The Lemon Twigs 『Everything Harmony』
Label: Captured Tracks
Release: 2023/5/5
Review
ニューヨーク州ロングアイランド出身のマイケル・ダダリオ兄弟は、2020年代のバンドであるにも関わらず、70年代のポップス/ロックに強い触発を受けている。それは彼らがその当時のスタジオの録音、つまり、デジタルに均一化されていないアナログの録音技術を称賛しているからで、3年ぶりの新作アルバム『Everything Harmony』の作風にも貫かれているコンセプトの一つ。
Captured Tracksの説明によると、サイモン・アンド・ガーファンクル、アーサー・ラッセル、ムーンドックと個性的なミュージシャンに触発されたとのこと。 確かにオープニング曲「When Winter Come Around」には、サウンド・オブ・サイレンスの後に解散してしまった伝説的なポップデュオがその後も活動を続けていたら、こういった曲を書いたのではないかと想像させる。70年代のフォーク・ミュージックを愛する音楽ファンの顔を綻ばせるような一曲である。「When Winter Come Around」は、ダダリオ兄弟がソングライティングの際に良いメロディーとコードを重視していること、そして、彼らがトッド・ラングレンのような現地のレジェンドミュージシャンと関わりがあること、さらに、若い時代にブロードウェイのカルチャーの中で音楽観を形成していったこと。これらの3つの要素が絡み合って出来た美しい結晶でもある。ノスタルジックなフォークソングではあるが、ブロードウェイの雰囲気も感じられる面白いオープニングだ。
そして、ダダリオ兄弟の音楽性の根底には、サイモン&ガーファンクルを彷彿とさせる良質なフォークソングの影響の他に、 パワーポップやマージービート、チェンバーポップの影響があることも指摘しておかねばならないだろう。緩やかな雰囲気で始まったアルバムの二曲目「In My Head」では、The Beatlesの時代と前後して登場したRaspberries、Bad Finger、The Rubinoosといったパワー・ポップバンドの切ない音楽性を踏襲したトラックである。ダダリオ兄弟のコーラスのハーモニーは絶妙な合致を果たし、Beach Boysに匹敵する青春の雰囲気と甘い情緒性を堪能することが出来る。そしてギターのアルペジオはこの曲の持つ爽やかさを最大限に引き出している。
続く三曲目「Corner Of My Eyeys」は、チェレスタの音色が切ない雰囲気を醸し出すバラードソングである。この曲でのダダリオ兄弟のソングライティングはガーファンクルやビートルズの初期の楽曲に根ざしたものと思われるが、彼らのコーラスのハーモニーはやはり独特である。フォーク・ミュージックの要素とブロードウェイの音楽の影響を絡めた音楽は、古めかしくもある一方、新しさも感じさせる。まさにダダリオ兄弟の個性が最も良く反映された一曲と言える。
パワーポップソングとして秀逸なトラックが「What You Were Doing」で、この曲のなかでダダリオ兄弟は比較的パンキッシュなロックを展開させている。The Whoのハードロックバンドとしての表情とは別のモッズロックバンド/パワー・ポップバンドとしての本領を発揮した「The Legal Matter」や「Kids Are Alright」を想起させるパンチの聴いたロックンロールを書いている。そして、70年代のロンドンにパンクが登場する以前のおしゃれなロックの魅力を再現させている。
他にも、アメリカの最初のインディーロックスター、アレックス・チルトンを擁するBig Starの影響を感じさせる「Everything Days In The Worst Days Of My Life」も聞き逃すことが出来ない。セルフタイトルのデビュー・アルバムでアレックス・チルトンは、「Thirteen」という素晴らしいフォークバラードの金字塔を打ち立てたが、ダダリオ兄弟は、チルトンへ最大限のリスペクトを示し、そしてまた彼らはBig Starの音楽性に加えサイモン&ガーファンクルのような美麗なコーラスを交える。曲の最後には、フレーズのリフレインが独特な高揚感を生み出している。
他にも、アルバムの中で、フォークバラードの佳曲として目を惹くのが「Still It's Not Enough」で、前半部の曲に比べると、瞑想的な雰囲気が味わえる一曲となっている。繊細で艷やかなアコースティックギターのアルペジオと、ダダリオ兄弟の甘いコーラスワークは、バックトラックに響くシンセのストリングスと融合し、叙情的で切ない雰囲気に彩られ、その最後には、熱くドラマティックな展開へと繋がっていく。レモン・ツイッグスのキャリアの中でダダリオ兄弟の作曲の才能が見事に開花した一曲で、リードシンガーが二人いるような形で、別のフレーズを同時に紡ぐことにより、シド・バレットのような陶酔的な空気感を呼び覚ましている。
アルバムの後半部にも楽しめる曲が満載である。とりわけ「Ghost Run Free」は、往年のパワー・ポップファンを悶絶させること必須だ。青春の雰囲気、叙情性、さらにパンチの聴いたビートを絡み合わせることにより、ザ・レモン・ツイッグスのダダリオ兄弟はロックンロールの真骨頂を体現させている。この曲でも、RaspberriesやThe Rubinoosを思い起こさせる清涼感と甘いメロディーの融合を体感することが出来るはずだ。また、兄弟のボーカルの掛け合いはグラム・ロックに近く、チープ・トリックのデビュー作『In Color』の収録曲「Come On,Come On」にも近い熱狂性を帯びている。
ロックンロール、フォークバラード、チェンバーポップ等、70年代にタイムスリップしたかのようなノスタルジア満載の収録曲の中で強い異彩を放つのがタイトル曲「Everything Harmony」だ。伝説の作曲家Moondog(ルイス・トーマス・ハーディン)の前衛的なリズムを受け継いだアートポップソングによって、レモン・ツイッグスは、爽やかな風を今作に呼び込んでみせている。
82/100
Featured Track「Ghost Run F」