェールズ地方の独特な民族衣装のような派手な帽子、そして、同じく民族衣装のようなファッションに身を包み、シーンに名乗りを上げようとしていた。それはいくらか、フォークロアに根ざした幻想文学、さらに、喩えとして微妙になるかもしれないが、指輪物語のようなファンタジー映画、RPGのゲームからそのまま現実世界に飛び出てきたかのような独特な雰囲気を擁していた。しかし、そういったファンタジックな印象と対象的に「Tresor」では、その表向きな印象に左右されないで、60、70年代の音楽に根ざしたノスタルジア溢れるポピュラー・ミュージックと現代的なエレクトロ・ポップが見事な融合を果たしている。

 

グウェノーは昨年、新作アルバム『Tresor』を発表している。これらの曲の殆どは、ウェールズの固有の言語、コーニッシュ語で歌われるばかりでなく、フォークロア的な「石」における神秘について歌われている。英語とはまったく異なる語感を持ったポピュラー音楽として話題を呼び、アイリッシュ・タイムズで特集が行われたほか、複数の媒体でレビューが掲載された。このアルバムは、直近のその年の最も優れたアルバムを対象にして贈られるマーキュリー賞にもノミネートされている。グウェノー・ピペットが歌詞内で使用するコーニッシュ語は、中世に一度はその存続が危ぶまれたものの、19,20世紀で復活を遂げた少数言語の一つである。この言語の文化性を次の時代に繋げる重要な役目を、このシンガーソングライターは担っている。


Recommended Disc 

 

『Tresor』 2022/Heavenly Recordings

 


 

 2.Ásgeir -アイスランドの至宝、フォーク/ネオソウル、多様な側面から見たアイスランドという土地-

 


すでに90年のビョーク、シガー・ロスからその兆しは見られたが、アイルランドよりもさらに北に位置するアイスランド、とりわけこの国家の首都であるレイキャビクという海沿いの町から多数の重要なアーティスト台頭し、重要なミュージック・シーンが形成されるようになった。

 

特に、この両者の後の年代、2000年代以降には、オーケストラ音楽とポピュラー音楽を架橋するポスト・クラシカル/モダン・クラシカル系のアーティストが数多く活躍するようになった。映画音楽の領域で活躍したヨハン・ヨハンソンに始まり、それ以後のシーンで最も存在感を見せるようになるオーラヴル・アルナルズ(Kiasmos)もまた、レイキャビクのシーンを象徴するようなアーティストである。クラシカルとポップというのがこの都市の主要な音楽の核心を形成している。

 

そんな中、近年最も注目を浴びるシンガーソングライターが登場した。 2010年代にミュージック・シーンに華々しく登場し、アイスランドで最も成功した歌手と言われるアウスゲイルである。彼は華々しい受賞歴に恵まれ、デビュー作『Dyro i dauoapogn』が、同国で史上最速で売れたデビュー・アルバムに認定、アイスランド音楽賞主要2部門(「最優秀アルバム賞」、「新人賞」)を含む全4部門受賞したことで知られる。フォーク・ミュージックとポップス、さらにはR&Bを融合させた音楽性が最大の魅力である。また、アウスゲイルは、アイスランドでは、ほとんど国民が彼のことを知っているというほど絶大な人気を誇る国民的歌手である。

 

アウスゲイルは、基本的には英語を使用するアーティストであると断っておきたいが、そのうちの複数の作品は、母国語の口当たりの良いポップスをアイスランド国内向けに提供している。

 

昨年には、主題をフォーク/ネオソウルに移した快作『Time On My Hands』もリリースした。必ずしもアウスゲイルは、アイスランド語の歌詞にこだわっているわけではないが、その音楽性の節々には、モダン・クラシカルの要素とアイスランド特有の情緒性が漂っている。


Recommended Disc 

 

『Dýrð Í Dauðaþögn』 2015 /One Little Independent



 


3.Naima Bock   -ブラジルからイギリスを横断した国際性、ポルトガル語を反映するシンガー-

 


 

