bar italia 『Tracy Denim』
Label: Matador
Release: 2023/5/19
Review
bar italiaは、Nina Cristante、Jezmi Tarik Fehmi、Sam Fentonによるロンドンを拠点とするロックバンドである。
過去2年間、Dean BluntのレーベルWorld Musicから2枚のアルバム、1枚のEP、数枚のシングルを発表している。バンドは、今年、米国のMatadorと新たに契約を結び、そして、ビョーク、デペッシュ・モード、ブラック・ミディの作品のプロデューサーであるマルタ・サローニを迎えて制作を行なった。
まず、The QuieitusやCrack Magazineをはじめ、現地のイギリスの複数の音楽メディアは、bar italiaを”秘密主義”、”ミステリアスな”バンドであるとレビューを通して定義づけているようだ。イギリスの大きめのメディアでさえも、bar italiaのことについてよく知る人はそれほど多くない。現時点では、彼らのライブをその目で見届けた人々が、bar Italiaの正体について最もよく知っていると言えるだろう。バンドの正体を秘匿しておくこと、全ての背景を明かさぬことは、実際、ソーシャル全盛期で全貌が見えすぎる現代において、ロンドンのバンドの神秘性を保持しておくとともに、彼らの音源に触れた時の衝撃性を強める可能性がきわめて高い。
これまでのWorld Musicから発売された2作のフルアルバムを聴くかぎりでは、ローファイ、サイケ、オルタナティヴ、また少しだけエキゾチックなポップというように、異質なほどbar Italiaの音楽性には雑多な文化性が内包されている。荒削りでローファイなギターロックサウンドは少しザラザラとした質感があり、得体の知れないものにおそるおそる触れるような感覚も滲んでいる。
先行シングルとして公開された3曲「Nurse!」「punkt」「changer」を聴くかぎりでは、前2作のアルバムに比べると、エッジの効いたポスト・パンクサウンドとドリーム・ポップに近いサウンドが際立っていた。また、「punkt」だけに言及すれば、The Strokesを彷彿とさせるニューヨークのガレージロックの性格も反映されている。
このアルバムの魅力はそれだけにはとどまらない。Sonic Youthのサーストン・ムーアの前衛的なギターサウンド、メンバーが立ち代わりにメインボーカルを取るスタイル、The Smithsのような哀愁や孤独に充ちたサウンド、そういった感覚的なオルタナティヴ・ロックが掛け合わさり、時代のトレンドとは没交渉の唯一無二のロックサウンドが生み出されることになったのだ。
前2作に比べると、マルタ・サローニが手掛けるサウンドは艶やかさとダイナミクス性を増している。基本的なバンドサウンドは、エッジが効いているが、よく聴きこむと、優しげなメロディーがその背後に揺蕩っていることが分かる。三者のメインボーカルもその性質を異にしており、ポスト・パンクバンドのような尖ったボーカル、聞き手を酔わせるボーカル、”コントロールを失いたい”という欲求をもとにし、感覚的なボーカルが綿密に組み合わされている。ロンドンの現代社会に生きる無類の音楽好きが集い、人知れずセッションを重ねた結果、同じ思いをともにする三者の内的で力強いオルタナティヴサウンドが全体には貫流している。
bar Italiaの音楽は単なるプロダクトとして生み出されたわけではあるまい。ライブセッションにおける心地良さをどのような形で伝えようか模索しているという印象がある。そして、ここに彼らなりの流儀があって、音楽の本質が明るみに出る寸前のギリギリのところで、そのサウンドは留められている。別に言い方をすれば、音の核心に到達しようとすると、中心から離れ、抽象性の高いサウンドを維持し、再度その核心へと向かっていく。彼らの音楽はその運動の連続なのである。
三つの先行シングルの他にも傾聴に値する楽曲は複数存在する。その中には、ロンドンの新旧のポストロックサウンドに対する傾倒が垣間見える曲もある。例えば、「F.O.B.」、「NOCD」といった主要なトラックを通じて、エッジの効いたギターサウンドと陶酔感のあるドリーム・ポップサウンドの融合を見出せるだろうし、他にも「Horsy Girl Rider」では、イギリスの伝説的なポストロックバンド、Empireの『Expensive Sound』(1981)に比する実験的なサウンドの幻影が把捉できる。さらに叙情性を重んずるオルタナティヴ・ロックバンドとしての姿を「Clark」に見出せるはずだ。
グルーヴィーなベースラインに加わるメロディアスなフェイザーのギター、シンプルな8ビートのドラミングの兼ね合いは、このバンドのサウンドの代名詞ともいえ、そして、それは今作において以前の旧作よりタイトに引き締まったという印象を受ける。彼らは一貫して、一地点にとどまらず、流動的なドライブ感のあるサウンドを志向している。それらは聞き手に一定の音楽性を措定させることを敢えて避けるかのようでもあるる。そして、極めつけは、90年代のグランジサウンドに触発された「Friends」であり、Nirvanaの「In Utero」時代のポップセンスを継承した上で、一体感のあるサウンドを生み出している。多分、グランジの要素は以前のアルバムにはなかったものと思われる。
今後、これらのバンドサウンドがどのような形で集大成を迎えるか期待していきたい。また、bar Italiaはアルバムの発売を記念するヨーロッパツアーを予定している。ローファイでエッジの効いたサウンドは、さらに多くの音楽ファンの心を捉えるに違いない。
84/100