【Weekly Music Feature】 Benefits 「Nails」 ベネフィッツの衝撃的なデビューアルバム

Weekly Music Feature 





Benefits 


結成4年目にして、イギリス/ミドルズブラの四人組バンドであるBenefitsは大きく変化し、成長しました。ロックダウンの間、彼らはパワフルなギター主導のパンクから、圧倒的にブルータルなノイズワーカーへと変貌を遂げました。激しく、忌まわしさすらある音楽は、ほとんどのアーティストが夢見るような口コミで支持されるようになった。

Benefitsのフロントマンを務めるキングスレイ・ホールのボーカルは、分裂的で外国人嫌い、毒気に満ちた過激なレトリックを発信しましたが、結果、多くの人々によって拡散され、我々の公論を圧倒していたことに対する正当な反撃として機能したのです。

バンドの勇気づけられるような極論が届くたびに、社会に蔓延る不治の病に対する解毒剤のようにソーシャルメディア上で急速に拡散していき、ベネフィッツはやがて多くの人の支持を集めることになりました。Steve Albini、Sleaford Mods、Modeselektorのような著名なミュージシャンのファンは、最初から彼らの音楽に夢中になっていた。さらに、NME、The Quietus、Loud & Quiet、The Guardianなど、先見の明がある国内のメディアがこぞって取り上げました。

その後、Benefitsはさらにステップアップを図り、かれらが尊敬するインディーズ・インプリント”Invada Records"と契約し、4月21日に4作目のフルアルバム「NAILS」をリリースすることになりました。

「ここ数年、いつでもレコードをリリースする準備はできていたんですが、適切な人が現れるまで待ちたかったので、ずっと我慢していました」と、フロントマンのKingsly Hall(キングズリー・ホール)は述べています。
 
イギリスのインディペンデント・レーベル”Invada Records" の共同設立者であるPortisheadのGeoff Barrowは、ネットで話題になっていた音楽に惹かれた一人であり、故郷のブリストルで彼らのライブを見た時、すぐさまBenefitsの虜になったといいます。後に、彼のバンドへの信頼は報われることになり、グループの素晴らしさを再確認し、バーロウが実現可能であると思っていたことを再定義するようなレコードを制作しました。このアルバムには、彼らがイギリス国内で最もエキサイティングなアクトの一つであることを証明するかのように、鋭い怒りとアジテーションが込められています。

リード・シングル「Warhorse」は、音楽的な視野が狭いことや、バンドの "パンク "としての信頼性を疑問視する人々への遊び心のある反撃として、バンドは破砕的なドラムフィルを集め、それを本質的に踊れるエレクトロ・バンガーに変身させました。「パンクは大好きだし、カートゥーンパンクも大好きだ、素晴らしいと思っているよ」とキングズリー・ホールは言います。

「時々、お前はクソじゃないから、パンクじゃない、なんて言われることがあるんだけど、そんなの全部デタラメだ」

しかしそれでも、キングズレイはまた、彼のようなメッセージを伝える最良の方法は、人々を動かすことだと知っているのです。



Benefits 『Nails」 Invada Records




PortisheadのGeoff Barrow(ジェフ・バーロウ)が主宰するレーベル”Invada Records”から発売されたBenefits(べネフィッツ)の4作目のアルバム『Nails』は、2022年のリリースの中でも最大級の話題作です。

このアルバム『Nails』の何が凄いのかといえば、作品の持つ情報量の多さ、密度の濃さ、そしてキングズレイ・ホールが持つ暴力的な表情の裏側にときおり垣間見える聖人のような清らかさに尽きます。しかしながら、その音楽性の核心にたどり着くためには、Benefitsの表向きのブルータルな表現をいくつも潜り抜ける必要があるのです。
 
キングズレイ・ホールのリリックは、基本的に、ラップ/ヒップホップの範疇にある。それはこのジャンルが他ジャンルに対して寛容であることを示し、得意とするジャンルを全て取り入れ、それを痛快な音楽に仕立てることで知られるノーザンプトンのヒップホップ・アーティスト、Slowthaiに近い。表向きには暴力的であり、乱雑ではありますが、その中に不思議な親しみやすさが込められているという点では、ミドルスブラのキングズレイのリリック/ライムも同様です。

しかし、例えば、Slowthaiの音楽が基本的には商業主義に基づいているのに対して、キングズレイのそれはアンダーグラウンドの領域に属しています。

リリックは無節操と言えるほど、アジテーションと怒りに満ち溢れており、その表現における過激さは、ほとんど手がつけることができない。キングズレイのボーカル・スタイルは、どちらかといえば、ロサンゼルスのパンクのレジェンドであるヘンリー・ロリンズに近いエクストリームの領域に属しています。ロリンズは、例えば、『My War』を始めとするハードコアの傑作を通じて、世の不正を暴き、さらに、内的な闘争ともいえるポエティックな表現を徹底して追求しましたが、キングズレイ・ホールのリリックもまた同様に、世の中に蔓延する不治の病理を相手取り、得体の知れない概念や共同体の幻想を打ち砕き、徹底的に唾を吐きかけるのです。

