Noel Gallagher's High Flying Birds 『Council Skies』/ Review

 Noel Gallagher's High Flying Birds 『Council Skies』

 

 

Label: Sour Music

Release:2023/6/2



Review

 

今に始まったことではないが、例によって兄弟間の間接的な激しい舌戦が収まらぬうち、そしてオアシスの再結成の話が空転する中、今年の年末に来日公演を控えているノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズのアルバムがついに発売となった。いや、このアーティストに対してきわめて複雑な感情を抱くファンにとっては「発売されてしまった」というべきなのか。

 

アルバムのオープニングを飾る「I'm Not Giving Up Tonight」を通じてわかることがある。今作において、ノエル・ギャラガーはスタンダードなフォーク・ミュージックとカントリーの要素を交えつつも、ポピュラー・ミュージックの形にこだわっている。微細なギターのピッキングの手法やニュアンスの変化に到るまで、お手本のような演奏が展開されている。言い換えれば、音楽に対する深い理解を交えた作曲はもちろん、アコースティック/エレクトリックギターのこと細かな技法に至るまで徹底して研ぎ澄まされていることもわかる。どれほどの凄まじい練習量や試行錯誤がこのプロダクションの背後にあったのか、それは想像を絶するほどである。このアルバムは原型となるアイディアをその原型がなくなるまで徹底してストイックに磨き上げていった成果でもある。そのストイックぶりはプロのミュージシャンの最高峰に位置している。

 

#2「Pretty Boy」もこのアーティストらしい哀愁と悲哀を交えたお馴染みのトラックであるが、旧来のオアシス時代のファンに媚びようとしているわけでもなく、もちろん楽曲自体も時代に遅れをとってはいるわけでもない。最新鋭のエレクトロやダンスミュージックの影響を交えながら、やはりノエル・ギャラガーは自分なりのアーティストとしての美学を貫き通すのだ。そして必ずといっていいほど、メロに対比する楽曲のピークとなるサビを設けている。これはアーティスト自身が言うように、かつてジョン・ピールがホスト役を務めたBBCのTop Of The Popsの時代の「夢のある音楽」を再び現代の世界のミュージックシーンに復刻したいという切なる思いがあるからこそ、こういったスタンダードな作曲スタイルを取り入れているのかもしれない。


#3「Dead To World」はタイトルこそドキッとするが、繊細な情感を少しも失うことなく、良質なフォークミュージックの見本を示している。繊細なストロークから織りなされるアコースティック・ギターの巧みな演奏は、時代を忘れさせるとともに、音楽そのものに没入させる力を持っている。そしてそのギターの上に乗せられるギャラガーの歌声はやさしく、慈しみがあり、さらに情感たっぷり。もちろん、トラックの上に重ねられるオーケストラのストリングスの重厚なハーモニーは、彼のボーカルの抑揚が強まるとともに、そのドラマティック性を連動するように引き出している。高揚したテンションと落ち着いたテンションを絶えず行き来するノエル・ギャラガーの老練とも称するべき巧みなボーカルは、潤沢な音楽経験と深い知識に裏打ちされたもので、そしてそれは一つの方法論であるのとどまらず、ポピュラーミュージックとして多くの音楽ファンの心を魅了する力をそなえている。音楽のパワーをノエル・ギャラガーは誰よりも信じている。実際、それは本当の意味で人の心を変える偉大な力を持っているのだ。

 

 

 オアシスの名前は出さない予定であったが、続くアルバムの最終の先行シングルとして公開された#4「Open The Door,See What You Find」では明らかにオアシスに象徴される90年代のブリット・ポップの音楽の核心に迫ろうとしている。この時代、宣伝文句ばかりが先行し、ブリット・ポップという言葉が独り歩きしていた印象を後追いの世代としては覚えるのだが、しかし、その本質をあらためて考えなおしみると、ポスト・ビートルズということが言えると思う。そしてこの曲を聴いて分かる通り、90年代のリアルタイムに多くのリスナーがインスパイラル・カーペッツ(ノエル・ギャラガーはデビュー前にバンドのローディーをしていたと思う)やハッピー・マンデーズやザ・ストーン・ローゼズの後の時代の奇妙な熱に浮かされていたために、聴きこぼしていたもの、その本質を曲解していたものをあらためてノエル・ギャラガーは2020年代に抽出し、その本質を真摯に捉えようとしている。ノエル・ギャラガーは、オーケストラのベルやストリングスを効果的に用い、ビートルズの時代のチェンバーポップやバロックポップへの傾倒をみせながら、晴れやかなポピュラー・ミュージックをこのトラックで示そうとしている。アルバムタイトルには混乱した次の時代への道標ともなるべき伝言が込められているが、それは聞き手に対し一定の考えを押し付け、その考えに縛りつけつおこうとするのではなく、最後はその目で見届けなさい、というメッセージが込められているのである。

 

