Demian Dorelli  『My Window』/ Review

Demian Dorelli  『My Window』

 


Label: Ponderosa Music Records

Release: 2023/5/19


Review

 

ロンドンで生まれ育ち、ケンブリッジ大学出身のDemian Dorelliは、音楽とともにその人生を歩んできたピアニストであり作曲家である。主にクラシックで音楽の素地を形成したデミアン・ドレッリは、その後もジャズ・ミュージックやエレクトロニック・ミュージックへのアプローチを止めることなく、その制作経験を豊富にしていきました。彼はパシフィコ(2019年のアルバム『Bastasse il Cielo』から引用された曲「Canzone Fragile」)で、アラン・クラーク(Dire Straits)、シモーネ・パチェ(Blonde Redhead)といった名だたるアーティストとコラボレーションしています。



デミアン・ドレッリはまた、ポンデローザ・ミュージック&アートから『Nick Drake's PINK MOON, a Journey on Piano』を発表している。このアルバムは、ピーター・ガブリエルのリアルワールド・スタジオでティム・オリバーと共にレコーディングされ、ドレリがピアノを弾きながら故ニック・ドレイクに敬意を表し、過去と現在の間で彼との対話を行う11曲で構成されている。


『My Window』は、ピアニスト・作曲家デミアン・ドレッリのサイン入り2枚目のアルバムで、ポンデローザ・ミュージック・レコードからリリースされ、彼の長年の友人アルベルト・ファブリス(ルドヴィコ・エイナウディの長年の音楽協力者・プロデューサー、ドレッリの「ニックス・ドレイク ピンクムーン」というデビュー作品の時にすでにコントロール・ルームにいた)がプロデュースした。イタリアのレーベルのパンデローサは、このアルバムについて、「イタリア人ファッション写真家とイギリス人バレエダンサーの間に生まれたもう一人のドレッリ(わが国のクルーナー、忘れられないジョニーの人気と肩を並べることを望んでいる)は、非常に高いオリジナリティを持つピアノソロアルバムを作るという難題に成功したことになる。作曲とメロディーの織り成しの両方において、オリジナリティがある」と説明している。


実際の音楽はどうだろうか。デミアン・ドレッリのピアノ音楽は、現在のポスト・クラシカルシーンの音楽とも共通点があるが、ピアノの演奏や作品から醸し出される気品については、ドイツの演奏家である今は亡きHans Gunter Otteの作品を彷彿とさせる。デミアン・ドレッリの紡ぎ出す旋律は軽やかであるとともに、奇妙な清々しさがある。まるでそれは、未知の扉を開いて、開放的な世界へとリスナーを導くかのようだ。ミニマリストとしての表情とその範疇に収まらないのびのびとした創造性は、軽やかなタッチのピアノの演奏と、みずみずしい旋律の凛とした連なり、そしてそれを支える低音部の迫力を通じて、聞き手にわかりやすい形で伝わってくるのである。

 

オープナーを飾る「Clouds in Bloom」は安らいだ感じのピアノ曲で、このアルバムを象徴するものである。

 

ジョン・アダムスやフィリップ・グラスのミニマリズムを下地にし、それをハンス・オットのような自然味のある爽やかな小品として仕立てている。楽曲は反復性を一つの特徴としているが、豊かな感性による演奏と曲の展開力があり、また音の配置はそこまで神経質ではない。どことなく、その演奏は緩やかであり、癒やしの感覚に富んでいる。そして、ノートの連なりは、演奏者のきめ細やかなタッチにより、みずみずしい音に変わり、聞き手の脳裏に様々な情景--サウンドスケープ--を浮かび上がらせるのだ。

 

アルバムのタイトル曲「My Window」にも象徴されるように、ダミアン・ドレッリの曲と演奏は徹底して気品に溢れ、聞き手の心に緩やかな感覚を授ける。またこの曲では、ドレッリの作風がストーリー性があり、映画的な音響性を持ち合わせることを明示している。しかし、この曲を聴くと分かるように、彼の作風は単なるヒーリングミュージックの範疇には留まらず、イタリアの作曲家、ルチアーノ・ベリオが20世紀に書いたような何か悩ましげな感覚に満ちている。そして、その演奏の真摯さは、実際にこのレコードに対して、聞き手の注意を引きつける何かが込められているのである。

 

他にも、多様な音楽性を楽しめる曲が収録されている。制作者の個人的な追憶と現在との状況を情感豊かに結びつけたと思われる「The Letter」では、休符による間を使い、ドイツ・ロマン派の作曲家が書いたようなピアノの小品を提示している。そして、簡素なエクリチュールにより、それはシューマンの子供向けのピアノ曲のように親しみやすく、穏やかな表情を兼ね備えている。そして音の強弱の表現力とともに、低音部の持続音を駆使し、潤いのある高音部の旋律を取り入れることにより、いわば瞑想的な感覚をもたらすことに成功している。


その他にもやさしげで、慈しみに充ちた楽曲がアルバムの後半部を占めている。「The Balcony」では、実際の生活とその中で得られるささやかな喜びを、親しみやすいピアノ曲に仕上げている。特に素晴らしいのは、過去のクラシックに埋没するわけではなく、現在の作曲家の暮らしとの関連性がこれらの曲に見受けられることだろうか。それは実際、このアルバム全体を古典音楽としてではなく、現代の音楽という形で聞き手に解釈することを促すのである。そして、制作者は、現実的な側面と内的な側面のバランスを取ることにより、夢想的なものと現実的なものが絶えず、曲の中、あるいは、アルバムの中で交互に混在している。これがアルバム全体により緩やかな流れのような効果を与え、聞き手に心地よさと安心感を与えている要因でもある。


その他にも、映画のサウンドトラックのように少しコミカルなイントロからダイナミックなピアノ曲へと移行する「Golden Hour」の展開力も目を瞠るものがあるが、「Inside Out」での癒やされる感覚、クローズを飾る「Sunbeams」も美麗な雰囲気を作り出している。特に、現代のピアニストを概観した時、デミアン・ドレッリの演奏は音の粒が精細であり、一つの打音自体がキラキラと光り輝くような美麗さを持つ。それは喩えれば、日の光に当てられた水の粒のようであり、また、窓の外の新緑の向こう側に微かに見える太陽の光の嵩のようなものでもある。制作者が個人的に美しいと感ずるもの(それは何も目に映る物体に留まらず、内的な感情も含まれている)を一つずつ丹念に捉え、それを精細なピアノ作品に仕上げた手腕は実に見事である。

 

デミアン・ドレッリの二作目は抽象的な概念が込められた思索的な意味を持つアルバムである。一方、現代のクラシカルやジャズとしても親しめるような作品となっている。基本はピアノ演奏だけで構成されているが、同時にアンビエントのような空間的な奥行きと安らぎが内包されていることについても言及しておいたほうが良いだろう。


85/100

 


Featured Track「My Window」