Weekly Music Feature
Madison McFerrin
ソウルミュージックの潮流を変える画期的なデビューアルバム
2016年12月、ブルックリンを拠点とするシンガーソングライターは、ソロデビューEPの「Founding Foundations(ファウンディング・ファウンデーションズ):Vol.1」で、魂のこもったアカペラを世界にむけて発信した。
すると、批評家やファンがすぐに彼女に注目するようになった。ニューヨーク・タイムズ紙は先陣を切るようにして、チケットの売り切れ続出となった、Joe’s Pub(ジョーズ・パブ:ニューヨークの高級パブ)での彼女の公演に着目し、彼女のサウンドについて、「驚くべき歌唱力の器用性、緩急のあるはっきりと発音されたスタッカートから、ひらひらとはためくフリーフォームなメリズマへと変幻自在である」と評したのだった。
流行仕掛け人であるDJのGilles Peterson(ジャイルス・ピーターソン)は、彼女の曲を聴くや否や、彼のアルバムBrownswood Bubblers(ブラウンズウッド・バブラーズ)の編集曲に加えるために彼女の傑出したトラック「No Time to Lose,(ノー・タイム・トゥ・ルーズ)」をすぐに選曲した。
彼女はこの流れに続き、2018年2月、「Finding Foundations(ファウンディング・ファウンデーションズ):Vol.2」のリリースを発表すると、ファンから大好評を得ると同時に、多くの批評家から賞賛を得た。Pitchfork(ピッチフォーク)の人気急上昇中アーティストのプロフィールでは、「生命力溢れる声とその歌唱力の器用性には注目せずにはいられない」と評された。
マディソン・マクファーリンは、デビューアルバム「I Hope You Can Forgive Me」を発表した際、新曲「(Please Don't) Leave Me Now」とミュージックビデオを公開した。"(Please Don't) Leave Me Now "は、2021年に彼女がパートナーと共に経験したトラウマ的な出来事を掘り下げた、鮮やかで別世界のようなミュージックビデオとともに到着した。
アンドリュー・ラピンがプロデュースしたこの曲は、激しい交通事故に耐えて、自分の人生を奪うか、永遠に変えてしまうかもしれないような瀬戸際を生き延びたことを振り返った後に書かれた。ジャジーなパーカッション、ファンクとネオ・ソウルのヒント、そして力強いメッセージが込められた「(Please Don't) Leave Me Now」は、さらなる時間を求め、恐怖と複雑さに縛られた感謝の気持ちを表現している。
マディソンは、「(Please Don't) Leave Me Now」とそれに付随するミュージックビデオについて次のように考えている。
臨死体験から身体的危害を受けずに立ち去ることができたことは、私がこの人生で受けた最大の恩恵のひとつです。アーティストとしての目的も再確認できた。Please Don't Leave Me Now』を書くことは、信じられないほどの治療とカタルシスの体験になった。楽しい環境を作りながら、そのような恐怖を表現できることが、この曲を作る上での鍵だった。
このビデオ制作の過程で、死はさまざまな形で現れました。撮影までの数週間、制作サイドの複数の家族が突然亡くなり、計画がストップしてしまった。このビデオの運命は流動的でした。しかし、チームの粘り強い努力のおかげで、遅ればせながら体制を立て直し、前に進むことができました。
ビデオでは、「死ぬ覚悟がない」という感覚を表現したかった。墓の上と中の両方にいる自分に語りかけ、自分が何者であったか、そして何者であるべきかを悲しむのです。1日に何時間も墓の中にいることが私に影響を与えるとは思っていませんでしたが、臨死体験を処理する旅に貢献したことは間違いありません。この曲とビデオは、ミュージシャンとしてだけでなく、人間としての私自身の成長の現れなのです。
マディソンのデビュー作「I Hope You Can Forgive Me」は、変化し続ける世界的な流行病の中で、即興演奏やセルフプロデュースの方法を見つけ、彼女のキャリアの進化を表している。初期のファンを魅了したアカペラ・プロジェクト(Finding Foundations Vol.IとII)に続き、兄のテイラー・マクフェリンとコラボレーションしたEP『You + I』では、初めて楽器を使ったプロジェクトとなった。