ナイマ・ボックは、現在、イギリス/ロンドンを拠点に活動するシンガーソングライター。元ゴート・ガールのメンバーでもあったが、バンド活動でのステージングに限界を感じ、一度はミュージシャンとしての活動を断念する。大学で考古学を学んだ後、庭師として生計を立てた後に、ソロミュージシャンへと転向している。

 

2021年11月には、米国シアトルの名門レーベル”Sub Pop"と契約を交わしたが、これはサブ・ポップ側のスタッフがこのアーティストにライセンス契約の提案をしたことから始まったのである。昨年には二作のシングル「Every Morning」「30 Degress」を発売した後に、デビュー・アルバム『Giant Palm』のリリースしている。またアルバムはStereogumのベストリストに選出された。


ナイマ・ボックの音楽は幼少期、彼女が両親とともにブラジル/サンパウロに滞在していた時代の音楽に強い触発を受けている。サンパウロの海岸沿いを家族とともにドライブした経験、その時に聴いていたブラジル音楽はこのアーティストの音楽に強い影響を与えている。ただ、アーティスト自身はどうやら自分の音楽について単なるブラジル音楽ではないと解釈しているので、南米文化と継承者と銘打つのは誇張になってしまうかもしれない。ただし、少なくともデビュー・アルバムでは、明らかにブラジルの音楽の影響、南米の哀愁が漂っていることはつけくわえておかなければならい。

 

ボサノバ、サンバをはじめとするブラジルの民族音楽の影響を織り交ぜたポピュラー/フォーク音楽は、地域性に根ざしているが、それらの品の良い音楽性を加味し、ナイマ・ボックさ英語やポルトガル語でさらりと歌い上げてみせている。情熱的な雰囲気も擁するが、それはまた同時に涼し気な質感に彩られている。時代を問わない普遍的なポップやジャズの雰囲気に加えブラジルの海岸沿いの穏やかな風景、その時代の記憶や南米文化への仄かな哀愁がレコード全体に漂っている。ボサ・ノバは、以前、日本でも小野リサを初めブームが来たことがあったが、スタン・ゲッツを始めとするオリジナル世代のボサ・ファンも、この新味を感じさせるレコードには何らかの親近感を持ってもらえるだろう。


Recommended Disc 

 

『Giant Palm』 2022/ Sub Pop

 



 

4.Sandrayati   -インドネシアのシンガーソングライター、-アジアの世界的な歌姫へのステップアップ-

 


現在のところ、大きな話題にはなっていないが、これまで注目されてこなかった地域の一であるインドネシアの歌手、サンドラヤティは、大手レーベル”Decca”と契約を交わし、近日メジャー・デビューを控えている。

 

英/デッカは、基本的にはクラシカル系の名門レーベルとして知られ、ロンドン交響楽団の公演をはじめとするクラシック音楽関連のリリースで名高い。しかし、今回、ポピュラーミュージックに属する歌手と契約したということはかなり例外的な契約といえ、このサンドラヤティというシンガーに並々ならぬ期待を込めていることの証となるかもしれない。また、近年、以前にも紹介したが、日本や韓国以外にも、マレーシアやシンガポールを中心に東南アジア圏で活発なミュージック・シーンが形成されつつある。これらの地域には専門のレコード・レーベルも立ち上がるようになっているので今後、面白い音楽文化が出てきそうな気配もある。特にこれらの南アジアの国の若者の間では日本のシティ・ポップがごく普通に流行っていたりするのだ。

 

近日、デッカからデビューするサンドラヤティは、フィリピン人とアメリカ人のハーフであるという。アーティスト写真の佇まいを見る限り、日本や韓国といった東アジア圏には(沖縄の最南端の島嶼群や奄美大島近辺の歌手をのぞいて)存在しないような南国情緒に溢れる個性派のシンガーソングライター。その歌声や作曲能力の是非は、まったく未知数だと言えるが、東インドネシアの固有の民族、モロ族の文化性を受け継いでいる希少なシンガーだ。また、サンドラヤティは環境保護活動にも率先して取り組んでいることも付記しておきたい。

