Weekly Recommendation
Caroline Polachek 『Desire,I Want To Turn Into You』
Label: Perpetual Novice
Release Date: 2023年2月14日
Review
2019年末に『Pang』をリリースした後、ポラチェックはこのレコードのツアーを行う予定だったが、2020年3月のCOVID-19のパンデミックによって中断されることになった。ポラチェクはロンドンに滞在し、親しいコラボレーターであるダニー・L・ハーレと『Desire, I Want to Turnto You』の制作を開始した。彼女はアルバムを、"他のコラボレーターがほとんど参加していない "ハーレとの主要なパートナーシップであると考えた。2021年半ばまでロンドンでアルバムの制作を続け、ハーレや新たなコラボレーターのセガ・ボデガと共にバルセロナに一時的に移住しました。
ポラチェックは2021年7月にリード・シングル「Bunny Is A Rider」をリリースしたが、これはロックダウン前に書かれました。 さらに彼女は2021年11月にクリスティーン・アンド・ザ・クイーンズと共にチャーリーXCXの「ニューシェイプス」でフィーチャリングしている。ポラチェクはその後、2021年の残りの期間、フランスのミュージシャンであるオクルーと北米ツアーに乗り出しています。デュア・リパは2022年2月から7月にかけてのフューチャー・ノスタルジア・ツアーの北米とカナダ公演のサポート・アクトとしてポラチェックを発表、多くのフェスティバルにも出演しました。
彼女は2月にトリップ・ホップにインスパイアされた「Billions」をシングルとしてリリースし、ポラチェックはこの曲を仕上げるのに19ヶ月かかったと述べています。このシングルにはB面として2020年のアルバム『マジック・オントリックス・ポイント・ネヴァー』のワンオントリックスとのコラボレーション曲「Long Road Home」のリワークをフィーチャーしています。 ポラチェクは3月にフルームの「Sirens」にフィーチャーし、7月にはPC Musicのアーティスト、ハイドのためにトラック「Afar」の作曲とプロデュースを行った。ポラチェックはエンニオ・モリコーネのスパゲッティ・ウエスタンの映画音楽から影響を受けたと述べています。
Caroline Polachek |
結局のところ、ビヨンセ、チャーリーXCX、Rosaiaなど、艶やかさを売りにするシンガーが近年、ミュージック・シーンを席巻しています。こういった場合、ある意味、リスナーはそれを期待している側面もあるのだし、それを売り手は上手く活用して、宣伝的に、あるいはセンセーショナルにアーティスト及びその作品をより多く売り込もうと試みるわけなのです。そして、客観視すると、こういったシンガーソングライターの作品には実際の音楽性にも、そういった艶やかさが色濃く反映される場合もある。その事自体は否定しませんが、キャロライン・ポラチェックはその表層的なイメージを上手く操り、実際の音源に触れた時、それとはまったく正反対のイメージを与えることに成功しています。つまり、最初に結論づけておくと、この2ndアルバムは市場側の要求に応えながらも、かなり秀逸なポピュラーミュージックを提示しているのは事実なのです。
2019年にデビュー・アルバムを発表したポラチェックは、米国出身のアーティストですが、この数年間にスペインのバルセロナに一時移住しています。私見では、デビュー・アルバムはポピュラー・ミュージックとしてそれ相応にクオリティーが高いものの、現代の他のSSWと比べてそこまで傑出した作品とは言い難かった。それがなんの心変わりなのか、この2ndアルバムはアートワークこそ、続編のようなニュアンスを持ち合わせているが、その内容は全然異なっています。これはパンデミック時代を乗り越えたからこその勇気のある転身ぶり。それは言い換えれば、苦難を乗り越えた際に身についた豪快さも作品の節々から伝わってくる。特に、シンガーとしての音程の幅広さ、そして歌唱法の変化、そしてハイトーンにおけるビブラートの精彩さについてはかなり目を瞠るものがあると思われます。
