King Gizzard & The Lizard Wizard 『PetroDragonic Apocalypse〜』
Label : KGLW
Release: 2023/6/16
Review
オーストラリアのキング・ギザードはこれまで、得体の知れないロックバンドというふうにみなされて来た。ライブの熱狂性には定評があるものの、彼らの生み出すハイエナジーかつハイボルテージなサウンドは、ヘヴィ・ロックから少しおしゃれなサイケ・ロック、ローファイと様々な音楽性が綯い交ぜとなっている。昨年、一ヶ月で三作のフルアルバムを発表し、86曲収録のライブアルバムを発売するという、ギネス級の離れ業を難なくやってのけたキング・ギザードは、今年に入っても好調を維持している。作れば作るほど、新しいイメージが湧き上がってきてしまうのが、このオーストラリアのロックバンドの凄さなのである。
昨年の『Omnium Gatherum』の収録曲「Gaia」に、その予兆は見えていたが、彼らはアルバムの発表とともに、神話や伝承の要素を取り入れた『PetroDragonic Apocalypse〜』が明確なヘヴィメタル・アルバムであることを公言して憚らなかった。アルバムは、音楽からファンタジックな物語が生み出されたわけではなく、ストーリーを下地に曲を書き上げ、一つのマテリアルに何らかの符牒をつけ、それらを連続したコンセプト・アルバムのように組み上げていったという。キング・ギザードは、このアルバムを「逆向きに作られた」作品であると説明しているが、こういった名人芸を難なく披露出来るのは、彼らの潜在的な演奏力の凄さと構想力の高さがこのバンドの屋台骨ともなっているからである。しかし、ファンタジックなコンセプト・アルバムとして制作されたとはいえ、「現実の中からテーマを作り出し、それを地獄へと放り込む」とプレスリリースで述べていることからもわかるとおり、このアルバムは完全な空想から生み出されたわけではなく、現実と空想が混在したメタル・アルバムと捉えることが出来る。
これまでキング・ギザードの作品には現代的なヘヴィロックバンドとしての気負いのようなものが前作のフルレングスまで存在していたが、この最新作については、ほとんどそれまでのプライドをかなぐり捨てたような赤裸々なメタルサウンドが冒頭の「Motor Spirit」から全開となっているのに驚く。
これまで、アルバムごとにボーカルのキャラクターがまるで別人のように移り変わってきたが、今作では、よりその変身ぶりの多彩さを伺い知ることが出来る。モーター・ヘッドのレミー・キルミスター、ジューダス・プリーストのロブ・ハルフォードなど、稀代のヘヴィロックバンド/メタルバンドのボーカルの影響を交えた拳の効いたワイルドなサウンドで初っ端からエンジンを全開にして疾走していく。しかし、彼らの志向するのは、時代の中に埋もれてきたB級メタルバンドのサウンドだ。アクセプト、アンスラックス、ランニング・ワイルドといったコアなメタルフリークとしての彼らの姿が、このオープニング・トラックを通じて捉えることが出来、それらの断片を元にニューメタルとしてどう組み上げていくのかがこのアルバムの主題ともいえる。80年代のメタルバンドを愛するリスナーにとっては、これらのレトロなメタルを爽快に演奏する姿にユニークさすら感じるはずである。しかし、このユニークなアプローチこそ、このバンドの真骨頂でもあるのだ。
二曲目以降は、NWOHMの要素が強くなっていき、「Supercell」では『British Steel』や『Screaming For Vengeance』の時代のジューダス・プリーストの影響を交えた渋すぎるメタルサウンドで、そのエンジンのギアをアップしていく。彼らはロブ・ハルフォードに次ぐメタル・ゴッドの二代目の称号を得ようとしているのか、そこまではわからないことだが、キング・ギザードの演奏は、真正直か愚直ともいうべきブリッティシュ・メタルのオマージュやイミテーションを通じて展開されていく。80年代のメタル・フリークにとってはコメディーのような雰囲気があるため、ニヤリとさせるものがある。しかし、それらの硬派で気難しげなメタル・サウンドへのオマージュやイミテーションの中にも、じっくりと聞かせる何かが込められていることも理解できるはずである。なぜ、これらのB級メタルサウンドの中に聞かせるものが存在するのだろうか。それはキング・ギザードのバンドの演奏力が世界的に見ても際立って高いこと、ライブ・セッションの面白みをそつなくレコーディングの中に取り入れているからなのだろう。
