SWANS 『The Beggar』/ Review

Swans 『The Beggar』

Label: Young God/ Mute Aartists

Release: 2023/6/23


Review


マイケル・ジラ擁するNYのアンダーグランドの伝説的なバンド、SWANSは、米国のインダストリアルロックの先駆的な存在で、よく考えると、トレント・レズナ−擁するNINよりも以前の84年に結成された。最初期の代表作『Cops』では、インダストリアルとパンクを融合したスローチューンの嵐で聞き手を圧倒し、その後の時代において、熱烈な信者を増やし続けてきた。このバンドを00年代の頃、初めて聴いた印象としては、”重い、低い、遅い”という感覚に尽きた。当時、レコードショップでは入手困難であったので、もちろん、サブスクリプションもない時代、私はやむなく、あまり褒められない方法で『Cops』を聴いたのだった。それはマイケル・ジラの重力を感じさせる、地の底に引きずり込まれるようなドゥームの雰囲気を擁する重苦しいボーカル、メタリックなノイズギター、そして、やかましいドラムは、”アヴァンギャル”という概念が何かを私に教唆し、そして、その精髄が何たるかを掴ませることになった。スワンズの音楽は反商業主義の極致であり、ニューヨーク・アヴァンギャルドの系譜とはかくなるものなのか・・・という印象を抱かせる。彼らは、ノーウェイヴ、テレヴィジョン、パティ・スミス、ファグス、ルー・リード、そういったアウトサイダーのDNAを受け継ぐバンドであることは疑いを入れる余地はない。しかし、それはニューヨークで起こったことだから説得力がある。


2000年代には「Filth/Body To Body、Job To Job」というインダストリアルロックの佳作を発表した。この00年代には、ドイツのインダストリアルバンドに近い不気味なアヴァンギャルド性を追求していた。そして、それは金属的なパーカッション、メタリックなギター、そしてやはり、マイケル・ジラの重苦しい低いボーカル、スローチューンの楽曲、こういった彼らの代名詞となるパンクロックソングで国内にとどまらず、海外にもそのファンを増やしていったのだ。

 

SWANSの音楽は基本的にパンクに属することに疑いを入れる余地はない。メタルに近いインダストリアル性によってカルト的なバンドとして君臨しつづけてきたことも。しかし、この四年ぶりのニューアルバム『Beggars』 はかなり久しぶりのSWANSの音楽にふれる機会を設けてくれたが、多少なりとも、マイケル・ジラとバンドのイメージが変化することになった。以前ほどにはトゲトゲしさはなくなり、むしろそれとは逆の懐深い大人のロックへと変貌したというのが率直な感想である。そして瞑想的なオルタナティヴロックというのが相応しい見方かもしれない。70年代には「ALT」という言葉もなかったが、ジム・モリソンが志したロックにも近い。

 

オープナー曲は「The Parasite」は、Pink Floydのシド・バレット在籍時のようなサイケ・フォークの系譜を受け継いでいるように思える。何か現実とはことなるアストラルの領域へと踏み込んでいくようなミステリアスなトラックである。しかし、そこにはいかにも、SWANSらしい瞑想的な雰囲気と歌詞の詩情が含まれている。英会話がそれほど得意ではない私にとっては、マイケル・ジラの器楽的なボーカルの歌詞の意味を明確に掴むことは難しいが、一方で、ウィリアム・バロウズが指摘していたように、音楽も詩も、結局、徹底的に磨き上げられ、極限まで研ぎ澄まされた時、言葉の持つ本義から遠ざかり、”有機物的、あるいは、無機物的な何か”とならざるを得ない。それが重力の重みをおびれば、鉱物(Metal)となり、より軽くなれば、存在そのものが希薄になって、雰囲気(Ambient)になる。ボーカルや言葉、歌詞というのは、結局、どちらの方に重点をおいて進んでいくのか、その方法論の相違によるものでしかないのである。

 