特に指摘しておきたいのは、このアーティストのバルセロナに移住したことによる音楽性の目覚ましい変化である。例えば、スペイン音楽の重要な継承者であるロザリアと同じように、アーバン・フラメンコからの影響がいくつかの楽曲には見られる。これらのスペイン音楽の妖艶なメロディーやリズムは「Sunset」で断片的に味わうことが出来る。しかし、それらの表向きのイメージはけして表向きのものをすくい取ったわけでなく、キャロライン・ポラチェックが実際の生活や文化を間近で触れてみたことにより、それが歌やソングライティングに自然な形で反映されたともいえる。つまり、上記の曲を始めとするいくつかの曲には、バルセロナの風土というか風合いが乗り移っているのです。そして、まったく嫌味がない。これは歌手が自然な形で異文化に接した際の驚きやその敬意を親しみやすいポップスに込めようと試みているように思われるのです。
作品のオープニングには「Welcome To My Island」、「Pretty In Possible」という清涼感のあるポップ・ミュージックが並ぶ。この2曲は青空のように澄みわたっており、以前とは歌い方にせよメロディーラインの運びにせよ、デビュー・アルバムとはまったく人が変わったかのようでもある。これは何に拠るものなのか断定づけることは難しいですが、吹っ切れたようなエネルギーに満ちわたっている。その感覚は聞き手に何か気が空くような爽快な気分を与えてくれるでしょう。他にも、先行曲として公開された悩ましげな雰囲気に包まれた「Bunny Is A Rider」はポラチェックの新たなバンガーとなりそうな一曲で、モダンなポップスを擬えつつ、その内奥には奇妙な憂愁が渦巻く。この感覚的な歌が特にアルバムの持つ世界を押し広げていくのです。
中盤への切り替わりは序盤のエネルギッシュな展開とは正反対に、このシンガーの持つ内向性によって始まる。スペイン文化のアーバン・フラメンコに触発を受けたと思しき「Sunset」もエキゾチックな雰囲気で聞き手を惹きつけ、続く「Crude Drawing of An Angel」も同じように南欧の音楽性を吸収したようなしっとりとしたバラードとなっていて気が抜くことが出来ません。聞き手を内省的な世界にいざなった後、再びアップテンポな「I Believe」でテンションを変えますが、ここでもまたポラチェックは序盤の爽やかなポップスとは変わって、明るさを擁しながらも内面奥深くを見つめるかのような奥行きのあるポピュラーソングを提示しています。その後、レゲトンの影響を擁するダンサンブルなビートで聞き手を終盤の世界へと巧みに誘導していく。
終盤に収録されている「Hopedrunk Everasking」は本作のハイライトともいえ、また、SSWの歌唱力の高さ、歌唱自体の才覚を自らの実力によって証明してみせています。秀逸なメロディーの運びは言わずもがな、序盤の歌唱とは相異なる哀感溢れるバラードにより、さらに、美しいハイトーンのビブラートの微細なニュアンスは陶然とした世界へと歩みを進め、また、クラシック音楽の歌曲のような様式的な旋律の運びは、そのクライマックスにかけて神々しい領域へ導かれていくのです。
その後も、ありきたりな盛り上がりを避け、複雑な感情を織り交ぜたポピュラー・ソングにより、ポラチェックはアルバムの終わりへとこの音楽の世界は導いていく。ロマンチックであることを恐れず歌をうたい、ポピュラー・ミュージックとして歴代の名曲にも遜色のない「Butterfly Net」が続き、序盤のエネルギッシュな活力を取り戻す「Smoke」へ引き継がれ、クローズド・トラック「Billions」ではグリッチ・ミュージックとポピュラー・ミュージックの融合というまったく予測不可能な意外なエンディングを迎えます。特に、曲の中には、インドの民族楽器のタブラが心地よいグルーヴを生み出し、ポラチェックの歌声を巧みに引き立てています。
アルバム全体としては、かなりエキゾチックな雰囲気に溢れています。そして、ポラチェックの歌は時に神々しい雰囲気に包まれることもある。このアーティストの写真やアートワークに接した時、表面的な艶やかなイメージはキャッチフレーズや宣伝に過ぎないと思えるかもしれませんが、実際のところはそうではなく、これはキャロライン・ポラチェックなるシンガーソングライターの音楽性の核心を何よりも忠実に捉え、ある種の”目眩まし”のような機能を果たしているのです。
86/100