コーネリアス(Cornelius)) 『夢中夢 Dream in Dream』−Review

コーネリアス(Cornelius) 『夢中夢』


Label: Warner Music

Release: 2023/6/28


Review


平成時代、渋谷系のアーティストとして一世を風靡して以来、小山田圭吾は、高橋幸宏、テイ・トウワを擁するMeta Fiveにもギタリストとして参加、J-Popのニュートレンドを開拓しようと試みた。

 

2018年以来のおよそ五年ぶりと成る今回の復帰作『Dream In Dream』はアーティスト特有のシュールなアイディアをモチーフにして、小山田圭吾の代名詞であるエレクトロニックサウンドを絶妙に配している。今は亡き天才プロデューサー、 Rei Harakamiのエレクトロニカの系譜にある「音のデザイン」とも称するべき作品で、立体的な構成力が多角的なサウンドアプローチを生み出し、アーティストのクリエイティビティーが全編に迸っている。聴き応え十分の一作となっている。

 

先行シングルとして発表された「変わる消える」は、お馴染みのエレクトロニカサウンドに、渋谷系の甘酸っぱいボーカルが魅力の一曲である。あえてボコーダーを使用せず、ロボット風のボーカルを駆使しながら、音楽の世界はシンセ/シーケンスの音の配置によって奥行きをましていく。昔から小山田圭吾の作曲法は、A/Bのメロがあり、そしてサビがあるというクラシカルなJ-Popのスタイルではなく、どちらかと言えば、最初のモチーフを自らの想像力によって膨らましていくのが特徴であったが、今作においても、コーネリアスのスタイルは堅持されている。


ときに、曲の中では、驚くような展開力を見せることもあって、その中にはエレクトロニカの傍流であるチップチューンのサウンドや、ギターのフレーズ、楽曲そのもののセンチメンタルなコード進行も多く含まれている。歌詞にも「まだ終わりじゃない、さみしい」など感覚的な歌詞を交え、抽象的なサウンドを追求している。今ある現実から一歩距離を取り、夢の中を彷徨うような不可思議な感覚がこのアーティストの全盛期からの特徴であったが、そのシュールな感覚はこの先行曲でも健在である。この曲の中に挿入されるシンセサイザーのなめらかなアルペジオの配置はやはり驚異的かつ天才的であり、他のアーティストが到達しえない未曾有の領域に達している。

 

 一転して、Meta Fiveでのギターのカッティングの経験が二曲目の「火花」に顕著な形で現れている。懐かしのシティ・ポップサウンドを基調にしたこの曲は、聞き方によっては、J-Popとも聞こえるし、また、ファンカデリックのようなファンクロックにも聞こえる。聞き手の価値観により、サウンドの風味が180度様変わりする。ディストーションを掛けたシンセリードの音色の配置は、Perfumeの中田ヤスタカのソングライティングを彷彿とさせるものがあるが、やはり小山田圭吾のボーカルは、サニーデイ・サービスのように甘酸っぱい感覚をトラック全体に及ぼしている。


一般的なリスナーにとって、このボーカルがいまいち腑に落ちないという意見も聞かれる場合もあるが、しかしながら、実は、この純粋な感覚こそコーネリアスしか持ちえないものなのだ。曲はポピュラーサウンドを取り巻くようにして、終盤では、ギターロックに近い熱狂性を帯びる。ただ、彼の最高傑作の一つ「Fantasma」の時代からそうであったように、その感覚はシニカルで、斜に構えたような雰囲気によって呼び起こされる。いわば内省的な熱狂性なのだ。

 

今回のアルバムで驚くべきなのは、ワールドミュージックやジャズのコードを取り入れ、それをギター・ポップと融合させていることだろうか。そもそも渋谷系は、小沢健二の音楽を見れば分かる通り、小野リサなどに代表されるブラジルのボサ・ノバ音楽の影響、あるいは、フランスのフレンチ・ポップの影響を取り入れているジャンルだったが、「Too Pure」においてコーネリアスは、その''渋谷系''の源流に迫ろうとしている。スタイリッシュなベースのコード進行、そして涼し気なギターのフレーズはもちろん、平成時代の象徴的なアーティストが、このジャンルの出発からおよそ20年後に、''渋谷系の良さ''をモダンな感じを交え、素朴に再現させてみようとしたとも考えられる。


しかし、「Too Pure」は必ずしもスムーズにはいかず、その中には、ひねりが取り入れられ、シューゲイズ・サウンドへのこだわりも読み解ける。ギターロックとしての要素はおそらく、自らの音楽性がオルタナティヴの系譜にある、というミュージシャンの表明代わりとなっているのではないか。曲の後半にかけて、シンセやシーケンスがメインとなっていき、やはり多角的な音の構成力が際立つ。以前よりもはるかに立体的な構造については、「Meta-Pop」とも称することが出来る。これは音のマテリアルがカウンターポイントのように複数の声部を同時に形成していることが驚愕なのである。これは電子音楽における対位法が確立された瞬間かもしれない。

 

