【Review】 Kate NV 「Wow」

 Kate NV  『Wow』

 

Label: RVNG Intl.

Release Date:2023/3/3

  

 

Review

 

ロシア/モスクワ出身のシンガー、ケイティ・シロノソヴァの四作目のアルバム『Wow』は、日本語のボーカルトラックを収録した作品として注目です。アルバムの収益はWar Childに寄付される予定です。


元々、ソニック・ユースやダイナソーJr.に影響を受けたオルトロックバンド、Glintshakeとして活動していたKate NVはこのアルバムで、日本のプロデューサー、食品祭りa.k.aを作詞担当に迎えて、ユニークなエレクトロ・ポップ、そしてエクスペリメンタルポップの奥深さを提示している。

 

Kate NVの生み出すエレクトロは、レトロな音色のシンセに加え、グリッチ的なビートを生み出しており、たとえば、カナダのI am robot and proudの生み出すミニマル・テクノに近いアプローチとなっています。それに加えて、Kate NVのユニークな雰囲気と可愛らしい印象を持つボーカルが奇異な印象を与える。今回の新作アルバムでは、Kate NVはトラックに対して戯れるように日本語を歌っていますが、しかし、もちろん遊び心を感じさせる作品ではありながら、オルタナティヴのようなひねりの聞いたメロディー、フレーズが新鮮な感覚をもたらしているのです。

 

一曲目に収録されている「oni(they)」では、日本の童謡の世界を彷彿とさせるテクノミュージックを展開している。MVでも見受けられるように、このボーカリストのいくらかエキセントリックなボーカルがレトロなテクノに乗せられるが、それほど真面目にならず、肩肘をはらずに等身大の姿勢で日本語ボーカルが歌われる。それは何かしら、おとぎ話のような可愛らしい世界と現代的なテクノロジー、一見すると相容れないような概念性の合体とも称することができるかもしれません。


続く、二曲目は、I am robot and proudのエレクトロニカに近いチップチューンの雰囲気を持つ。ゲームセンターのプリクラのBGMに近い親しみやすい電子音楽を基調としたテクノミュージックではありながら、曲の終盤ではサックスのアレンジが導入されると、チープなエレクトロニカは様相が変化し、ジャズトロニカ/ニュージャズに近い大人びた音楽へと変貌を遂げる。これらの変わり身の早さともいうべき性質がこのアルバムの持つ音楽性の原動力となっている。Kate NVは常に同じ場所にいることを避けて、そして音楽の変化や変容の過程を楽しんでいるのです。

 

アルバムの序盤は、摩訶不思議な印象を聞き手に与えるものと思われますが、中盤にかけては比較的落ち着いたテクノ/チップチューンが軽やかに展開されていきます。これらの音楽の最大の魅力は、大掛かりなものではなく、その音楽を最小化し、そして高価なものを避けて、そしてチープなものを探求するという点にある。その効果を踏まえ、Kate NVはテーマというものをあえて遠ざけるかのように、シンプルにその瞬間のエレクトロニカを提示している。ミニマリズムに根ざした「asleep」は、それほどチップチューンに馴染みのないリスナーにも親しめるものがあると思う。さらに、ロシア語のタイトル「nochonoi zvonok」もまた、Mumのような可愛らしい童謡のような雰囲気を擁している。この曲では、ガラスを叩くサンプリングを交え、ミニマル・ミュージックとポピュラー・ミュージックを融合させ、実験的でありながら涼やかなトイトロニカに昇華している。Kate NVのボーカルは背景ニアルビートに対して、アンビエントのような伸びやかなボーカルを提供することによって、まさにこのアーティストの独自の音楽性を確立するのです。それらはドリーミーではありながら、少しシュールな雰囲気を併せ持っている。まさに一定のジャンルや概念に収まりきらないような多彩さを持ち合わせているわけです。

 

他にも「d d don't」では、シリアスになるのを避けて、ある種のユニークさを擁する楽曲を展開させている。この曲でのKate NVのボーカルはポップスというよりも、スポークワードに近いもので、それは前衛的な印象を聞き手にもたらすだろうと思われる。そして、ボーカルに関しても、J-Popや近年のK-Popの流行性を巧みに捉えた上で、個性的な電子音楽として昇華させている。さらに、「razmishienie」は、ボーカルのサンプリングをブレイクビーツとして解釈することによって、清新なエクスペリメンタル・ポップの領域を開拓しているのに注目しておきたい。また、その他にも、「flu」では、スティーヴ・ライヒの「Music For A Large Ensenble」のミニマリズムとビョークのポピュラー・ミュージックの観点からみた現代音楽性を巧みに組みわせている。アルバムの最後を飾る「meow chat」は、レトロゲームやチップチューンの核心にあるユニークさやチープさを感覚的に捉えなおしたトラックとして楽しむことが出来るかも知れません。

 

この四作目のフルアルバム『Wow』において、Kate NVは、ミニマル・ミュージックやチップチューン、トイトロニカ/ジャズトロニカを作風の中心においているように思えますが、それは一括にすることは出来ない広範な多様性を持って繰り広げられる。全体的な作品としては、いくらか混沌とした印象を持ち、取り止めのない印象もあるものの、アーティストはみずからの長所である遊び心により、これらのコアな電子音楽に可愛らしさとキャッチーさをもたらしている。


現在、NYでも公演を行うKate NVは、海外でも注目度を高めています。今後、ワールドワイドな存在となっても不思議ではないかもしれません。

 

 

76/100