American Grafitti |
全般的に見ると、映画やサウンドトラック、つまり映像や映画の中で流れる音楽は、その映像媒体の単なる付加物に過ぎません。
ところが、なんの変哲もない、つまらない映像のワンショットが、ある種の情感を引き立てるようなBGMが付加されることで、時代を象徴するような名シーンに変化する場合がある。そして、それは時に映画全体の評価すら変えてしまう場合もあるのだから不思議だ。ローマの休日、スタンド・バイ・ミー、さらに、時計じかけのオレンジ、シャイニングといった著名な映画のワンシーンではそのことがよく理解出来る。つまり、映画のサウンドトラックとは、本質的には映像の付加物に過ぎないけれども、一方では、映像そのものよりも優位に立ち、ストーリーや映像を支配する場合すらあるのです。
例えば、ホラー映画のワンシーンにおいて、そのシーンとは全く別のユニークな音楽が流れたらどう考えるでしょう。多くの鑑賞者は、その瞬間、恐怖を忘れ、また、失望し、興ざめしてしまうはずです。反対にコメディー映画のワンシーンで、場違いなホラーの音楽が流れたら、(それはそれで前衛的で面白いと考える人もいるかもしれませんが)興ざめすることでしょう。つまり、一見、映像とその付加物に過ぎない音楽が分かちがたく結びついた途端、主媒体の持つ意味が変化し、本来、付加物であるはずの音楽が優位に立つケースが極稀に存在するのです。このことについて、映画評論家のジェイムズ・モナコーー”映画を読む”という考えに基づいて作品の評論を行った人物ーーは、そもそも映画の音楽が効果的な形で活用されるようになったのは、ブロードウェイのミュージカルの時代であると指摘しており、この2つの媒体がどのように関連しているかについて、以下のように述べています。「だが、今日、ミュージカル形式の映画の中で、最も成功しているのは、純然たるコンサート・フィルムである。これはサウンドトラックがフィルムを伴っていて、映像がサウンドトラックに支配されているのだ・・・(以下略)」というのです。
例えば、ジュディー・ガーランドのミュージカルの時代から、その後のハリウッドを中心とする映画全盛期の時代にかけて、もしくはフランスのパリ、イタリアのミラノを始めとするヨーロッパを中心とする映画の時代において、音楽がその映像作品のストーリーを強化することは決して珍しいことではありませんでした。たとえば、好例としてはトーマス・マン原作の「ヴェニスに死す」があります。この映画の最後のシーンでは、疫病に侵された音楽家が、人気のなくなったイタリアの浜辺で息絶えますが、明暗のコントラストを最大限に活用することで知られるイタリアの巨匠であるヴィスコンティ監督は、この印象的なシーンに、グスタフ・マーラーの『アダージェット』を使用し、その光と影の微細な変化と同期させ、この映画を不朽の名作たらしめた。つまり、実際の良い映画音楽は、単なる付加物にとどまることはほとんどなく、本来の役割を離れ、映像すら超越し、その映画のワンシーンを印象的な形で鑑賞者の記憶に留めておくのです。
今回、改めて、映画の中に導入される音楽が重要視されるようになったブロードウェイの時代から、 映画産業の最盛期にかけての名作映画とサウンドトラックを、下記に網羅的にご紹介致します。以下のプレイリストを参考にすることで、実際の映画を鑑賞するときに、”音響効果としてサウンドトラックがどのような形で映像に効果を及ぼしているのか?”という観点から映画を観ることもまた映画鑑賞の一興となるでしょう。
Louis Armstrong 『Hello Dolly!』 映画『Hello Dolly!』(69年)より
ジェイムズ・モナコが指摘するように、ミュージカルがサウンドトラックの原点にあるとするならば、まずはじめに紹介しなければならないのは、同名のミュージカル『Hello Dolly!』が映画化された本作である。
監督は、ジーン・ケリー、振り付けはマイケル・キッドが担当した。第42回アカデミー賞で美術賞、ミュージカル賞、録音賞の3部門を獲得した。ジャズボーカル/トランペットの巨匠であるルイ・アームストロングが客演した同名の作品のテーマソングである「ハロー・ドリー!』は、マンハッタンのブロードウェイミュージカル全盛時代の華やかな雰囲気を味わうのに最適である。
Irving Berlin/ Ethel Merman 映画『There’s No Business Like Show Business』 『There’s No Business Like Show Business』(54年)より