その後、このアルバムは比較的、ゆったりとした寛いだ感じのあるフォーク・ミュージックへと舵を取る。それは長い長い航海の中で行き先も知れず、広々とした大海を上をぼんやりと揺蕩うかのようでもある。この曲でも、旧来のOASISの最初期の音楽性を踏まえ、現代の英国のフォーク・ミュージックとの距離感を計りながら、普遍的なポピュラーミュージックの「終着点」を探している。しかし、それは90年代の「Wonderwall」のように孤独や孤立に裏打ちされた感覚ではなく、ワイルドなアメリカン・ロックのような雄大さが重視されている。これはミュージシャンの近年顕著になってきている傾向でもある。90年代を通じて英国を代表するロックミュージシャンでありつづけたノエル・ギャラガーではあるものの、この曲を見るかぎり、世界音楽の最大公約数を探し求めようとしている。そして、歌詞はやはり情感たっぷりに歌われ、ドラマティックなストリングスがその歌詞やボーカルの情感を徐々に引き上げるのである。


さらにノエル・ギャラガーは表向きの音楽の軽薄さにとどまることなく奥深い感情表現の領域へと足を踏み入れていく。つづく「Easy Now」は、このアルバムの収録曲の中で最もビートルズの影響下にあり、イントロダクションでは、マッカートニー/レノンの音楽性の最も見過ごし難い部分である瞑想性を再現させようとしている。苦悩や憂いといった感覚が先立つようにして、うねるような感覚が内面にうずまき、それが外交的とも内省的とつかない、すれすれの部分でせめぎ合いながら、後の展開へと引き継がれる。これまでアーティストが書いてきた曲の中で最も感情的なこのトラックは、近年それほど感情をあらわにしてこなかった印象のあるフライング・バーズのイメージを完全に払拭するものとなっているが、しかしながら、サビに至るや否や、アーティストらしさが出て来て、「Standing On The Shoulders Of Giants」の「Sunday Morning Call」のようなアンセミックなフレーズに繋がっていく。その後には哀愁に充ちたこれまでとは一風変わった展開へと続いている。これはアーティストが自身のソングライティングの癖を捉えつつ、旧来のイメージから脱却しようと試みた瞬間であるとも解釈出来るかもしれない。 

 

更に旧来のイメージを覆すのが続くタイトル曲である「Council Skies』で、ここでは飽くまでポピュラー・ミュージックを主体にしながら、トロピカルな要素やラテン系のリズムを取り入れた画期的な作風へと挑んでいる。やはりボーカルのフレーズには哀愁が立ち込めているが、ブラジルのボサノヴァ風の陽気なリズムと旋律を付け加え、特異なポップスとして仕上げている。旧来のファンとしては最も面白さを感じる一曲で、基本的にはメジャーコードの性質が強いけれど、移調の技法を巧みに取り入れ、短調と長調の間をせわしなく横断している。しかし中盤にかけて、ロックンロールの要素が強まり、ボサノヴァとロックの要素が絡み合うようにして、いくらか混沌とした瞬間を迎える。これを刺激的な瞬間と捉えるかどうかは聞き手次第ではあるけれど、少なくともこのトラックはこれまでノエル・ギャラガーが書いてこなかったタイプの珍しい内容で、アーティストが新たな境地を切り開いた瞬間とも称すことができるのではないだろうか。

 

続く、#8「There She Blows!」は90年代のUKポップのファンをニヤリとさせる曲で、明らかにThe La'sの傑作「There Shes Goes」に因んでいる。(以前、アーティストは、オアシスとして日本で公演を行った時、ちょうど偶然、同時期に来日していたThe La'sの公演を仲良く兄弟で見ていたと記憶している)無類のUKポップスファンとしての矜持と遊び心が感じられるナンバーである。また、旧来のオアシスファン心を安堵させるものがあるとおもう。ノエル・ギャラガーはリー・メイヴァースに対するリスペクトを示した上で、渋さのあるメイヴァーズのリバプール・サウンドをこの時代に復刻させようと試みている。ミュージシャンとしてではなく、音楽ファンとしての親しみやすいノエル・ギャラガーの姿をこのトラックに垣間見ることが出来るはずだ。

 

以上のように、ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライングバーズは、近年の作風の中で最も多彩味あふれるアプローチを展開させていくが、アーティストのロックンロールに対する一方ならぬ愛着もこの曲に感じとられる。「Love Is a Rich Man」ではスタンダードなロックの核心に迫り、Sladeの「Com On The Feel The Noise」(以前、オアシスとしてもカバーしている)グリッターロックの要素を交え、ポピュラー音楽の理想的な形を示そうとしている。ロックはテクニックを必要とせず、純粋に叫びさえすれば良いということは、スレイドの名曲を見ると分かるが、ノエル・ギャラガーはロックの本質をあらためて示そうとしているのかもしれない。


「Think Of A Number」では渋みのある硬派なアーティストとしての矜持を示した上で、アルバムのクライマックスを飾る「We're Gonna Get There In The End」は、ホーンセクションを交えた陽気で晴れやかでダイナミックな曲調で締めくくられる。そこには新しい音楽の形式を示しながら、アーティストが登場したブリット・ポップの時代に対する憧れも感じ取ることも出来る。


90年代の頃からノエル・ギャラガーが伝えようとすることは一貫している。最後のシングルの先行リリースでも語られていたことではあるが、「人生は良いものである」というシンプルなメッセージをフライング・バーズとして伝えようとしている。そして何より、このアルバムが混沌とした世界への光明となることを、アーティストは心から願っているに違いあるまい。

 

 

86/100

 

 

『Council Skies』- Live At BBC  (アルバムの収録バージョンとは別です)