あらかじめ断っておくと、これは耳障りの良いポピュラー音楽を期待するリスナーにとっては絶望すらもよおさせる凄まじい作品です。

これまで古今東西の前衛音楽を聴いてきたものの、この作品に匹敵するバンドをぱっと挙げるのは無理体といえる。それほどまでに、2000年以前のドイツで勃興したノイズ・インダストリアルのように孤絶した音楽です。Benefitsの作品は、この世のどの音楽にも似ておらず、また、どの表現とも相容れない。比較対象を設けようとも、その空しい努力はすべて無益と化すのです。
  
ノイズ/アヴァンギャルドの代表格であるMerzbowの秋田昌美、ドイツのクラウトロックバンド、Faustとリリース日が重なったのは因果なのでしょうか、オープニング・トラック「Malboro Hundrets」から、凄まじいノイズの海とカオティック・ハードコアの応酬に面食らうことになるはずです。最早、心地良い音楽がこの世の常であると考えるリスナーの期待をキングズレイ・ホールは最初の段階で打ち砕き、その幻想が予定調和の世界で覆いかくされていることを暴こうとします。細かなリリックのニュアンスまではわからないものの、初っ端からキングズレイの詩は鋭いアジテーションと怒りに充ちており、まるで目の前で罵倒されているようにも思える。

しかし、フロントマンのリリック/ライムは、単なるブラフなのではなく、良く耳を澄ましていると、世の中の現実を鋭く捉えた表現性が反映されている。その過激なリリックをさらに印象深くしているのが、”ストップ・アンド・ゴー”を多用したカオティック・ハードコアの要素ーーさらにいえば、グラインドコアやデスメタルに近い怒涛のブラスト・ビートの連打です。ドラムフィルを断片的に組み合わせて、極限までBPMを早め、リズムという概念すら崩壊させる痛撃なハードコア・パンク/メタルによって、『Nails』の世界が展開されていくことになります。
 
続く「Empire」においても、フロントパーソンのキングズレイ・ホールの怒号とアジテーションに充ちた凄まじいテンション、狂気的なノイズの音楽性が引き継がれていきます。いや、その前衛的な感覚は、かつてのポストパンクバンド、Crassのように次第に表現力の鋭さを増していくのです。

そして、キングズレイ・ホールは、英国のポスト・ブレクジットの時代の社会の迷走、インターネット社会に蔓延する毒気、また、さらに、人間の心の中に巣食う闇の部分を洗いざらい毒を持って暴き出そうとしている。キングズレイの前のめりのフロウは迫力満点であり、そして扇動的で、挑発的です。そして彼は、”偽りの愛国者”の欺瞞を徹底的に風刺しようとするのです。

真摯なブラックジョークを交えたセックス・ピストルズの現代版ともいえる歌詞のなかで、

"神よ、女王を救い、そして、私のパイント(編注: ビールグラスのこと)をEmpire(編注: 王国の威信の暗示)で満たして下さい!!"

と、無茶苦茶にやりこめる。

瞬間、彼と同じように国家に対して、いささかの疑念と不信感を抱く人々にとって、乱雑な罵詈雑言と鋭い怒りに充ちたキングズレイのリリックの意味が転化し、快哉を叫びたくなるような感覚が最高潮に達する。それは緊縮財政や、弱者に向けたキリストのような叫びへと変化するのです。
 
さて、果たして、キングズレイ・ホールは、現代社会の民衆の中に現れた救世主なのでしょうか? 

その答えはこの際、棚上げしておくとしても、これらのエクストリームな音楽は、その後も弱まるどころか鋭さを増していきます。

今作の中では聴きやすいラップとして楽しめる「Shit Britain」では、ノリの良いライムを通じて、人々が内心では思っているものの、人前では言いづらい言葉を赤裸々に紡ぎ出す。そしてロンドンのロイル・カーナー、ノーザンプトンのスロウタイにも通じる内省的なトリップ・ホップのフレーズを交え、

"アナーキーはかつてのようなものではない、イングランドが燃えている時、あなたはどこにいるのか??"

