Josiah Steinbrick 『For Anyone That Knows You』
Label: Unseen Words/Classic Anecdote
Release: 2023/4/21
Review
残念なことに、先日、坂本龍一さんがこの世を去ってしまったが、彼の音楽の系譜を引き継ぐようなアーティストが今後出てこないとも限らない。彼のファンとしてはそのことを一番に期待してきたいところなのだ。
さて、これまでJosiah Steinbrickという音楽家については、一度もその音楽を聴いたことがなく、また前情報もほとんどないのだが、奇異なことに、その音楽性は少しだけ坂本龍一さんが志向するところに近いように思える。 現在、ジョサイア・スタインブリックはカルフォルニアを拠点に活動しているようだ。またスタインブリックはこれまでに三作のアルバムを発表している。
ジョサイア・スタインブリックのピアノソロを中心としたアルバム『For Anyone That Knows You』の収録曲にはサム・ゲンデルが参加している。基本的には、ポスト・クラシカル/モダンクラシカルに属する作品ではあるが、スタインブリックのピアノ音楽は、モダンジャズの影響を多分に受けている。細やかなアーティスト自身のピアノのプレイに加え、ゲンデルのサックスは、簡素なポスト・クラシカルの爽やかな雰囲気にジャジーで大人びた要素を付け加えている。
スタインブリックのピアノは終始淡々としているが、これらの演奏は単なる旋律の良さだけを引き出そうというのではなく、内的に豊かな感情をムードたっぷりの上品なピアノ曲として仕立てようというのである。ジャズのアンサンブルのようにそつなく加わるゲンデルのサックスもシンプルな演奏で、ピアノの爽やかなフレーズにそっと華を添えている。それほどかしこまらずに、インテリアのように聞けるアルバムで、またBGMとしてもおしゃれな雰囲気を醸し出すのではないだろうか。
ただ、これらの心地よいBGMのように緩やかに流れていくポスト・クラシカル/モダン・ジャズの最中にあって、いくつかの収録曲では、ジョサイア・スタインブリックの音楽家としてのペダンチックな興味がしめされている。二曲目の「Green Glass」では、ケチュア族の民族音楽家、レアンドロ・アパザ・ロマス/ベンジャミン・クララ・キスペによる無題の録音の再解釈が行われている。これらの音楽家の名を聴いたことがなく、ケチュア族がどの地域の民族なのかも寡聞にして知らないが、スタインブリックはここで、ポーランドのポルカのようなスタイルの舞踏音楽をジャズ風の音楽としてセンスよくアレンジしているのに着目したい。
その他にも、 「Elyne Road」では、マリアン・コラ(Kora: 西アフリカのリュート楽器)の巨匠であるトゥマニ・ドゥアバテの原曲の再構成を行い、ソロピアノではありながら、民謡/フォークソングのような面白い編曲に取り組んでいる。加えて、終盤に収録されている「Lullaby」では、ハイチ系アメリカ人であるフランツ・カセウスという人物が1954年に記録したクレオールの伝統歌を編曲している。ララバイというのは、ケルト民謡が発祥の形式だったかと思うが、もしかすると、スコットランド近辺からフランスのクレオール諸島に、この音楽形式が伝播したのではないかとも推測出来る。つまり、これらの作曲家による再編成は音楽史のロマンが多分に含まれているため、そういった音楽史のミステリーを楽しむという聞き方もできそうである。
もうひとつ面白いなと思うのが、アルバムのラストトラック「Lullaby」において、ジェサイア・スタインブリックはクロード・ドビュッシーを彷彿とさせるフランス近代和声の色彩的な分散和音を、ジャズのように少し崩して、ピアノの音階の中に導入していることだろう。この曲は、部分的に見ると、民謡とジャズとクラシックを融合させた作品であると解釈することが出来る。
『For Anyone That Knows You』は、人気演奏家のサム・ゲンデルの参加により一定の評判を呼びそうである。また、追記として、スタインブリックは、作曲家/編曲家/ピアニストとしても現代の音楽家として素晴らしい才覚を感じさせる。今作については、その印象は少しだけ曇りがちではあるけれど、今後、どういった作品をリリースするのかに注目していきたいところでしょう。
Josiah Steinbrick 『For Anyone That Knows You』は4月21日より発売。また、ディスクユニオン、Newton Records、Tobira Recordsで販売中です。
82/100