aus 『Everis』- Review

 aus 『Everis』

 


 

Label: FLAU

Release: 2023/4/26



Review

 

 

おそらくリワーク、リミックス作品等を除くと、フルレングスとしては2009年以来のニューアルバム『Everis』でausはカムバックを果たす。


ausは東京のレーベル"FLAU”の主宰者でもあり、ポスト・クラシカルやモダンクラシカルを始めとするリリースを率先して行っている。しかしご本人に話を伺ったところでは、あるジャンルを規定しているというわけではなく、幅広いジャンルの良質なリリースをコンセプトに置いているという話である。

 

かなり久しぶりのフルアルバムは、レーベルオーナー/アーティストとしてどのような意味を持つのだろうか?

 

少なくとも、アルバムに触れてみた時点の最初の印象としては、前作のフルレングスの延長線上にあるようでいて、その実、まったく異なるジャンルへのアプローチも窺い知ることが出来る。

 

これはもちろん、そのミュージシャンとしての空白の期間において、アーティストがまったく音楽に関して没交渉ではなかったこと、つまり、リリースしていなくとも、ミュージシャンでない期間はほとんどなかった、という雰囲気を伺わせるのである。アンビエント風のイントロからはじまる「Halser Weiter」から続くのは、時間という不可解な概念を取り巻く抽象的なエレクトロニカであり、また、喩えるなら、このジャンルをひとつの大掛かりなキャンバスのように見立て、その見えない空間に電子音楽というアーティストの得意とする形式によって絵筆をふるおうというのだ。そして、それは作品という空間の中で様々な形で音楽という概念が流れていく。少なくとも、自分の考えとしては、それほど以前のようにジャンルを規定せず、現時点の自らの力量を通じ、どのような音楽が生み出されるのかを実験していったようにも感じられる。

 

先行シングルとして公開された「Landia」は、実際にアーティストご本人に伝えておいたのだが、春の雰囲気を感じさせるトラックで、麗しい空気感に満ちている。かつてのレイ・ハラカミの「lust」の作風にも通じる柔らかなシンセのアプローチは聞き手の心を和ませる。ダウンテンポやハウスの影響を交えたこのシングルは、終盤のコーラスにより、アーティスト自身がテーマに込めたフォークロアの要素を盛り上げる。そして、この民謡のようなコーラスは確かにノスタルジックな雰囲気を漂わせており、古い日本の町並みや、黄昏のお祭りの中を歩くかのような郷愁がこめられている。

 

その後は、パーカッシヴな効果を取り入れ、さらに、既存の作品よりもミニマル・ミュージックの要素を取り入れた「Past Form」では、スティーヴ・ライヒや、フィリップ・グラスの現代音楽の要素をエレクトロニカの観点からどのように組み直そうか苦心したように思える。そして、ausはその中にアバンギャルド・ジャズの要素を部分的に導入し、そのミニマルの反復的な平坦なイメージの中にアクセントをもたらそうとしている。 終盤では、シンセサイザーのストリングスのレガートを導入することで、ミニマルの中にストーリー性をもたらそうとしているようにも感じられる。

 

アルバムの中で最もミステリアスな感覚を漂わせているのが、「Steps」である。ここでは、コラボレーターのGutevolk(アート・リンゼイ、ヨ・ラ・テンゴの前座も務めたことがある)が参加し、イントロのチェンバロのような繊細な叙情性を掻き立てる。そして、イントロの後は、一つのジャンルを規定しないクロスオーバーの音楽性に繋がる。Gutevolkのボーカルはアンニュイな効果を与え、アヴァン・ポップを絡めた前衛的なボーカルトラックとして昇華される。捉え方によってはボーカルトラックを、アヴァン・ポップをよく知るアーティストとしてどのように組み直すことが出来るかに挑んだように思える。そして、そのアンビエントの要素を多分に含んだ音楽性は、最初のチェンバロに近い音色に掛け合わさることにより、最後でノイズに近い前衛的な雰囲気をもたらすことに成功している。

 

続く、「Make Me Me」ではさらに別の領域へと足を踏み入れ、アシッド・ハウスやトリップ・ホップ、ローファイヒップホップの要素を絡めた一曲を生み出している。ここでもまた、クラシカルの要素を加味し、コラボレーターのGrand Salvoのボーカルが加わることで、アヴァン・ポップへと繋がっていく。ただ、このボーカルは前曲とは異なり、ニュージャズや現代的なオペラのように格式高い声楽の要素が込められている。暗鬱な雰囲気に彩られているが、何かしら傷んだ心をやさしく労るような慰めが漂っている。そして、バックトラックのアシッド・ハウス寄りのビートがその雰囲気を盛り立てる。続く「Flo」は、前曲のトリップホップの気風を受け継ぎ、それをモダンクラシカルの要素を交えることで、アルバムの中で最も幻想的な空間を生み出している。そして、それは形而上の深い領域へと音楽そのものが向かっていくようにも思える。

 

後半部にかけては、 「Make Me Me」の後に続くアルバムの前半部の雰囲気とは一風異なる真夜中のような雰囲気を持ったトラックが続く。


「Swim」ではピアノの響きを取り入れながら、それをポストモダニズムの要素、ノイズやリズムの破壊という観点からアバンギャルドな雰囲気を持つアンビエンスを取り入れている。そして、意外にもそれほどニッチにもマニアックにならず、すっと耳に入ってくる何かがある。この曲にも部分的にボーカルのサンプリングが導入されるが、それはポーティスヘッドのような陶酔した雰囲気や蠱惑的な雰囲気に彩られているのである。


この曲以降は、一気呵成に書いた連曲のような形式が続き、一貫性があり、連続した世界観を作り出している。ただ、最後の曲「Neanic」だけは、静かなポスト・クラシカルの曲として楽しめる。この曲だけは2010年前後の作風に近いものが感じられ、最後にアーティストらしいアンビエントという形でクライマックスを迎える。

 

しかし、果たしてこれらの音楽は十年前に存在したものだったのだろうか。いや、少なくとも数年前からこのアーティストの音楽を知る者にとってはその印象はまったく異なっている。世界が変わったのか、それともミュージシャンが変わったのか、きっとその両方なのかもしれない。


ぜひこのニューアルバムを通じて、日本のエレクトロニカアーティストの凄さを実感していただきたい。

 

 80/100

 

 

  ausの新作アルバム『Everis』はFLAUから発売中です。全曲のご購入/ストリーミングはこちらから。