しかし、このアルバム『The Beggar』の全体的な印象を見ると、以前のSWANSにはなかった要素が突き出されているが、やはり、このバンドらしさも作品全体に通底している。「Paradise Mine」は、Slintを彷彿とさせるポスト・ロックであるが、それはやはり彼らの代名詞的なスローチューンによって構成されている。以前のインダストリアルの要素を極限まで削ぎ落とし、それをスタンダードなロック、あるいはコアなロックとして昇華している。続く「Los Angels: City Of Death」は、これまでのSWANSの印象を払拭する、いささか軽快なナンバーとも言える。ただ、それはさっぱりとした明るさではない、奇妙なシニカルや暗喩もさりげなく込められているように思える。また、マイケル・ジラのボーカルは、コーラスが加わったとたん、ジム・モリソンのような瞑想性を帯びる場合もある。スタンダードなロックナンバーと思わせておいて、その中にもアヴァンギャルドらしさ、パンク的な何かを忍ばせているのが重要なのだ。

 

その後、アルバムの世界は続く「Michael Is Done」でさらに瞑想的な領域へと進んでいくが、マイケル・ジラが駆使するのは、ラップやヒップホップとは異なるリリックやスポークンワードの新たなスタイルでもある。それがいくらか聞きやすさのあるロックソングという形で展開されていく。続く「Unforming」は神秘的なイントロから、優しげなフォーク・ミュージックへと直結している。それ以前の曲と同様に、ジム・モリソンのような瞑想性を帯びているが、それは温和なフォーク・ミュージックとして昇華され、シンセのシークエンス、ラップスティール、グロッケンシュピールのような音色により、かつてのルー・リードの曲のようにロマンチズムを帯びるようになる。謂わば、ここにニューヨーク・アヴァンギャルドの継承者としてのマイケル・ジラの姿が伺える。これまでになくメロディーそのものの良さを追求したこの曲は続いて、ピアノの音色によって美麗な雰囲気に彩られ始める。そして、その上をほのかに漂うラップスティールはカントリーに近い温和さをもたらし、マイケル・ジラの低いヴォーカルと見事なコントラストを描くようになる。ここには、以前のSWANSの煉獄的な音作りとは異なる、天上的な何かが表現されている。もちろんこの要素はデビュー当時にはありえなかったものである。

 

以後も、マイケル・ジラの低く重いボーカルは続いていく。しかし、前曲と同様に、続くタイトル曲「The Begger」でも、SWANSの音楽性の手法ががらりと変化しているのに気づく。既にかつての重苦しさもなければ、鈍さもなくなっている。この曲は明らかにシド・バレットの「The Mad Laughs-帽子が笑う 不気味に」や、日本の70年代の歌謡曲の流行の合間にアンダーグランドで隆盛をきわめたサイケ・フォークを志向したトラックであると思われるが、SWANSの名刺代わりとなるスローテンポの楽曲は、むしろ聞き手の感覚に癒やしを与え、穏やかな感情を与えもする。これはバンドそのものの方法論を大きく変えたわけでもないのに、バンド制作者の心情が変化したことにより、こういった曲が生み出されるようになったのかもしれない。 

 

その他、アンビエント風の楽曲もアルバム全体の主要なイメージを形成している。「No More Of This」は、近年のブライアン・イーノが模索するアンビエント・ロックとの共通項を見出せる。続く「Ebbing」は、フォークとアンビエントの融合に取り組んでいる。「Why Can't〜」では、アメリカーナをサイケフォークという観点から捉え直しており、「The Beggar Lover」では、女性の声のモノローグを取り入れて、シネマティックなアヴァンギャルド・ミュージックに繋がっていく。このアルバムの中では唯一インダストリアルの要素を加味しているが、これは、SWANSがデビュー当時の前衛性や反商業主義を片時も忘れたことがないことを表している。

 

アルバムの最後では、渋さのあるスタンダードなロックソング「The Memorious」で終了するが、ここにはやはりリチャード・ヘルのようなアウトサイダーとしてのニューヨーク・アヴァンギャルドの系譜にあるコアな音楽性が通底している。40年を経てもなお、SWANSはSWANSであり続ける。彼らがこれまでパンクでなかったことは一度もなく、それは今作も同様なのである。

 

 

82/100

 



Featured Track 「Unforming」