もし、ブロードウェイのミュージカルがどのような音楽として出発したのかを知りたいのであれば、ハロードリーの次に思いうかぶのがエセル・マーマンが歌った映画『There’s No Business Like Show Business』の表題曲である。
20世紀のニューヨーク/マンハッタンが最も反映した時代の華やかさを見事に捉えた名曲。エセル・マーマンは、この曲の中で、まるで舞台女優のように歌うのだが、実際の音源からもミュージカルの様子を想像することが出来る。まさにショービジネスのような華やかなビジネスはこの世に存在しないことを体現している。ブロードウェイのネオンが目に浮かぶような一曲である。
『ショウほど素敵な商売はない』(There's No Business Like Show Business)は、1954年のアメリカ合衆国のミュージカル。監督はウォルター・ラング、出演はエセル・マーマンとマリリン・モンロー!! など。 ミュージカル『アニーよ、銃をとれ』のために書かれたアーヴィング・バーリンの歌「ショウほど素敵な商売はない」の曲名をそのまま映画のタイトルにしている。
『Love is a Splendered-Thing(慕情)』 映画『Love is a Splendered-Thing(慕情)』(55年)
『慕情』(Love Is a Many-Splendored Thing)は、1955年のアメリカ合衆国の恋愛映画で、20世紀フォックスが配給し、同年、日本でも公開されている。
監督はヘンリー・キングで、出演はジェニファー・ジョーンズとウィリアム・ホールデンほか。ベルギー人と中国人の血を引く女性医師ハン・スーインの同名の自伝的小説(英語版)を映画化した作品である。
主題歌「Love Is a Many-Splendored Thing 慕情」は第28回アカデミー賞歌曲賞を受賞し、多くの歌手によりカバーされた。同曲を作曲したサミー・フェインはジャコモ・プッチーニの歌劇『蝶々夫人』のアリア「ある晴れた日に」を参考に作曲した。
この原曲のバージョンはミュージカルであるものな、映画のアレンジバージョンが複数存在すると記憶しており、一番有名なメインテーマのオーケストラ・バージョンに加え、実は、中国風のイントロのメロディーがきわめて印象的なボーカル・バージョンのバラードのレコーディングが存在する。
テーマソング『Love Is a Many-Splendored Thing 慕情』は、オーストリアの作曲家であるグスタフ・マーラーの管弦楽法の影響を直接的に受けた爽やかな雰囲気を擁するオーケストラレーションは、映像の持つ魅力を最大限に引き出すことに成功している。
Debby Reynolds 『Tammy』 映画『Tammy and the Bachelor(タミーと独身者)』(57年)より
デビー・レイノルズは、女優としても演技力が随一といっても差し支えないはずだが、歌手としても他のミュージックスター達の歌唱力に引けを取らない甘美な歌声を持った伝説的なシンガーである。女優としての才能だけでなく、歌手としての素晴らしい才覚を示してみせたのが、ロマン・コメディ映画の「タミーと独身者」だった。
米ユニバーサルから配給された映画「タミーと独身者」1957は、シド・リケッツ・サムナーの小説を原作とし、ジョセフ・ペブニーがメガホンを取った。年頃の少女が自分の恋心の芽生えに気づいた淡い感情を描いてみせた名作の一つで、コメディの風味も感じられるが、米国らしいロマンティックさに彩られた往年の名画といっても良い。
Judy Garland 『Over The Rainbow』 映画「The Wizzard Of OZ』(39年)より
Pat Boone 『April Love』 映画『April Love』(57年)より
パット・ブーンの「April Love」を聴けば、映画の中に挿入される音楽が、どれほど映像の持つ雰囲気を盛り上げるのかがよく分かる。
ビルボード・マガジンの集計によると、パット・ブーンは、エルヴィス・プレスリーに次ぐチャート記録があるヒットメイカーとして知られている。同名映画のテーマソングである「4月の恋」50~60年代において大成功を収めたポピュラー歌手で俳優/作家のパット・ブーンが、1957年にDOTレーベルからリリースしたシングル。ビルボード・ホット100チャートで最高1位、さらにUKシングルチャートで最高7位を記録した。
サミー・フェインが作曲し、ポール・フランシス・ウェブスターが作詞したポピュラーソングである。パット・ブーンとシャーリー・ジョーンズが主演を務めた、ヘンリー・レヴィン監督の1957年の映画『エイプリル・ラヴ』の主題歌として書かれた。春先のロマンチックな雰囲気を漂わせる甘いバラードソングだが、これ以上に爽やかな映画のテーマソングは寡聞にして知らない。