 

昨年は、ダミアン・ライスやアイスランドのアーティスト、ジョフリズール・アーカドッティルとコラボレーションし、ホンジュラスの環境活動家であり先住民族のリーダーでもあるベルタ・カセレスへの力強いトリビュート「Song for Berta」を発表し、このテーマにさらに磨きをかけている。また、最新の国連気候変動会議(通称Cop26)では、アジアを代表してパフォーマンスを行った。ときにインドネシアの固有の言語を織り交ぜ、壮大なスケールを擁するポピュラー・ソングを発表している。3月17日に発表されるグラミー賞アーティスト、オーラブル・アルナルズが全面的にプロデュースを手掛けた2ndアルバム『Safe Ground』は、世界デビューに向けての足掛かりの作る絶好の機会となりそうである。

 

 

 Recommended Disc 


Sandrayati 『Safe Ground』 2023年3月17日発売/Decca

 

 


 

5.Nyokabi Kariũk -アフリカの文化性の継承者、スワヒリ語を駆使するシンガーソングライター-

 


 

ケニア出身で、現在、ニューヨークを拠点に音楽活動を行う作曲家、サウンド・アーティスト、パフォーマーと多岐の領域で活躍するNyokabi Kariũkは、これまで忘れ去られてきたアフリカの文化圏の言語、そしてその土地固有の音楽性に脚光を当てるシンガーで、まさに今回の特集にもっともふさわしい音楽家といえるだろう。Nyokabi Kariũkは、アフリカ音楽とモダン・クラシカルという対極にある音楽性を融合し、ニューヨーク大学での作曲技法の学習をもとに、それらを電子音楽や声楽といった形として昇華させ、これまで存在しえなかった表現を音楽シーンにもたらそうとしている。

 

 Nyokabi Kariũkは、2ndアルバム『Feeling Body』の発売を間近に控えている。あらためて発売を目前におさらいしておきたい歌手である。


Nyokabi Kariũkiの音楽的な想像力は常に進化しつづけており、クラシック・コンテンポラリーから実験的な電子音楽、サウンドアート、ポップ、映画、(東)アフリカの音楽伝統の探求など、様々なジャンルを横断する。ピアノ、声、エレクトロニクス、アフリカ大陸の楽器(特にカリンバ、ムビラ、ジャンベ)を使って演奏する。Nyokabiの作品は多くのメディアによって称賛されており、The Gurdianは「巧み」、The Quietusには「超越的」と評された。また、Bandcampは「現代の作曲と実験音楽における重要な声となる」と強調する。彼女は、アフリカ思想、言語、物語の保存と考察によって照らされた芸術表現を新たに創造しようとしている。


2022年2月にリリースされたデビューEP「peace places: kenyan memories」は、Bandcampの「Best Albums of Winter 2022」とThe Guardianの「Contemporary Album of the Month」に選出されたほか、Pitchfork、Resident Advisor、The New York Timesから称賛を受けた。同年9
月、Nyokabiは、EPの再構築を発売し、Cello Octet Amsterdam、パーカッショニスト兼電子音楽家のMatt Evans、ボーカリストAlev Lenzと共に演奏したことで話題を呼んだ。

 

彼女は、ニューヨーク大学(2020年)で作曲の学士号とクリエイティブ・ライティングの副専攻を取得し、ジェリカ・オブラク博士に作曲を、デヴィッド・ウォルファートに作詞を学ぶ。パリ・エコール・ノルマル音楽院でローマ賞受賞者ミシェル・メレの下で作曲とオーケストレーションを学び、フランス・パリのIRCAMでコースを修了。フリーランスの作曲家として活動する傍ら、Bang on a CanのFound Sound Nation(ニューヨーク)では、音楽におけるクリエイティブなコラボが地域や集団の社会問題にどのように対処できるかを調査している。また、"The One Beat Podcast"のプロデュースや、その他の多くの取り組みにも参加している。


Recommended Disc 

 

『Feeling Body』 2023年3月3日発売/Cmntx