Gena Rose Bruce 『Deep Is The Way』
Label: Dot Dash
Release: 2023年1月27日
Review
近年、ジュリア・ジャクリン、ステラ・ドネリーを始め、 個性派の女性SSWを輩出しているオーストラリア、特に、メルボルンのミュージック・シーンに我こそはと言わんばかりに三番目に名乗りを挙げたのが、今回、ご紹介するジェナ・ローズ・ブルースというシンガーソングライター。
この2ndでは、2019年にデビュー・アルバム『Can’t Make You Love Me』とタッグを組んだプロデューサー、ティム・ハーヴェイを招聘し、レコーディングされている。追記としては、米国の渋いフォークシンガーソングライター、ビル・キャラハンが今作に参加している。
ジェナ・ローズ・ブルースは、それまで計画していたプロジェクトやライブ活動をパンデミックによりすべて白紙に戻さねければならなかった。記憶に新しいのは、オーストラリアではかなり厳し目のロックダウンが敷かれていたせいもあってか、パンデミック後期の民衆の反動も凄まじいものだった。ローズ・ブルースは、音楽家以外にもうひとつのライフワークに置いているガーデニングで、これらの厳しい時間をどうにかやり過ごし、癒やしの時間を過ごしたという。
この2ndアルバムは、ある意味では近年のオーストラリア/メルボルン周辺の音楽シーンのトレンドが色濃く反映された作風になっている。ビル・キャラハンが参加していると聴くと、フォーク・ミュージックを予想してしまうが、このアルバムはファニーな雰囲気に彩られたインディーポップが中心となっている。また、そこにはシンディ・ローパーの時代のディスコポップの影響も片々に見受けられる。さらにトラック全体にはリミックス段階においてかなり癖のあるエフェクトがかけられ、時にダブのようなコアな手法が取り入れられている。単なる口当たりのよいポップスとしてなめてかかろうものなら、痛い目をみることは必須なのだ。
このアルバム全体には、このアーティストの夢想的なキャラクターが乗り移っている。これらのソングトラックはある意味ではファンタジックなポップとも称せるかもしれない。ところが、夢想というのは必ず日々直面する創作者の日常生活の中から汲み出される思いが込められている。ジェナ・ローズ・ブルースはこれらの曲をさらりと歌い上げ、そしてそれは可愛らしさを誇張しているように見える。しかし、実際はそうではない。このアーティストがパンデミックで直面した社会に対する反骨精神が楽曲の節々に反映され、この点が作品全体に強いスパイスをもたらしている。口当たりの良いディスコ・ポップ、まったりとしたエレクトロ・ポップ、多くのリスナーは表面的には今作にそういった印象を汲み取るかもしれない。だが、これらのポピュラー・ソングは飽くまで掴みやすさを重視しながら、その内奥には強い芯のようなものが感じられるのだ。
また、60,70年代のポピュラーミュージックの影響やクラシック・ロックの影響がさりげない形で楽曲の中に取り入れられているのにも注目しておきたい。例えば、「Misery and Misfortune」では、The Whoの「Baba O' Riley」を彷彿とさせるシンセサイザーが導入されている。また、ビル・キャラハンとのデュエットを行ったタイトル・トラックでは、往年の名ポピュラー・ミュージックの甘いメロディーをしっかり受け継いでいる。その他、「Morning Star」は、セリーヌ・ディオンを師と仰ぐジュリア・ジャックリンに比する深みのあるポピュラー・ソングである。また、メルボルンの現在の音楽シーンの影響を受けた儚いバラード・ソング「I’m Not Made To Love With You」も、レコードの終盤にささやかな華を添えている。ファンシーさとブルージーさ、それらの表向きと裏側にある一見相容れないように思える両極端の印象が、このレコード全体にせめぎ合っている。幸せ、悲しみ、安らぎ、苛立ち・・・、実に多種多様な内的感情が複雑に織り込まれていることもあって、じっくり聴きこんでみると、なかなか手ごわい作品となっていることが分かると思う。
84/100