8.Buddy Holly 『That's ll Be The Day』 映画『American Grafitti』(73年)より
”Mel’s Drive-In"に行ったことがある人はいるだろうか? それは冗談としても、SFの傑作『スターウォーズ』で知られるジョージ・ルーカルのもう一つの傑作が、70年代の米国の若者の暮らしを見事に活写した『アメリカン・グラフィティ』 である。
実は、この映画、米国のオールディーズ、ドゥワップの名曲ぞろいで、ほとんどこのジャンルのベスト盤といっても過言ではない。
ロックのアイコン、チャック・ベリーを始め、スカイライナーズ、プラターズ、バディー・ホリーと怒涛のドゥワップの名曲のオンパレードで、実際の映像のムードを盛り上げている。特に、スターウォーズのように大掛かりな演出が施されているわけではないのに、私はこの映画が大好きである。
特に、エンディングにかけてのビーチ・ボーイズの名曲『All Summer Long』は、劇中の主人公たちの青春と相まって、ほとんど涙ぐまさせる何かが込められている。また、この曲の中では、HONDAが登場し、若者の間で日本の外車がトレンドであったことも容易に伺える。ドライブインやクールな車が登場し、その物語の中を若者たちが所狭しと動き回る様子は、同じく青春映画の傑作『スタンド・バイ・ミー」に匹敵する。この時代の奇妙な近未来的な作風は、後の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に大いに影響を与えたのではないだろうか?
The Platters 『Smoke Gets In Your Eyes』映画『A Guy Named Joe』(43年)/『Always』(89年)
ザ・プラターズの『煙が目に染みる』は、1933年、ジェローム・カーンの作曲により、ミュージカル『ロバータ』 (Roberta) のミュージカルのショー・チューンとして書かれた。作詞はオットー・ハルバック(Otto Harbach)が手掛けている。 同年10月13日に、ガートルード・ニーセン(Gertrude Niesen)により最初のレコード録音が行われた。1946年には、ナット・キング・コールもカヴァーしている。1958年、コーラスグループのザ・プラターズがカバーしてリバイバル・ヒットした。
1958年、プラターズのドゥワップのカバーは全米R&Bチャートで3位、全英では1位を記録し世界中で大ヒットしたことはよく知られている。1943年のアメリカ映画『A Guy Named Joe』のリメイク版、1989年スティーブン・スピルバーグ監督の映画「オールウェイズ」でも、この曲が効果的に使われた。前者の映画は古すぎるため、一度も観たことがない。特にサントラとして効果的に使用されているのはスティーヴン・スピルバーグ監督の作品の方だろう。歴代のバラードソングの中でも屈指の名曲/カバーといっても良いのではないだろうか?
The Righteous Brothers 『Unchained Melody』 映画『Ghost』(90年)より
90年の『ゴースト』は、興行的には大成功をおさめた作品であるのは事実だが、永遠の名作なのかは疑問符が残る。私はそれほど映画には詳しくない、と断った上で言わせていただきたいが、この映画の発想自体は斬新で面白く、90年代に流行ったということについても頷ける話だけれども、現代的な感覚から見ると、どことなくB級感漂う作品というのが個人的な感想なのである。
もちろん、一方で、映画のサウンドトラックという観点から見ると、「Unchained Melody」は映像効果のムードの側面に素晴らしい影響を与えている。原曲は55年で、35年の時を経て、同映画の表題曲として採用され、英国一位のリバイバルヒットを記録している。例えば、最近の『ストレンジャー・シングス 未知の世界」のメタリカやケイト・ブッシュの例を見ても分かる通り、オリジナルの楽曲が、数十年も後になってリバイバルヒットを記録するケースはそれほど稀有なことではないのだ。
また「ゴースト」のプロデューサーは、ビートルズのレコーディングプロデューサーとしてお馴染みのフィル・スペクターである。ジョン・レノンやジョージ・ハリスンはフィル・スペクターのことを気に入っていたと言うが、ポール・マッカートニーはあまり好きではなかったという。この噂の真相までは定かではない。ともあれ、「Unchained Melody」は幻想的でありながら現実的であるという、この映画の核心をうまく体現している。また映画のサントラとしては問答無用に素晴らしい一曲である。
