Alva Noto  『Kinder De Sonne』-New Album Review

 Alva Noto  『Kinder De Sonne』

 

 

Label: Noton

Release: 2023/5/5


 

 

Review

 

オーストリアのエレクトロニック・プロデューサー、アルヴァ・ノトの最新作『Kinder De Sonne」は、1905年のロシア革命を背景に書かれたマキシム・ゴーリキーの戯曲『太陽の子どもたち」に由来する。正確に言えば、この作品は、同名の演劇のために書かれた作品で、ドイツ語の題名である。サウンドトラック制作に携わるのは、坂本龍一との共作『Revenant』以来のことであり、スクリーンではなく、ステージの演劇のために効果を与えるような音作りを行っているという。

 

アルバムのジャケットに描かれた黒い環については、2019年の池田亮司のインスタレーションのアート作品に因むものと思われる。 今でもよく覚えているのだが、この年、池田亮司は、空間の中に突如、この宇宙的なモチーフを登場させ、既存のファンに少なからずの驚きを与えたのだった。


特に、記憶に新しいところでは、アルヴァ・ノトは坂本龍一とのリイシューのリリースを行っていた。『V.I.R.U.S』というように、パンデミックに因んで、既発作品の頭文字を取って盟友である坂本との作品の再発を行い、彼が主催するレーベル共々、がんと闘病を続けていた氏の功績を讃えようとしたわけだったが、結局のところ、今年に入ってリリースされた『12』が彼の遺作となってしまったのである。


そして、先週に入り、アルヴァ・ノトは21年以来の一年ぶりの最新作、また、戯曲のサウンドトラック『Kinnder De Sonne』をリリースする運びとなったわけなのだが、直感として思い、また、あらためてレビューの中で言及しておきたいのは、製作者が意図するかしないかに関わらず、この作品は本来ソロのオリジナルとして制作されたわけではないというのに、坂本龍一の遺作『12』とまったく無縁ではないということなのである。もちろん、この作品はオーストリアのプロデューサーの得意とするところの、グリッチ、ミクロというアナログ信号のエレクトロニック・ミュージックが作曲の中心に置かれており、また、その音作りの奥行きに関しては、既存の作品と同様にアンビエントに属するといっても大きな違和感はない。


しかし、イントロとして導入される「Kinder De Sonne」を聴く限り、子供のための戯曲という解釈から見ると、特異な作品であることが分かる。イントロからアルヴァ・ノトの作り出すアンビエント、また一般に言われるミクロなサウンドは、確かに少し可愛らしい感じのグロッケンシュピールのシンセの音色を交え、舞台のストーリー性を引き立てるように始まる。そこにはアルヴァ・ノトらしい精細なノイズ、奇妙な清涼感すらもたらすノイズとシンプルなシンセの音色が絡みあうようにしてはじまる。静かではあるが、音の奥行きには、宇宙的な何かが感じられる。地上の出来事を表しておきながらも、そこには、より時代を超越するような概念が込められているというわけである。

 

二曲目の「Verlauf」を聴くと分かる通り、もはやこの段階で、単に子供のための音楽であると定義づけることは難しくなってくる。アルヴァ・ノトは純粋なノイズやミクロサウンドへの興味をこれまでの主要な音楽の核心に置いていたという印象もあるが、今作では必ずしもその通念は当てはまらない。これまでの作風の中で、(ノトらしくなく)神秘的な何か、人智では計り知れない何かへの接近を彼は試みている。


まさにそれは盟友の病やその状況を知っていたか知っていないかに依らず、その魂の変遷を音楽を通じて捉えるか、はたまたなぞらえるかするようなものである。もっと言えば、この二曲目は坂本の遺作「12」に非常に近い何かを感じ取ることもできる。


そういった意味では、たしかに第三者的な視点と並行するようにして、子供が見る世界という視点を通じて音は制作されているようだが、一方で、その小さな目が捉えようとするロシア革命の時代の核心を描き出すべく彼は試みている、そんな感覚を実際の音楽から汲み取ることができる。またそういった神秘的なサウンドの他に、対比的なシューマンの子供向けのピアノの小品のような音楽も3曲目の「Die Untergrundigen」に見出すことができる。それは、ピアノではなくアナログのシンセの柔らかな音色としてドイツロマン派の形式は受け継がれている。しかし、その小さな音に内包される巨大なミクロコスモスという点ではその前の二曲と同じなのである。

 