と、最近のフランス・パリで起きている、年金の支給年齢を引き上げる法案に対する民衆の暴動を念頭に置きながら、キングズリーはシンプルに歌っています。

そして、曲の時間が進むごとに、彼のリズミカルなライムと対比される「Shit Britain」というフレーズは、最初は奇妙な繰り言のように思えますが、何度も繰り返されるうちに、その意味が変容し、最後には、ある種のバンガーやアンセミックな響きすら持ち合わせるようになる。そして、「Shit Britain」という言葉は最初こそ胡散臭く思えるものの、曲の終わりになると、異質なほど現実味を帯び、聞き手を頷かせるような論理性が込められていることに気がつくのです。



「Shit  Britain」

 
 
 
その後も、ボーカルのキングズレイ・ホールの怒りとアジテーションは止まることを知りません。

「What More Do You Want」では、"あなたは、さらに何を望むのか?"というフレーズを四度連呼し、聞き手を震え上がらせた後、ノイズ・インダストリアルとフリージャズの融合を通じて空前絶後のアバンギャルドな領域に踏み入れる。これらのノイズは、魔術的な音響を曲の中盤から終盤にかけて生み出すことに成功し、ジャーマン・プログレッシヴの最深部のソロアーティスト、Klaus Schulze(クラウス・シュルツェ)のようなアーティスティックな世界へと突入していきます。
 
ドラムのビートとDJセットのカオティックな融合は、主にビートやリズムを破壊するための役割を果たし、キングズレイのボーカル/スポークンワードの威力を高めさえします。このあたりで、リスナーの五感の深くにそれらの言葉がマインドセットのように刷り込まれ、全身が総毛立つような奇異な感覚が満ちはじめる。そう、リスナーは、この時、これまで一度も聴いた事がないアヴァンギャルド・ミュージックの極北を、「What More Do You Want」に見出すことになるのです。
 
その後、「Meat Teeth」では、過激なリリックを連発しながら、ヘンリー・ロリンズに比する内的な闘争の世界へと歩みを進める。キングズレイは、80年代にロリンズがそうだったように、世界における闘争と内面の闘争を結びつけ、それらをカオティック・ハードコアという形で結実させます。

しかし、終始、彼の絶えまない内面に満ちる怒りや疑問は、他者への問いという形で投げかけられます。

その表現は「Where were you be?」という形で、この曲の中で印象的に幾度も繰り返され、それはまた、日頃、私たちがその真偽すら疑わない政治的なプロパガンダのように連続する。次いで、これらの言葉は、マイクロフォンを通じ録音という形で放たれた途端、聞き手側の心に刻みこまれ、その問いに対して無関心を装うことが出来なくなってしまう。そして自分のなかに、その問いに対する答えが見つからないことに絶句してしまう。 これはとても恐ろしいことなのです。

前曲と地続きにあるのが「Mindset」です。彼は、この曲の中で、腐敗したニュース報道、メディアが支配するものが、どれほど上辺の内容にまみれているのか、さらに”羊たちへの洗脳”についても言及し、そして、鋭い舌鋒の矛先は、やがて人種差別に対する怒りへと向かう。

しかし、リリックの側面では、過激なニュアンスを擁する曲であるものの、曲風はそれとは対象的に、アシッド・ハウス、モダンなUKヒップホップという形をとって展開される。さらに、心にわだかまった怒りは、続く「Flag」で、遂に最高潮に達します。まさに、キングズレイは、この段階に来ると、個人的な怒りではなく、公憤という形を取り、スピーカーの向こうにいる大衆にむけて、ノイズまみれの叫びと怒号、そしてアジテーションを本能的にぶちまけるのです。

この段階でも、『Nails』が現代のミュージック・シーンにおける革命であることはほとんど疑いがありませんが、Benefitsは、さらに前代未聞の領域へと足を踏み入れていきます。アルバムの終盤に収録されている「Traitors」において、アバンギャルド・ノイズ、カオティック・ハードコアの今まで誰も到達しえなかった領域へと突入し、鳥肌の立つような凄みのある表現性を確立しています。ここでは、怒りを超えた狂気を孕むキングズレイ・ホールの前のめりで挑発的なリリックの叫びが、その場でのたうち回るかのように炸裂します。次いで、その異質な感覚は、苦悶と絶望という双方の概念を具象化したノイズによって極限まで高められていくのです。
 
これ以前に、リスナーを呆然とさせた後、アルバムの最後は、誰も想像しないような展開で締めくくられます。それまでは徹底して、ラップ/ノイズ/ポストパンクという三種の神器を駆使して来たBenefitsですが、神々しさのあるノイズ・アンビエント/ドローンという形を通じて、かれらのアルバム『Nails』は完結を迎えます。それまで忌まわしさすらあったキングズレイ・ホールのスポークンワードのイメージは、最後の最後で、あっけなく覆されることになる。かれの言葉は、それまでの曲とは正反対に、紳士的であり、冷静で、温かみに満ちあふれているのです。
 
そして、表向きの狂気に塗れた世界は、作品の最後に至ると、それとは対極にある神々しくうるわしい世界へと繋がっていく。

抽象的なシンセ、ストリングスの伸びやかなレガート・・・、涙ぐませるような清々しい世界・・・、クライマックスで到来するノイズ・・・。これらが渾然一体となり、Benefitsの『Nails』はほとんど想像を絶する凄まじいエンディングを迎えるのです。
 
 
 
100/100(Masterpiece)



Weekend Featured Track 「Council Rust」




Beneftsの4thアルバム『Nails』はInvada Recordsより発売中です。