Xiu Xiu『Ignore Grief』
Label: Polyvinyl
Release: 2023年3月3日
Review
2021年の『Oh No』は、この実験的な音楽性を擁するトリオにとって比較的ポピュラーな作品で、かなり聞きやすい部類だった。ところが続く、『Ignore Grief』は劇的な方向転換を図り、お世辞にも親しみやすいとはいいがたいアンダーグラウンドミュージックに属する作品となっている。
アルバムのアートワークについては、イギリスのポスト・パンク/ゴシックバンド、Bauhausの名作群を彷彿とさせる。バウハウスも『Mask』では、展開される音楽は基本的にポピュラー性に根ざしていながら、 ホラー風の音楽に挑戦していた。その他、ダブの影響を交えた代表作『Bela Lugosi's Dead』も妖しい光を放ち、時にはリスナーを慄然とさせるものがあったのだ。
なぜバウハウスの例を挙げたのかといえば、それは例えば、ニューヨークのSwansに比する地の底に引っ張られるような暗鬱かつ重苦しさもあるにせよ、Xiu Xiuがこの作品を通じて志向する方向性は、バウハウスのダークなゴシック性に近いからである。変拍子を交え、聞き手のリズム感を撹乱させ、前衛的なアプローチで聞き手を惹きつける。ただ、それだけではなく、ディストーションのノイズ、スポークンワード、テクノのビート、そして、シュトックハウゼンのトーン・クラスターの技法を織り交ぜ、斬新な作風にトリオは挑もうとしている。しかし、これらの実験音楽は従来では無機質というべきか、人間味を感じさせないような音楽が主流であったが、少なくともXiu Xiuの最新作『Ignore Grief』はそのかぎりではない。表向きには、ホラーチックであり、不気味な雰囲気が漂うが、その音楽性の節々には情感も感じ取れるのである。
オープニング・トラック「The Real Chaos Cha Cha Cha」は、タイトルこそキャッチーではあるものの、ノイズ・アヴァンギャルドの極北に位置している。バウハウス調の暗鬱なシンセサイザーのシークエンスにクールなスポークンワードが折り重なり、Xiu Xiuの特異でミステリアスな世界が無限に広がっている。Xiu Xiuの音楽は先にも述べたように、人好きのしない内容ではありながら、何か真実性を持ち合わせているような気もする。とにかく聞きようによっては様々な解釈ができるようなオープニングトラックである。
続く、獣の数字を刻印した「666 Photos of Nothing」は、ホラームービーの最も恐怖にまみれた山場のシーンに導入されるようなBGMに比する怖さを持っている。夜中に聴くと、飛び上がりそうな曲だけれど、それがチープな恐怖として再現されているかというと、そうではないように感じられる。ここには、リゲティ・ジェルジュのアウシュヴィッツをテーマにした「Atmospheres」のような奇妙な怖さがあり、それは直接的な表現ではなく、漠然とした空気感により恐怖やホラーという表現が生み出される。つまり、現代音楽の影響下にあるからではなくて、真実性に基づいた怖さが抽象的な形で表現されているのである。この点について、Xiu Xiuの最新作『Ignore Grief』の音楽が単なるまやかしではないということに気がつくはずである。
今作には、ファンタジックな要素はほとんどなく、徹底的にリアリズムが表現されている。Xiu Xiuは現代社会の恐怖を端的に捉えすぎているため、救いがない音楽のように思えるかもしれない。しかし、映画の会話のサンプリング、クラウト・ロック、そして、ドイツのミッシング・ファンデーションの作風を彷彿とさせる「Maybae Baeby」は確かにインダストリアルで無機質な恐怖感を擁しているが、その感覚はそれほど理解しがたいものではないはずである。例えば、ブラック・ミディの「Of Schlangenheim」が好きな人にとっては何かピンとくるものがあるかもしれない。
もちろん、オーバーグラウンドの音楽に慣れ親しむリスナーにとってはこれらは受け入れがたく、抵抗感があるかもしれないが、この音楽の中に掴みやすさを求めるとしたら、必ずしもXiu Xiuの音楽が一辺倒ではなく、ラウドとサイレンスという2つの持ち味を駆使していることに尽きるだろう。例えば、「Pahrump」では比較的、静かな印象のダーク・アンビエントにも近い作風に挑戦していることにも注目しておきたい。全体的には、その音楽性の中に踏み入れる余地がないように思われる中に、とっかかりのようなものを用意している。ニューヨークのアヴァンギャルド・ジャズ、サックス奏者のJohn Zorn(ジョン・ゾーン)の演奏を彷彿とさせるこの曲では、混沌や恐怖、悲惨さ、冷淡さの中に、それと正反対にある正の感覚を織り交ぜているのだ。
アルバムの終盤部では、「Border Factory」を聴くと分かる通り、一筋縄ではいかない音楽性が展開される。例えば、この曲では、1980年代のドイツのインダストリアル・ノイズの音楽をそれとなく彷彿とさせるが、ドイツのCanというよりも、Einsturzende Neubauten(アインシュトゥルツェンデ・ノイバウテン)のジャンクな感覚に近いかもしれない。つまり、このグループがそうであったように、多種多様な音楽を雑多に飲み込んだ末に生み出された音楽という気もする。また、続く「Dracula Parrot,Moon Moth」では、ストリングスを交え、アーノルト・シェーンベルクの十二音技法による歌曲の風味に加え、それらを電子音楽の側面から現代的に解釈を加えている。古い型と新しい型を組み合わせ、現代音楽のオペラのような曲を生み出している。
最後の曲「For M」では、トーン・クラスターとインダストリアル・ノイズの中間にある音楽でアルバムを終える。
全体的にはちょっと後味の悪いホラームービーのような作品にも感じられるかもしれないが、しかし、この音楽性の中には凛としたクールさが漂っていることを勘の鋭いリスナーであれば感じ取るであろう。これは、トリオが、建築用語でもあり、また、音楽ジャンルやファッションでも使われるゴシックという概念の核心に迫っているからでもある。その点について、カッコいいと思うのか、なんだか不気味だと思うのかは、聞き手の受け取り方次第かもしれない。
少なくとも、この最新作は単なる不快な音楽というわけではなく、醜悪的で不気味な表現に踏み込んだ先に、このアルバムの本当の魅力は存在している。さらに前衛音楽として美的感覚を裏側に秘めた作風でもある。
82/100
*下記のMVは、ホラー、またセンシティヴな表現があります。苦手な方は視聴をお控え下さい。