『I Hope You Can Forgive Me』は、愛、自己保存、恐怖、呪術といったテーマを探求しながら、サウンド的に次のステップを構築している。大半の曲はマディソンがプロデュースしており、パンデミック時に磨きをかけた新しいスキルである。プロデューサー、アレンジャーとしてだけでなく、ベース、シンセを演奏し、いくつかの曲でバックグラウンドボーカルを担当するなど、楽器奏者としても活躍している。アルバムには、彼女の父親のボビー・マクフェリンが参加しています。
昨年末、マディソンはグルーヴィーでソウルフルなシングル「Stay Away (From Me)」を鮮やかなビジュアルとともに発表し、催眠的でダンサブルなインストゥルメンタルと現代の不確実性や不安との闘いに取り組む歌詞を芸術的に並列させた。シンガーソングライター・プロデューサーは、「(Please Don't) Leave Me Now」でも、幽玄なボーカルと美しいメロディ、エレクトロニック、ポップ、ジャズ、ソウルを融合させ、確かなテクニックと表現力の深さを表現し続けている。
3枚のEPと複数のコラボレーションに及ぶインディーズキャリアを通して、マディソンはニューヨークタイムズ、NPR、The FADER、Pitchforkから賞賛を受け、2018年の”Rising Artist”に選出された。
彼女の芸術性は、クエストラブが彼女の初期のサウンドを "Soul-Apella "と呼ぶに至った。有名なCOLORS Studioのプラットフォームでの心揺さぶるパフォーマンスに加え、マディソンはリンカーン・センター、セントラルパークのSummerStage、BRIC Celebrate Brooklynでパフォーマンスを行い、デ・ラ・ソウル、ギャラント、ザ・ルーツといったアーティストとステージを共有している。
2021年にはBRICジャズフェスティバルのプログラムを共同企画し、2022年にはブルックリンブリッジパーク・コンサーバンシーとイニシアチブを組み、パンデミックのトラウマを癒すために必要なスペースを提供した。
また、昨年秋のEUツアーでは、ロンドンとパリでのソールドアウト公演で多くの観客を魅了し、ステファン・コルベアの#LATESHOWMEMUSICシリーズでライブ演奏した「Stay Away (From Me) 」をリリースし、コロナキャピタルフェスティバルにデビューした。さらに、2023年の新曲リリースに先駆けて、ニューヨークとLAでソールドアウトしたライブで観客を圧倒した。
『I Hope You Can Forgive Me』
最近のヒップホップについても同様ではあるが、ソウルミュージックもまた一つの時代の中にある重要な分岐点を迎えつつある。イギリスのロンドンもネオ・ソウルを始め、多様なジャンルのクロスオーバーやハイブリッドが常識となりつつある現代のブラックカルチャーにおいて、ブルックリンのマディソン・マクファーリンほど現代のミュージック・シーンを象徴づけるアーティストは他に見当たらない。マクファーリンは、既に現地のパーティーでは著名なアーティストになりつつあり、ニューヨークの耳の肥えた音楽ファンを惹きつけてやまない。近頃開催されたライブでは、ステージの目の前までファンが詰めかけるようになっているという。現地の音楽メディアにとどまらず、一般的な音楽ファンの心を捉えつつあるようだ。
そもそも、 R&B自体のルーツがそうであるように、マディソン・マクファーリンはみずからをブラックカルチャーの継承者として位置づけているようである。そして”Soul-Apella”という一般的にあまり聞き慣れない新しいジャンルの呼称は、歌手のスタンスの一片を物語るに過ぎない。New York TImes、Pitchforkを筆頭に、現地の耳の肥えた音楽メディアを納得させた二作のEPに続いて発表されたデビュー・アルバムは、このシンガーソングライターの知名度を世界的なものとする可能性を秘めている。その実際のメロウな音楽性や鋭いグルーブ感は予想以上に多くのファンを魅了するであろうし、もちろん、旧来のBlue Noteの音楽ファンのようなソウル・ジャズの音楽ファンをも熱狂の中に取り込む可能性を多分に秘めているということなのだ。
