Label: 灯台
Release: 2023年2月4日
Review
今回、日本のエレクトロニカシーンの代表格、haruka nakamuraが1月13日に発売された前作のSalyuとの共作『星のクズ α』に続いて、コラボレーションの相手に選んだのは、驚くべきことに女優の鶴田真由さんです。鶴田真由はすでにテレビ、ドラマ、CM、映画、舞台と多岐にわたる業界で活躍していますが、ついに今作で音楽家としてのデビューを果たすことになりました。
最近、最初期の『Twilight』『Grace』といった時代から見ると、ピアノ曲が少なくなってきたなという印象のあるharuka nakamuraですが、この最新作では再度ピアノを交えたエレクトロニカに挑戦しています。意外にも思えるコラボレーションを行った鶴田真由ですが、この作品において詩の朗読、 ポエトリー・リーディング、またスポークンワードというような形での参加となっている。
ピアノのハンマーの音を生かしたポスト・クラシカル寄りのピアノ曲という点を見るかぎりでは、レーベルメイトであった小瀬村晶や、アイスランドのオーラブル・アルナルズの音楽を彷彿とさせる。
そして、淡々とこれらのピアノ演奏が展開されていくなかで、女優の鶴田真由の詩の朗読が加わります。鶴田真由の声は静かで落ち着きがあり、haruka nakamuraの流麗なピアノ音楽と上手く合致しています。両者の演奏における関係はどちらかが主役に立つかというのではなく、その役を曲によって臨機応変に変化させ、さながら水のように流動的な関係性を保っている。純粋な音楽としての提示というより、舞台的な枠組みを設け、ピアノと詩の朗読が一連の物語として繰り広げられてゆく。
今回、意外に思ったのは、これまで叙情的でピクチャレスクな音楽という側面からポップ、エレクトロ、ローファイ、モダンクラシカルと様々なジャンルの切り口を設けて作品を提示してきたharuka nakamuraですが、以前よりも感情の起伏に富んだ音楽を生み出しているということ。そしてこのアルバムは、日本のポスト・クラシカルシーンの中でメインストリームに位置づけられる叙情性と繊細さを尊重した作風となっているわけですが、同時に、インスト曲として聴くと、近年のアーティストの作品の中で最も明るさと力強さの感じられる内容となっています。
さらにまた、ピアノだけではなくて、これまでのharuka nakamuraの音楽の核心にあるアコースティックギターを中心とした楽曲は、福島のpaniyoloにも近い自然を寿ぐかのようなフォーク・ミュージックを思い起こさせる部分もある。そして、このアーティストが得意とするピアノとギターという2つの切り口から綿密に描かれる音楽の中に、さながら子供に童話を語りかけるような語り口で鶴田真由のボーカルが丁寧に乗せられている。そこには謙遜も不遜もなくただ自然な視点と姿勢で言葉が紡がれていく。そして、丹念にひとつずつの発音を大切にして読み上げられる朗読は、確かにその言葉から風景やシーンを換気させる力を持ち合わせているわけです。これは舞台や映画、ドラマをはじめとする豊富な経験を通じて、言葉の持つ力を信じ抜いている証拠でもある。ひとつひとつの言葉は、その内容が語り手により内的に吟味されているため、聞き手のこころ、もしくは頭の中にすっと入ってきて、物語のイメージを発展させていくのです。
『archē』は単なる両者のコラボレーションというには惜しいアルバムです。これは音楽家と舞台女優の織りなす12曲からなる自然な形のストーリーとも言えます。音楽と言葉という2つの要素から引き出されるイマジネーションを深く呼び覚まさせるような作品になっていると思います。
80/100