Simon & Garfunkel 『Sound Of Silence』 映画『The Graduate』(67年)より
「サウンド・オブ・サイレンス」(原題はThe Sound of Silence、またはThe Sounds of Silence)は、サイモン&ガーファンクルが1964年に発表した。1964年のオリジナルレコーディングは商業的に成功せず、直後にバンドは解散することになる。しかし、1965年、オーバー・ダビングされたバージョンが1966年にビルボード誌で2週に渡って週間ランキング第1位を獲得した。ビルボード誌1966年年間ランキングは第25位。 1967年のアメリカ映画『卒業』では挿入曲となった。
『卒業』は1967年に公開された作品で、主演はダスティン・ホフマンである。今では大物俳優の彼の記念すべきデビュー作である。この映画は、アメリカン・ニューシネマの代表作としても認知されており、当時のアメリカの時代背景(ベトナム戦争や女性運動など)が反映され、政治に対する不信感を感じることができる作品となっている。
『明日に架ける橋』など他の全般的な代表作を見ると、それほどマイナー調の曲は少ないサイモン & ガーファンクルではあるものの、「サウンド・オブ・サイレンス」だけは非常に暗鬱な雰囲気が漂う。ある意味では、ベトナム戦争時代の米国の当時の若者のリアリティを反映させた作品とも称せる。
Steppenwolf 『Bone To Be Wild』 映画『Easy Rider』(69年)より
私はバイク乗りではないものの、デニスホッパー主演の『Easy Rider」ほどモーターサイクルやハーレー・ダヴィッドソンがかっこよく思える映画もそうそうないと思う。
映画のテーマ曲「Born To Be Wild(ワイルドで行こう)」(68年)を提供したステッペン・ウルフの方は、60年代後半のアメリカンロックを代表するバンドである。元々、バンド名も、カルフォルニアのUCLAの学生が好んで読んでいたという作家のヘルマン・ヘッセの前衛小説「荒野のおおかみ」に因んでいる。そう考えると、カルフォルニアのヒッピーの自由主義、ラブ・アンド・ピースのキャッチフレーズを掲げて登場したロックバンドと、ワイルドであることを生きる上での金科玉条とする作中人物たちの生き様は、他のどの映画よりも絶妙にマッチしていたのだ。
「Born To Be Wild」は60年代のアメリカン・ロックの最高傑作の一つであり、映画のサウンドトラックとしても超一級品である。ちなみに、バンドのアルバムの原曲では存在しないが、映画のサウンドトラックのバージョンのイントロには、バイクのマフラーをブンブン吹かす音が入っている。
Ben E King 『Stand By Me』 『Stand By Me』(86年)
四人の若者たちが、青空の下の線路の上を仲睦まじく歩く姿を想像してもらいたい。そしてそれは、それ以前の映画の作中人物の人間関係をしっかり辿った上で見ると、涙ぐまずにはいられないような映画史きっての印象的なシーンなのだ。つまり、青春映画の最高傑作『Stand By Me』の魅力は、あの名場面に尽きるのである。ただ、Music Tribuneは映画サイトではないため、あのシーンが本来どのような意味を持つのかについては考察するのを遠慮しておきたい。
軽快なコントラバス(ウッドベース)の演奏で始まる『Stand By Me』は、1961年にアトコ・レコードからシングルとして発売されたベン・E・キングのシングル作である。1986年に公開された同名の映画で主題歌として使用され、映画の宣伝のためにミュージック・ビデオが制作された。同年、再発売され、全英シングルチャートで第1位を獲得した。作詞作曲は、キングとジェリー・リーバーとマイク・ストーラーが手掛け、チャールズ・アルバート・ティンドリーによって作曲された黒人霊歌「Load, Stand By Me」に触発されて書かれた。つまり、あまり知られていないことだが、「スタンド・バイ・ミー」はポピュラーミュージックである前にゴスペルソングなのである。
「Stand By Me」は初盤の発売以降、そうそうたるミュージシャンに気に入られ、ジョン・レノン、ブルース・スプリングスティーン、レディー・ガガ、忌野清志郎によってカバーされた。現時点でのカバー・バージョンの総数は400を超える。 映画の最高のテーマ曲の一つとして最後に挙げておきたい。