高橋健太郎さんは、2014年のアルバム『Chante De Recrutement』を、Music Magazineの2014年度のベスト・アルバムとして選んでいる。「アントワーヌ・ロワイエを前に、僕は身も心も打ち砕かれている。中略……、アントワンヌの歌は線の細いつぶやきのようなもので、ギターはニック・ドレイクを思わせるのだが、それがなぜかラジャスタン音楽をも見事な融合を見せる。ブリュッセルやパリの街が持つエキゾ性をそのまま体現しているように。12音を自由に行き来する作曲法。ワールド録音的な音像を含め、新しい世代感覚を感じる」と高く評価している。
2021年のフルレングス『Sauce chien et la guitare au poireau』以来の2年ぶりのニューアルバム『Talamanca』の収録曲には、前作と同じく、Mégalodons malades(メガロドンズ・マラデス)というオーケストラが参加している。5作目のアルバムのレコーディングは、スペインのカタルーニャ地方の同名の村の教会と、古い家で行われた。作品に妥協はない。ブリュッセルの小学生と一緒に作った曲も数曲含まれるという意味では、既存のアルバムの中では最もアクセスしやすいことは間違いない。
クラシック・オーケストラの最も奥深い楽器であるコントラ・ファゴットが、レコードの全編に力強く流れている。『Talamanca』は、優しく、軋むとすればほんの一瞬である。ブリュッセルの学校で子供たちとともに作られた歌が録音時に持ち込まれ、("Demi-lune "、"Pierre-Yves bègue")、("Robin l'agriculteur d'Ellezelles", "Un monde de frites")ではピッコロが演奏される。
アルバムは、スペインの村の教会を中心に録音されたが、中世の教会音楽としての形式はそれほど多くは含まれていない。その一方で、音楽の形式的な部分や曲のタイトルのテーマの中に密かに取り入れられている。オープニング曲を飾る、ソ連の映画監督であるアンドレイ・タルコフスキーの映画に因む「Chant de Travail」で、この五作目のアルバムはミステリアスに幕を開け、 メガロドンズ・マラデスのコントラ・ファゴットと女性中心のクワイア/コーラスにより一連の楽曲の序章のような形で始まる。
米国のアヴァンギャルド・フォークに詳しい方ならば、次の3曲目の「Marcelin dentiste」では、初期のGastr del Solの時代のJim O' Rourke(ジム・オルーク)の内省的なエクスペリメンタル・フォークの作風を思い浮かべる場合もあるのかもしれない。しかし、この曲は、アフガニスタンの音楽を基調にしていると説明されていて、インストゥルメンタルが中心のオルークの作品と比べると、メガロドンズ・マラデスの調和的なコーラスのハーモニーは温和な雰囲気を生み出し、更に、その合間に加わるアントワーヌの遊び心のあるボーカルも心楽しげな雰囲気を醸し出している。ギター・アルペジオの鋭い駆け上がりがリズムを生み出し、その演奏に合いの手を入れるような感じで、両者のボーカルが加わるが、それほど曲調が堅苦しくもならず、シリアスにもならないのは、メインボーカルとコーラスのフランス語に遊び心があり、言語の実験のようなフレーズが淡々と紡がれていくからなのだ。アントワーヌ・ロワイエにとっては深刻な時代を生きるために、こういった遊び心を付け加えることが最も必要だったのだろうか。
以後も、中東のアフガニスタンを始めとするイスラム圏の音楽なのか、はたまた北アフリカの民族音楽なのか、その正体が掴みがたいような文化性の惑乱ーーエキゾチズムが続いていく。聞き手はそのヨーロッパとアラビア、アジアの文化性の混淆に困惑するかもしれないが、しかし、それらのエキゾチズムをより身近なものとしているのが、アントワーヌ・ロワイエのギターである。弦を爪弾き始めたかと思った瞬間、次の刹那には強烈なブレイクが訪れる。こういった劇的な緩急のある曲展開は「Tomate de mer」以降も継続される。それ以後の曲の展開は、アヴァンギャルド・フォークという形式に基づいて続いていくが、それらの中には時に、フランスのセルジュ・ゲンスブールのような奇妙なエスプリであったり、ビートルズ時代と平行して隆盛をきわめたフレンチ・ポップの甘酸っぱい旋律が、これらのフォークミュージックに取り入れられていることに驚きをおぼえる。表向きには現代的な音楽ではあるのだが、20世紀の今や背後に遠ざかったパリの映画文化が最盛期を極めた時代の華やかな気風や、当代の理想的なヨーロッパの姿がここには留められているような気がするのだ。
『Talamanca』の中で最も素晴らしい瞬間はクライマックスになって訪れる。それが「Jeu De Des Pipes」である。この曲は、おそらく近年の現代音楽の中でも最高の一曲であり、Morton Feldmanの楽曲にも比する傑作かもしれない。森の奇妙な生き物、フクロウや得体の知れない不気味なイントロから、題名の「一組のパイプ」とあるように、霊的な吹奏楽器を中心とするオーケストラ曲へと変化していく。イントロに続いて、フルートと弦楽器のレガートが奇異な音響空間を生み出す。それに続いて、複数のカウンター・ポイントの声部の重なりを通じて、アントワーヌ・ロワイエは古い時代の教会音楽の形式に迫り、管楽器や弦楽器、そしてクワイアを介して、バッハのカンタータのような作曲形式へと昇華させているのが見事である。その後、曲の中盤では、ボーカル・アートへと変化し、以前の主要な形式であったアントワーヌの声ーーメガロドン・マラデスの楽団のメンバーの声ーーがフーガのような呼応する形で繋がっていく。弦楽器の十二音技法の音階やチャンス・オペレーションのように偶発的に配置される音階によるレガートの演奏に加え、それらの反対に配置される演奏者たちの声は洗練されたベルギー建築のように美しく、高潔な気風すら持ち合わせている。