中盤の収録曲「Sehnsuchtsvoll」、「Ungewisheit」は、叙情的なアンビエントという形で続いていくが、しかし、それはロシア革命の本質がそうであるように、必ずしも明るい側面ばかりを反映しているわけではない。ただレーニンの時代の出来事は、ある意味では、現代のロシア国家を把捉する際、本質を見誤らせる要因ともなりえる。その点をアルヴァ・ノトは熟知しており、一方方向からの音を作ろうというのではなく、多岐にわたる視点から多次元的な電子音を組み上げる。既存のプロデューサーとしての技術を駆使し、それを直感的に捉えようとするアーティストの感覚の鋭さが、これまで以上によく体感できるトラックとなっている。そして、ドイツ語の連語と同じように、多重構造の音楽を作り出そうとするアーティストの意図もこの二曲には伺える。それに続く一曲目の再構成となる「Kinder De Sonne Reprise」は、音の減退を活かして、アンビエントとして一曲目を組み直しているが、アルヴァ・ノトの編曲における卓越性がキラリと光る。

 

その後、「Unwohl」は孤独の雰囲気を感じ取ることができる。それは革命時の時代的な反映か、それとも他の神智学的な何かが描かれているのかまでは厳密に言及出来ないけれど、ある意味では、人間としての孤独というより、魂の孤独とも称するべき概念がシンプルなシンセの音色に反映されている。そして、これもまた単なる推測にすぎないと断っておく必要があるのだが、アルヴァ・ノトがこの演劇音楽の中で捉えようとするのは、生身の人間の時代における生存ではなくて、より謎めいた宇宙的な存在に相対する生命の本質的な動き、蠢きであるようにも見受けられる。これが単なる叙事的な意味を擁する戯曲のサウンドトラックにとどまらず、音の配置や休符により深い神秘的な感覚を感じとることができる主な要因となっているのである。 


再構成の「Sehnsuchtsvoll reprise」では、原曲のピアノに近いトーンをよりパーカッシヴなシンセ、マレットシンセのような音色を駆使し、ドビュッシーの最晩年の作風「沈める寺」のような不可思議な世界を探究する。フランスの印象派の作曲家は全盛期は華美な音楽を主流として作っていたが、突如、晩年になると、フランツ・リストと同じように、静謐で神秘的な音楽性を追求するようになっていった。生前の坂本龍一もまたドビュッシーに触発を受けたと思われる言葉、--芸術は長く、人生は短い--を座右の銘としていたようではあるが、この曲の中で、まさにサウンドトラックの制作という点とは関連なしに、盟友の魂の根源へと最接近したとも称せるのである。つまり、アルヴァ・ノトは坂本と同じく華やかな雰囲気から離れ、それとは対極にある禅的な静けさへと沈潜していくかのようである。


そして、アルバムの終盤に差し掛かると、序盤や中盤において示された神秘的で宇宙的な雰囲気はその出発点から離れ、より荘厳なスケールへと歩みを進めていく。以前、『12』のレビューの中で、無限という概念への親和性と私は書いたのだったが、アルヴァ・ノトはまさに生命の根源的な何かへと脇目も振らず突き進んでいくようにも感じられる。そのことを端的に表しているのが、「Ungewiss」、「Aufstand」、さらに3曲目の再構成である「Die Untergrundigen Redux」となる。オーケストラ音楽の影響を交えて、クロテイルの音色を駆使し、アルヴァ・ノトはこれまでの電子音楽家としてではなく、現代音楽作曲家としての意外な才覚をこれらの曲で発揮している。


「Virus」は、タイトルからも明らかなように、坂本へ捧げるべき弔いの曲であり、 彼は共作を行った時と同じように、これまでのグリッチ/ミクロの視点を通じ、前衛的な響きを生み出している。そして、アルバムのクライマックスに至ると、まるでその根源的な魂が一つであることを示すかのように、「12」の作風に近づいていく。宇宙的な音響性を持ちあわせ、そして無限に対する憧憬が示されたとも言える「Son」は、これまでにアルヴァ・ノトの作風とは相容れないような画期的なトラックである。

 

ノトのノイズ/アンビエントによる音作りはゴーリキーの戯曲の本質を捉えるとともに、彼のキャリアの集大成を形作る一作である。この隠れたタイトル曲を通じ、アルヴァ・ノトは、我々が日頃見ようとする生命のまやかしから距離を置き、宇宙の根源的な生命の本質の核心へと迫ろうとしているように思えるが、たとえそれがアートワークに描かれたようなものであるとしても何の驚きもないだろう。


本作の最後に収録される「Nie anhaltender Storm」において、ノトは、Tim Heckerの最新作『No Highs』に近い暗鬱なドローンを制作していることに驚く。しかし・・・、アルヴァ・ノトは、アルバムの終盤の段階で、サウンドトラックの持つ音響効果の他に何を表現しようとしたのか、その点についてはすべて明らかになったわけではなく、余白の部分が残されている。今後のリリース作品を通して、その謎は徐々に解きほぐされていくかもしれない。


86/100