上述したように、マディソン・マクファーリンは、ソウルミュージックの新進シンガーを目ざとく発見するジャイルズ・ピーターソンが太鼓判を押すという点では、ロンドンのR&Bシンガー、Yazmin Laceyを思い起こさせる。そして、歌に留まらず、ベースやシンセを始めとする楽器演奏者であることも、(プリンス・ロジャーズ・ネルソンのように)彼女のスター性を物語るものとなるかもしれない。そして、彼女の歌声はモダンな雰囲気も漂うが、他方、クラシカルなソウルのスタイルをはっきりと踏襲している。ヘレン・メリルのメロウさ、フィッツジェラルドの渋み、ジョニ・ミッチェルの深み、そして、現代のクラブ・ミュージックに根ざした心地よいグルーブ感、アカペラの音楽を始めとするブラック・ミュージックの系譜が複雑に絡み合うことにより、聞き手の琴線に触れ、その感性の奥深くに訴えかけるものとなっているのだ。
そもそも、マディソン・マクファーリンの曲作りは歌詞から始まるわけではなく、まず最初にグルーブ、そして、ビート、コードがあり、その次にメロディーがあり、最後に歌詞がある。しかし、デビュー作『I Hope You Can Forgive Me』を聴いてわかることは、ソウル・ミュージックを構成する複数の要素はどれひとつとして蔑ろにされることなく、音楽を構成する小さなマテリアルが緻密な合致を果たし、Yaya Beyにも比する隙きのないスタイリッシュなソウルが組み上げられる。その結果として、聞きやすく、乗りやすく、親しみやすい、メロウでムードたっぷりのブラック・ミュージックが生み出されている。この鮮烈なデビューアルバムをお聞きになると分かるように、音、リズム、歌詞の細部のニュアンスに到るまで都会的に研ぎ澄まされ、レコーディングを通じて、いかにもニューヨークらしい洗練された雰囲気が滲み出ている。実際の歌の情感は、聞き手の心の奥深くに強固な印象を与え、アルバムを聞き終えた頃にはマディソン・マクファーリンという名が受け手の脳裏にしかと刻み込まれることになるのだ。
えてして、傑出したアーティストやシンガーは時に不幸な出来事に見舞われる場合がある。デビュー直前に声帯を痛めたシンディー・ローパーは言わずもがな、マディソン・ マクファーリンも交通事故に遭った後に、歌手としての道に返り咲いた。しかし、言っておきたいのは、この出来事は、ゴシップとして取り上げようというわけではない。これは歌手の重要なテーマである内面の葛藤、自己肯定感についての探究と結びついて、アルバムの欠かさざる重要な音楽性ともなっている。つまり、歌手が語るように、「自分の素晴らしさを受け入れ、ただそれに向かって進んでいき、導入された他の構造が自分よりも優れているなどと考えることはやめてほしい。それがあなたがするべきことなのです」というメッセージ代わりともなっているのである。
これらのマクファーリンが実際に体験した出来事やアイデンティティーの探究という二つの重要なテーマやコンセプトはアルバムの音楽の中に目に見えるような形で反映されていることに気がつく。
オープニングを飾る「Deep Sea」は、アルバムのイントロダクションのような役割を持ち、アンビエント風のバックトラックと彼女自身のコーラスワークにより、ダークでミステリアスな感慨が増幅され、聞き手に次に何が来るのかという期待感を持たせる。その次にイントロの導入部を受け、グルーヴィーなソウルミュージックが展開される。2曲目の「Fleeting Melodies」は、ニューヨークのインディーフォークの影響化にあり、マクファーリンは現代的なソウルを要素を絡め、新旧のポピュラー・ミュージックの魅力を引き出すことに成功している。ムーディーでメロウなボーカルと心地よいバックトラックの合致は快い気持ちを授けてくれるはずである
そして、マディソン・マクファーリンは最近の流行りのネオ・ソウルの一派とみずからの音楽が無関係ではないことを、3曲目の「Testify」で示している。ここでは、UKソウルやクラブミュージックの一貫にあるベースラインやダブステップの変則的なリズムの要素を交え、前の2曲と同じように、メロウで伸びやかなボーカルで曲の雰囲気を盛り上げている。多幸感がないというわけではないが、この曲は、部分的にストリングスがアレンジで導入されるのを見ても分かるように、踊るための音楽にとどまらず、静かに聞き入らせるIDMの要素を兼ね備えている。これが聞き手の心をこのアルバムに内包される世界の中に留めておく要因ともなろう。そして、伸びやかなボーカルとコーラスがコアなグルーブと合致し、色鮮やかな印象をもたらす。 曲の最後に歌われる、ありがとうというシンプルな言葉はアーティストの生きていることへの感謝を表しいている。しかし、その簡素なフレーズは他のどの言葉よりも胸を打つのである。
