Bully 『Lucky For You』/ Review

Bully 『Lucy For You』

 

Label: Sub Pop

Release: 2023/6/2

 




Review


女性にとってロックとは何を意味するのだろう。古くは、婦人参政権運動後に選挙権が獲得されたように権利の獲得の長い道のりでもあった。ミュージックシーンに焦点を絞って考えて見るならば、かつては紅一点という形で男性のミュージシャンの間に、いわば華を添える形で存在していたが、それは今や昔の話である。今や女性のロックミュージシャンは、飾りでもなければ、家父長制度の付属的な存在でもない。ステージの矢面に立ち、ロックを叫び、楽しさを多くのオーディエンスと共有する頼もしい存在となった。それはどれほど多くの人を勇気づけることだろう。

 

サブ・ポップからリリースされたバリー(ボグニャンノ)の新作アルバムはそのことを雄弁に物語っている。「最も骨太のアルバム」と紹介される音源はその名に違わず、パンキッシュな痛快なロックンロールが全面的に展開される、ライブサウンドを志向した痛快な作品だ。バリーのロックは新しいものに根ざしているとは言えない。例えば、その音楽は80年代後半のLAの産業ロックの全盛期に南部を走るトラックのラジオから聞こえたようなロックミュージックなのかもしれないし、同年代のMTVの時代のポップ・ミュージックなのかもしれない。とにかく、この最新作では、ボグニャンノが考える最も理想的なロックな瞬間をレコードという形で留めているのである。

 

オープニング曲「All I Do」では、ロックスピリット全開のナンバーが展開される。そこにはSub Popの最初期のハードロックに根ざしたスタンダードなアメリカンロックや、ブリーダーズのようなオルタナティヴ寄りのロックまで、アーティストは様々な形を取り入れようとしている。ハスキーでパンキッシュなボグニャンノのボーカルは心地よく、シンガロングを誘い、楽しい気分を授けてくれる。音楽性はアーティストの出身地、テネシーとも無縁ではなく、妙にワイルドな雰囲気に充ちている。これがパンキッシュなロックソングという形で展開されるのだ。

 

アルバムはアリーナ級のスタジアムに相応しいロックバンガーもいくつか収録されている。「Change Your Mind」はソングライターとしての大きな成長を感じさせる一曲で、ストレートな感情を込めて、フックの聴いたロックアンセムとして仕上げている。このナンバーには直情的な表現性も含まれているが、同時にスカッとした爽快な気分を聞き手にもたらすのではないか。それはおそらくアーティストが前向きなロックソングを書くことをためらわないからでもある。またそれは現状がすべて万全ではないからこそ、勇ましく前に進む必要があるのであろう。

 

序盤はスタンダードな感じのお約束のアメリカン・ロックが続くが、「A Love Profound」ではシューゲイズ/ドリーム・ポップに近い音楽性に挑戦している。どちからといえば、それは古びたスタイルのようにも思えるが、しかしボグニャンノのボーカルはリスナーを惹きつける何かを持ち合わせていることも確かなのだ。この曲にはアーティストの純粋な内的な叫びが込められており、それは確かに正直な気持ちで歌われているので、その歌声には聞き手の心をしっかりと捉える。エフェクターの Big Muffを思わせる骨太で強烈なファズサウンドは、時に叙情的な雰囲気で歌われるボーカルと鋭いコントラストを作り、その歌や音楽の持つ世界へと導き入れる。これは以前は少しだけ弱い印象もあったシンガーの成長を証だてるものとなっているのかもしれない。実際、そのパワフルな印象は、楽曲そのものに力強さと迫力をもたらしている。


また同じく米国のオルトロックシーンで存在感を持つソフィー・アリソンが参加した「Lose You」も聴き逃がせない。シンセを織り交ぜたトラックに加わる二人のボーカルは、低音がパワフルな印象を持つボグニャンノと、高音部が美麗な印象を放つサッカー・マミーの絶妙なコントラストを作り、美麗なコーラスワークを形成している。スタンダードなロックナンバーではあるものの、一方で、ボーカルのフレーズにはJ-POPの音楽にも近い親しみやすさがある。メロディーラインの運びには確かに2000年前後に流行っていた音楽に近しいものが存在している。

 

アルバムの後半部では、シンガーの無類のロックフリークとしての表情も伺える。「Ms .America」では、Husker Duの「It's Not Funny Any More」を彷彿とさせるオーバードライブを掛けたベースラインがパワフルな印象を持って聞き手の耳に迫ってくる。曲自体はそれ以降に、性急なパンクとして展開するのではなく、どっしり、ゆったりとしたオルト・ロックへと移行していくが、ギターラインに加わるシンセのフレーズには一瞬の閃きのようなものが感じられる。後半部でようやくバリーのボーカルがギターラインと絡みつくようにして加わるが、少しロマンチックな雰囲気が醸し出されているように感じられる。これはアーティストにとってのアメリカの憧れの理想的な女性に対する憧憬なのか、それとも、自らがその理想像となるという強い意志や決意が示されているのか、そこまでは分からないことではあるが、何かこの段階に来て、このシンガーに対する期待はいや増す一方で、そこには頼もしさすら感じられる。

 

アルバムの最後を飾る「All This Noise」は、文字通りノイズを突き出した痛快なロックナンバーである。ラストでボグニャンノはパワーを持て余したかのように全力で最後の曲にパワーを注入している。アルバムの音楽自体は、ノイズにまみれ、ギザギザしてはいるけれど、そこには微笑ましさすら感じられる。結局、一生懸命な制作者に叶うものはなく、体裁とか見栄とかにこだわらず、純粋にロックを奏でる勇敢な姿に多くの人は大きな共感を覚えるのだ。バリーのロックミュージックは、少し人生に落胆している人々、うちしおれている人々に前向きなパワーを授けてくれる。そう、今やBullyは期待すべきロックシンガーのひとりとなったのである。

 

80/100



Featured Track 「Change Your Mind」