slowthai 『UGLY』
Label: Method Interscope
Release Date: 2023年3月3日
UGLYは、Dan Careyがサウスロンドンの自宅スタジオで、頻繁にコラボレーションを行っているKwes Darkoと共に制作した。また、Ethan P. Flynn、Fontaines D.C.、JockstrapのTaylor Skye、beabadoobeeのギタリストJacob Bugden、ドラムのLiam Toonが参加している。
「このアルバムは、バンドが持つ兄弟愛の精神を僕が模倣しようとしたものだ。音楽は、そこに込められた気持ちや感情が大事なんだ」とslowthaiは語っている。
「アーティストが絵を描くように、その刹那の表現なんだ。以前はラップが自分の持っているツールで表現できる唯一の方法だったのに対し、ラップはやりたくないという気持ちがすごくありました。今はもっと自由に作れるし、やれることも増えたのに、なんで変えないんだろう?」
「人にどう思われようが、誰だろうが関係ない、ただ真実であり続けること、自分を尊重することなんだ」と彼は付け加える。
「私が顔にUGLYのタトゥーを入れているのは、常に自分を卑下したり、人が持つ印象が私という人間を決めるべきだと感じるのではなく、自分自身を愛することを思い出させるためなのです。結局のところ、僕が作るアートは自分のためのものだし、僕が作る音楽も自分のためのもので、僕が楽しめればそれでいいんだ。だから、自分の生き方というのは、誰にも期待されないものでなければならない。なぜなら、誰にでも笑顔が必要だし、誰にでもちょっとした喜びが必要で、それを本当に感じるためには自分の内面を見つめる必要があるから。"誰も本当の気持ちを与えてはくれないから」
イングランド中東部にあるノーザンプトンの労働者階級出身のラップ・アーティスト(彼は単純に「ラッパー」と呼ばれるのを嫌うという)は、これまでヒップホップの潜在的な可能性を探ってきた。
もちろん、革靴の生産(高級革靴ブランド、JOHN LOBB、Dr.Martensの別ラインの革靴メーカー、Solovairが有名)に象徴されるノーザンプトン出身という土地柄は、彼の音楽にまったく無関係であるはずがない。スロウタイの政治的主張はノッティンガムのポスト・パンク・デュオ、スリーフォード・モッズと同じくらい苛烈であり、2019年のマーキュリー賞の授賞式では、当時の首相だったボリス・ジョンソンの人形の首をぶらさげて過激なパフォーマンスを行った。これは相当、センセーショナルな印象をもたらしたものと思われる。
今回、上記のアートワークにも見られるように、顔に『UGLY』のタトゥーをほったスロウタイ。そこにはヒップホップアーティストのプライドとそして何らかの強い決意表明が伺えるような気もする。そして、先週末にMethodから発売となった新作アルバム『UGLY』を聴くと、あらためてスロウタイというヒップホップ・アーティスト(ラッパーではない)が自分がどのような存在であるのかをイギリス国内、あるいは海外のファンに知らしめるような内容となっている。
UKの独自のミュージックカテゴリーであるグライム、そしてヒップホップのトラップの要素についてはそれ以前の作風を踏襲したものであろうと思う。しかし、 そこには近年、現代的なヒップホップアーティストがそうであるようにNirvanaをはじめとするグランジ、オルタナティヴ・フォーク、ポスト・パンク、そのほかそれ以前のメロディック・パンクを織り交ぜ、ヒップホップという音楽があらためて広範なジャンルを許容するものであることを対外的に示している。
もちろん、スロウタイは常に健康的な表現やリリック、フロウを紡ぎ出すわけではない、時としてそれは荒々しく、乱雑な表現性を赤裸々に表現するのだ。何か心の中にわだかまる激しいいらだちや虚無感、それらを一緒くたにし、ドラッグ、セックス、そしてアルコールへの溺愛を隠しおおそうともせずすべて表側にさらけ出す。そしてそれらはフロウとして激しいアジテーションを擁している。このアルバム全編にはスロウタイの動的な迫力満点のエネルギーに充ちているのである。
若い時代には、エミネム、ノートリアス、BIG、2Pacといったアーティストに親しんでいたスロウタイ。それらのラップミュージックの影響をベースに、ポストパンクのようなドライブ感のあるビートを交え、痛快な音楽を展開させていく、オープニングトラック「Yum」を聴くと分かる通り、表向きには危なっかしく、どこへいくのかわからないような感じに充ちている。
しかし、これらの乱雑かつ過激なアジテーションに充ちた音楽、その裏側にはこのアーティストの実像、実は気の優しいフレンドリーな姿も伺う事ができる。表向きには近づきがたい、しかし少し打ち解けると、誰よりも真正直な笑顔を覗かせる。そのような温和さをこの音楽の中に垣間見ることができる。それはスロウタイというアーティストが言うように、誰もがインターネットや表向きの情報を通して、そうであると決めつけているその人物の印象、その裏側には一般的なイメージとは全然別のその人物の本当の姿があると思う。どのような有名な人物でさえも。
その全面的なイメージをその人と決めつけることの危険性、そしてそれはその人物の幻想にすぎないことをスロウタイは知り尽くしていて、それらをあらためてこれらの楽曲を通じて表明していくのである。
そして、これまでのスロウタイのイメージとは異なる、またこのラップアーティストの親しみやすい姿を伺わせる楽曲もこのアルバムにはいくつか収録されている。その筆頭となるのが「Feel Good」となるだろうか。
2000年代のメロディック・パンクやエレクトロニックの影響を織り交ぜて彼はこのアルバムの楽曲の中で比較的爽やかなボーカルを披露している。 この楽曲こそ、スロウタイのアーティストとしての成長を伺わせるものであり、今作のアルバムがより革新的な音楽として組み込まれる理由で、より多くのファンを獲得しそうな気配もある。
その他、全体的に過激なイメージの中にあって、爽やかな印象を持つ曲も数多く収録されている。「Never Again」も聴き逃がせない。ここでトラップを始めとするヒップホップをグライムと織り交ぜ、繊細なフロウを披露する。また、エミネムの時代を彷彿とさせる「Fuck It Puppet」もヒップホップファンにとって痛快な感覚を与えるだろう。
そのほか表題曲「UGLY」は普通のインディーロックとしても楽しむことができる。これらのバリエーション豊かな楽曲は、依然としてスロウタイがイギリスのミュージックシーンのトップランナーである事を示している。
90/100
Featured Track 「Feel Good」