その後、「Converge」はハードコアパンクのイントロからNWOHMの直系のサウンドに飛躍していく。ボーカルとギターのリフに関しては、ジューダス・プリーストを忠実になぞられている。そして、ロブ・ハルフォードに倣う形で、キング・ギザードはメタルとはかくなるものといわんばかりに、それらのブリティッシュメタルの最盛期のサウンドの核のみを叩きつけていこうとする。
その後も、彼らは「現代的なメタル」など眼中にはないとばかりに、古典的なメタルの全盛期を駆け巡っていく。ブラジルのSepulturaの『Roots』に触発されたと思われるニューメタルの名曲「Gaia」で繰り広げられていた、オーストラリアの文化性のルーツに迫るアプローチは、この曲でも健在だ。
それらがドゥーム・メタルの黎明期のサウンドとシンプルに絡み合いながら、奇妙ないわく言い難い硬派なメタルサウンドが確立されている。これらの拳の効いたメタル・サウンドが果たして、In Flamesのような音楽性を下地にしているのか、それとも、Acceptのようなダサさのある音楽性を基調にしているのかまではよくわからない。しかし、ここで奇妙な形で繰り広げられる、愚直なシンガロングのフレーズは、やはり、80年代の奇妙な熱狂性に近い雰囲気が漂っている。「Witchcraft」では、 そういった古き良きメタルのロマンへと、キング・ギザードは迫ろうとしているのかもしれない。これらのサウンドに対して、拳を突き上げるのか、一緒にシンガロングするのか、それとも冷静に距離を置くのか、それは聞き手の自由に委ねられている。
さらにキング・ギザードの面々は、80年代のメタル・サウンドの最深部へと下りていく。アルバムの先行シングルとして公開された「Gila Monster」は、メタリカの『Ride The Lightning』に近い音楽性を選択し、北欧メタルへの親和性を示している。メタリカのこの曲に見られたアラビア風の旋律の影響を交えたギター・ソロは必聴で、ツインリードの流麗さと、ベタなフレーズを復刻しようとしている。この曲は、現代の簡略化されたメタルサウンドへの強いアンチテーゼともなっている。彼らは、あえて無駄と思われることを合理主義的な世界の中で勇敢に行おうというのだろうか。その中には消費主義に対するバンドの反駁的な思いも読み取ることが出来る。
それ以降の「Dragon」では、Halloweenというよりも、Rhapsody、Impellitteriを彷彿とさせる、ベタなファンタジー・メタルへと続いていく。タイトルの『PetroDragonic Apocalypse〜』のテーマがこの曲に力強く反映されており、なおかつ彼らのメタル・フリークの度合いを計り知ることも出来る。これらのサウンドを聴いて、若い時代にメタルにハマったときの熱狂性を思い出させれば、キング・ギザードとしてはしめたものなのだ。彼らは見栄や体裁を張らず、純粋なファンタジックなメタルを再興しているが、これはなかなか出来ることではない。
アルバムの最後に収録されている「Flamethrower」では、民族音楽的なパーカッションのイントロに続いて、やはりアルバムの核心にある、疾走感溢れるスラッシュ・メタルが展開される。どれくらいザクザクとしたリフが刻まれているのかは実際の音源で確認してみてほしい。またこの曲には、彼らのバンドを始めたばかりの頃の青春時代のような美しさが刻印されている。Slayerのようなクールさはないが、このアルバムには妙な親しみをおぼえさせるものがある。それはリアルタイムではなかったけれど、メタルを聴き始めた若い時代を思わせるものがあるからなのかもしれない。
『PetroDragonic Apocalypse〜』はキング・ギザードのメンバーが主人公となって、ファンタジックな世界を経巡るような面白い作品で、シリアスになりがちな人々ユニークな視点を持つことの大切さを教えてくれる。メタル・フリークにとっては、奇妙なノスタルジアを覚えさせるし、また、メタルミュージックを知らない人にとっても、記憶に残る作品となるのではないだろうか。
77/100
「Gila Monster」