Wednesday 『Rat Saw God』/Review

 Wednesday『Rat Saw God』

 


Label: Dead Oceans

Release: 2023年4月7日


Review


Dead Oceansより発売された『Rat Saw God』は、先週のオルタナティヴロックの話題作の一つであり、バンドの飛翔作といってもおかしくないアルバムである。


本作はアッシュビルのDrop of Sunというスタジオで一週間掛けて制作された。個性的なアートワークについては中世ヨーロッパの宗教画を彷彿とさせるが、これには意図が込められており、バンドのギタリスト/ボーカリストのカーリー・ハーツマンがストーリーコレクターであること、そして、この作品自体が短編小説、断片的な記憶、米国南部の肖像を交えた内容として制作されたことによる。これは美と醜が共生するハーツマンのの記憶をより強化するデザインとなっているのである。

 

またプレスリリースによると、『Rat Saw God」はハーツマンの若い時代のことが詳細に描かれているという。それは例えば、以下のような記憶である。Ipad NanoでMBVを聞きながら、グリーンズボロ郊外を自転車で走り、そして壊れたガラス、コンドームが散乱する近所に流れる小川、葛で埋め立てられた寂しく交配した家を通り過ぎた若い時代の記憶、それらの思い出を丹念にたどり、Wednesdayはハリのあるインディーロック作品として仕上げた。これは、テーマ的には、カナダの作家アリス・マンローのように個人的な記憶を交えた自伝的な一作と呼べるのだが、そこには奇妙な皮肉や冷笑のようなニュアンスも含まれている。それはおそらく音楽家にとって、そういった穿ったような視点を交えないでいると、鋭い感覚を持つ人々はみなが同じことではあるのだが、それらの記憶を自分の回りにごく自然に存在するものであると認めることは難しかったのだろう。自伝的な記憶の奥底にうごめく午後のうららかな光のような麗しさと生々しく猥雑な日常空間の重なり合いは、感覚の鋭いハーツマンにとっては、ほとんど混沌とも呼べるものであったと思われる。そして、それらの細やかな個人的な記憶は、ときに奇妙なトラウマや心の息苦しさなど、明るい側面と奇妙な暗さが複雑に渦巻いたような感覚の異質さが複雑に織り交ぜられている。それはあまりに表向きのサウンドとは異なり、その核心にある感覚はほとんど煩雑とも呼ぶべきものである。ロックという形以外ではなかなか共有しえない何かがある、だからこそ、彼らはこのアルバムを制作する必要に駆られたのだと思うのである。

 

表向きには、プレスリリースの通りで、MBVのような分厚いファズ/ディストーションがこのアルバム、あるいはバンドの象徴的なサウンドと化している。 そして、知るかぎりでは昨年のアルバムや21年の「Twin Plagues」のシューゲイズサウンドの延長線上にあるように感じられる。ところが、今作は、単なる青春の雰囲気を前面に突き出した前作とはまったく異なる雰囲気に彩られていることに気づく。それはときに醜く、シニカルで、冷笑的な感覚が前面に押し出されている。


ただ、これらのオルタナティヴロックサウンドの中に救いがないかと言えば、そうではあるまい。米国南部の緩やかな感覚を留めるカントリー・ミュージック等ではお馴染みのペダル・スティールは、これらのときにシリアスの傾きすぎる向きのあるロックサウンドに、ちょっとしたスパイスとおかしみを交えている。これがこのアルバム自体をそれほどシリアスにせず、聞きやすくしている要因でもある。そのことは、オープニングトラックを飾る「Hot Rotten Grass Smell」に最もよく反映されている。ここに、20年代のオルタナティヴと90年代のオルタナティヴを絶えず往来するかのような特異なサウンドが生み出されることになったのだ。

 

アルバムの収録曲はその後、シューゲイズを彷彿とさせるディストーションサウンドと、例えば、テキサスからニューヨークに拠点を移したWhy Bonnieのようなソフトなインディーフォーク性を上手く絡めながら、パワフルなロック・ミュージックという形で展開される。ただ、それは前作よりも遥かに感覚的であり、これらのギターサウンドとベースラインは、記憶を織り交ぜて感覚的な爆発をしたかのようなエネルギッシュでパワフルなサウンドが続く。「Got Shocked」は、現代的なロックの王道を行くナンバーであるが、そこには上記のWhy Bonnieのように南部的な幻想性に満ちあふれている。そして、そのロマンチズムはディストーションサウンドの蜃気楼の向こうに奇妙な形で浮かび上がってくる。激しい幻惑的なロックサウンドに耳を澄ましていると、その奥底には非常に繊細なエモーションが漂っていることが分かる。これがこの曲を聴いていると、何かしら琴線に触れるものがあり、心を揺さぶられる理由なのだろう。

 

アルバムの中盤では、「Bath Country」を始めとする内省的なオルト・フォークと、バンドの今後のライブのアンセムともなりそうな「Chosen To Derserve」を始めとする明るく外交的なロックバンガーが折り重なるようにしている。これらの一筋縄ではいかない、多重性のあるロックサウンドが感覚的なグルーヴのように緻密に折り連なっている。それらは、美しいもの、醜いものに接したときの原初的な気持ちと綿密にオーバーラップしあいながら、構成力の高いロックサウンドという形で組み上げられ、ひとつの音楽のストーリーが完成されていく。Wednesdayのロックとは別の側面を表すオルト・フォーク/オルト・カントリーの魅力は、終盤に収録されている#8「Turkey Vulture」で花開くことになる。ゆったりしたリズムから性急なリズムへと変化させることで、未知の世界へのワクワクした気持ちや期待感を表現しているように思える。さらにローファイとオルト・フォークを融合させた#9「What's So Funny」は、現代のオルトロックファンの期待に十分応える内容となるはずである。また、この曲には少しジャズの要素が込められていて、これまでのバンドのイメージとは相異なるムーディーなナンバーとして楽しめる。

 

また、アルバムの最後を飾る「TV In The Gus Pump」では、Big Thiefの音楽性に触発されたモダンなオルトフォーク/オルトロックの境地を開拓してみせている。現時点で、ストーリーテリングの要素を今作で導入したことからも分かる通り、Wednesdayはシューゲイズサウンドとオルトフォークサウンドをどのような形で新しく組み上げるのかを模索している最中という印象がある。


『Rat Saw God』はWodnesdayの次なるチャレンジを刻印したものであり、試行錯誤の過程にある意欲作と呼べるかもしれない。おそらくWednesdayのキャリアの中で変革期に当たるようなアルバムに位置づけられるものであるため、バンドのバックカタログと聞き比べて、以前とどのように変化したのかを考えながら、音楽性の変化の一端に触れてみるのも面白いかもしれない。

 


80/100

 

 

Featured Track 「What's So Funny」