4曲目の「時間の外で」はアンビエント風のイントロから、レイ・ハラカミやダン・スナイス(Caribou)風のエレクトロニカへと移行していき、その中に抽象的で器楽的なボーカルが取り入れられ、シュールなアンビエンスを形成していく。ビートの緻密な構成により、この曲はにわかにドライブ感を帯びる。その中に導入されるゲーム音楽を彷彿とさせるチップチューンやエレクトロニカ、さらに抽象的なシーケンスが緻密に絡み合いながら、特異な小山田ワールドを徐々に作り上げてゆく。近未来的な感覚に充ちたこの曲は、恍惚感のあるフレーズによってほのかな叙情性を帯びるようになる。曲の終盤まで来ると、ようやく制作者がダウンテンポを基調にした曲を制作しようとしたことがわかる。そして、曲全体に満ちるドリームポップにも近い感覚はやはり、アーティストが最初期から追求してきたスタイルを継承していると言えるだろう。

 

アルバムの中で、アーティストがアブストラクト・ポップの本質に迫ったのがMeta Fiveでもお馴染みの「環境と時間」となる。


作品の中では、J-Popらしい一曲で聞きやすい。ここでは、平成時代のフレーズの質感を取り入れ、わかりやすい構造の中で素晴らしいエレクトロニカサウンドを確立している。ムーグ・シンセのようなユニークな音色は、二曲目と同様、Perfumeやそれ以前に中田ヤスタカが取り組んでいたゲーム音楽に対するリスペクト代わりとなっている。この曲では日本のエレクトロニカがいかに優れているのかを体感することが出来るはずだ。

 

アルバムの中盤では、「Night Heron」、「蜃気楼」といった楽曲でコーネリアスのシューゲイズやギターロックの他の主要な音楽性であるファンクへの傾倒を読み解くことが出来る。ある意味では、テイ・トウワのテクノとファンクを融合させた音楽性をこれらのトラックを通じて楽しめる。さらに「Night Heron」では、Meta Fiveの系譜にあるファンクロックへの傾倒が見られ、Gang Of Fourのアンディ・ギルのようなポストパンクに近い鋭さを持っている。ただパンクというイメージの強いギルの演奏に比べ、親しみやすいポップを志向するのがコーネリアスの特徴である。続く「蜃気楼」もファンクの要素が強く、ベースラインのグルーブ感がインパクトを放つ。小山田圭吾のボーカルは少し可愛らしい感じでこの曲に親しみやすさを与えている。

 

以前に比べて、センチメンタルな曲が際立つ。その中でも、「Drifts」のような曲は、おそらくMatador Recordsに所属していた時代の「Fantasma」 にはなかった要素ではないかと思われる。自分の感覚に正直なポピュラー・ソングを書くことが出来るようになったのは、近年の活動が危ぶまれかけたアクシデントによるものと思われる。それでもなお、小山田圭吾はそれを自分のクリエイティビティーのために使うことにしたのだ。そのことについては周囲がとやかく言うことではあるまい。自らのクリエイティビティーを最大限に活用することが結果的に他者に喜びをもたらす場合もある。そして、電子音楽をオーケストラのように解釈したこの曲は、アーティストのキャリアの中で類稀なる才質が開花した瞬間である。ゲーム音楽をはじめとする日本の電子音楽の良さをよく知るアーティストは和風のエレクトロニカの真骨頂を見出そうとしている。

 

アルバムの終盤では、タイトルトラック「夢中夢」で近年稀に見る奥深いポピュラーサウンドを確立しようとしている。エンディング曲では、仏教的な概念をタイトルに込めているが、曲自体はジャングリーなポップで、それほど重さを残さず、軽やかな感じでアルバムは終わりを迎える。


これは暗澹たるエンディングではなく、明るい結末をもたらそうとするアーティストなりの配慮が、こういったエンディングを形成したのかもしれない。しかし、本作は以前に比べて繊細な感覚が表現され、音の節々に琴線にふれるものがあるし、ハッと目を覚まされるような瞬間もある。


以前から海外の音楽カルチャーにも詳しく、ラップにも親しんできた小山田圭吾は、2020年代に入り、世界的な文化ではなく、日本の文化の魅力を真摯に伝えようとしている。それは、ここ数年の無念さをはっきり表したものであるとともに、彼自身が日本の音楽家としてシーンを背負って立つ人物という自覚があるからなのかもしれない。


坂本龍一もなくなり、高橋幸宏もなくなった。ここ数年、日本は代表的な音楽家をたくさん失ったが、まだここにはコーネリアスがいる。もしかすると、彼の掲げるテーマは、最新アルバムのタイトルに示されるように、夢の渦中にあり、茫漠としたもので、なおかつ、はっきりした形にはなっていないかもしれない。しかし、コーネリアスの理想とするサウンドは、この最新アルバムで断片的に示された。音楽の本質を誰よりも理解しているためか、本作は他の作品よりもはるかに重みがある。2023年度のJ-POPの中では最高傑作とも称すべき画期的な作品の登場を祝福したい。

 


90/100