続く、「Run」は、彼女の父親であるボビー・マクファーリン氏が参加した一曲である。アカペラ風の歌唱で始まるこの曲は、現代のネオソウルのボーカルスタイルと結びつき、そして先鋭的なエレクトロニカのバックトラックと重なりあいながら、イントロからは想像しがたい独創的なトラックへと昇華される。ときおり、ボーカルサンプリングとして導入される彼女の父親、ボビーのボーカルは抑揚のあるマディソンとのボーカルと溶け合い、甘美なアトモスフェールを生み出している。続く「God Herself」は、アカペラを踏襲した気品のあるソウルミュージックとして始まるが、これは神なるものへの接近を示すと共に、マクファーリンが自分に自信を持つことの重要性を示しているのではないだろうか。生者としての喜びと生存することにおける大いなる存在への感謝が、この完結なビネットには収められているというわけなのだ。
その後、「OMW」では、エレクトロニカの要素を交えたモダンソウルが続くが、浮足立った雰囲気を避け、しっとりとしたバラードに近い、落ち着いた曲調へ移行していく。しかしソングライターが志向するリズム/グルーブの要素が、流動的な生命感を与え、序盤と同様に、聴かせると共にリズムに合わせて踊る事もできるハイブリッドな音楽として昇華されている。また、言ってみれば、色彩的なメロディーやコードの進行により、表向きの音楽世界よりも一歩踏み込んだ幽玄な領域へと聞き手を引き込む力を持ち合わせている。これらの中盤の展開を通じて、マディソン・マクファーリンは、彼女自身の歌声によって傑出した才質を示しているのである。
「(Please Don't) Leave Me Now」
先行シングルとして公開された「(Please Don't) Leave Me Now」は、今作の最大のハイライトとなり、また歌手が持つ才覚を最大限に発揮したトラックである。おそらく、彼女の今後のライブで重要なレパートリーとなっても不思議ではない。この曲では、現代的なネオソウルのビート、及び、7.80年代のミラーボール・ディスコの陶酔感を融合させ、裏拍の強いグルーヴィーなポップソングとして仕上げている。サビの最後で繰り返される「Leave Me Now」というフレーズは、バックトラックのグルーブ感を引き立て、このアルバムを通じて繰り広げられる臨死体験のテーマを集約させている。曲の途中に導入されるミステリアスなストリングスから最初のイントロのフレーズへの移行は、捉え方によっては、オープニング曲「Deep Sea」と同じく、アーティストが体験した生存が危ぶまれた出来事を別のスタイルで表現したとも解釈できる。
その後の「Stay Away」は、アルバムの中で、最もグルーヴィーな一曲として楽しむことができる。ブラジル音楽の軽妙なリズムを取り入れて、フュージョン・ジャズ、アフロ・ビートとして昇華し、新鮮なソウルミュージックを提示している。マディソン・マクファーリンはなるべく重いテーマを避け、軽妙なビートとグルーブ感を押し出し、ライブへの期待感を盛り上げまくっている。更に続く、「Utah」では、現在のミュージック・シーンのトレンドを踏まえ、オーバーグラウンドのソウルアーティストへの深い共感や親和性を示し、それに加え、アフロビート風の民族音楽のリズムを取り入れることで清新な作風を提示していることに注目しておきたい。
最後に収録されている「Goodnight」は、デビュー作としてきわめて鮮烈な印象を残す。一曲目「Deep Sea」のスピリチュアルな雰囲気と連続しているこのクローズ曲は、リスナーを神秘的な瞬間へと導く。
マディソン・マクファーリンは、Blue Noteの系譜にあるジャズ・ソウルと旧来のブラック・ミュージックのバラードが刺激的に合致したこの曲で、ハスキーなビブラートとミステリアスな雰囲気を合致させ、「ニューヨークのため息」とも称される同地のジャズ・シンガー、Helen Merrill(ヘレン・メリル)の「Don’t Explain」に比する傑出した才覚を発揮したとも言えるのではないか。いずれにせよ、彼女の歌声は近年のソウルアーティストの中でも異質で、聞き手を陶然とした境地に導く力を持ち合わせている。マディソン・マクファーリンは2020年代のソウル・ミュージックシーンの中で最重要視すべきシンガーであることは確かなのである。
95/100
Weekend Featured Track「Goodnight」
『I Hope You Can Forgive Me』はMadmacferrin Musicより発売中です。