Julie Byrne 『The Greater Wings』
Label: Ghostly International
Release: 2023/7/7
Review
「The Greater Wings」の音楽は古典的なフォーク・ミュージックを踏襲しつつも、その中には米国の雄大な大地へのロマンに満ちている。それはニューヨークからみた自然の雄大さへの賛美とも考えられる。そして、そのロマンチシズムは前作「Not Even Happiness」よりも深みを増し、このアルバム全体の印象を形作っている。前作において、個人的な感慨を歌っていたバーンは、この最新作では、前作の作風を敷衍させ、忍耐と決意、喪失の寂寥感、再生の活力、喪失の寂寥感、再生の活力、そして永遠に変わって立ち上がる勇気等、多彩な感情を込めようとしている。少なくとも、このアルバムでは、アーティストが伝えたいことが明確で、それを忠実なフォーク/カントリーという形で丹念に歌やトラックとして紡いでいったような様子が伺える。
ジュディ・バーンの歌は素直で、それほどオルタネイトを加えようとしていない。だからこそ、オープニングを飾るタイトル曲「The Greater Wings」は、一般的な音楽ファンの心を捉える可能性を秘めている。繊細なアコースティック・ギターに合わせて歌われるジュリー・バーンの歌声は、海の風景などへの賛美が込められている。ストリングスや管楽器のささやかな音色で強化され、その深度を増していく。途中からは映画的な音楽効果が表れ、この曲のドラマ性を引き立てている。ジュディー・バーンのボーカルは繊細な感覚とそれとは正反対のダイナミックな感覚を持ち合わせており、バックトラックのオーケストラに支えられて実際に羽ばたいていくかのような雄大さに満ちている。アウトロの指弾きのギターは、ほろりと涙を誘うような深い情感が込められている。アルバムのオープニングとしては理にかなった楽曲で、その後に続くフォークミュージックのストーリー性への興味を掻き立てる働きをなしている。
続く、「Portrait of Clear Day」で、バーンはより古典的なフォーク/カントリーの時代への憧憬を交える。しかし、この曲では、個人的な日常が主に歌われていると思われるのに、一曲めと同様に雄大な自然を感じさせる。それは何か草原の上を爽やかに駆け抜ける涼風を思わせ、また都会生活での忙しない瞬間を忘却させる力を備えている。カントリーのトロットのリズムを踏襲したギタープレイを披露しているが、彼女のフィンガーピッキングは繊細でありながらダイナミックな効果を及ぼし、さらに曲の流れをスムーズにしている。ジュリー・バーンの歌声はそれらの中音域の音塊の上を行き、それらの中空を軽やかに飛び抜けるような清々しさが込められいる。また、シャロン・ヴァン・エッテンのような形式のポピュラー音楽とフォーク音楽の融合を本曲には見い出すことが出来、低音部のギターホールの音響がバーンの歌の情感を引き立てている。曲の後半では、カントリー/フォークからポピュラー・ソングのサビのような展開へと移行する。これは聞き手にわかりやすい形で音楽を提供しようという制作者の意図も伺える。そして実際にその試みは成功し、後半ではアンセミックな響きを帯びるようになるのだ。
これらの2曲で一般的なリスナーの期待に応え、さらに本作の音楽世界を後の曲を通じて深めていこうとする。ジュリー・バーンのセンチメンタルな感慨を込めた「Moonless」は月のない夜の憂いを歌ったものか、少なくとも素朴な感情に彩られ、ほんのりした切なさとしてわたしたちの聴覚を捉える。途中から加わるピアノのフレーズはそれらのエモーションをさらに引き立て、切なげな雰囲気を及ぼしている。バーンの描き出す世界は、その入口にいると、舞台の書き割りのようにも見えなくもないが、その入口に入っていくと、奥深い迷宮のような空間が続いている。それはアーティストのアコースティックギターとボーカルの導きにより、果てない深層の領域へと続いていく。ちょっとした圧力で毀たれてしまいそうな脆さのあるボーカルは、アーティストの悲哀を柔らかい感覚として伝えようとしたとも取れる、実際、中盤から終盤にかけてのセンチメンタルなボーカルは、そういった感情の中に聞き手を惹き込むような力をしっかりと備えている。曲はアンビエントのような静かな展開がメインとなっているが、バーンの歌が入り、またストリングスのアレンジが加わるや否や、その雰囲気がガラリと一変し、堂々たるポピュラー音楽へと表情を変化させ、表向きの印象と裏側の見えない印象の差異を曲の展開の中で巧みに織り交ぜている。また、曲の終盤では、ロマンチストとしてのアーティストの人物姿が垣間見える。
古典的なフォーク/カントリーの他にも現代的な音楽性が内包されるのも本作の重要なポイントとなるだろう。
続いて、「Summer Glass」はシンセサイザーのアルペジエーターを駆使し、シンセポップに近い領域へと進んでいく。曲の序盤まではエクスペリメンタルポップを想起させるものがあるが、中盤からはこのアーティストらしい古典的な作風へと引き継がれていき、それはやはりストリングスのレガートの重なりの後、予想しない形でダイナミックなバーンの歌声が現れ、力強いポップソングへと変容していく。前曲と同様に、一曲の中で意外性のある展開力を見せるが、これこそジュリー・バーンのクリエイティヴィティの豊富さを象徴付けている。そして曲の最後では中盤に姿を消していたシンセのアルペジエーターが再度出現し、驚きを与える。それは驚きを与えるのみならず、ダイナミックなエンディングを演出しようという狙いがこういった形になっている。これは、荘厳な雰囲気とまではいかないものの、アルバムの前半にはなかった神秘性が立ち現れた瞬間でもある。更に、続く「Summer End」は、連曲として夏の記憶を少し可愛らしさのあるシンセで表現しようとしている。本作の中で最初に登場インストウルメンタル曲で、シンセのマレットを中音域のモジュラーシンセと対比させることによって、涼し気な効果を与えている。夏の暑い季節に爽やかさをもたらすアンビエント風のトラックとして楽しめる。
「Lightning Comes Up From The Ground」では、アルバムの序盤のフォークとポップスの癒合というこの音楽家の主要な形式へと回帰する。しかし、前二曲の変則的な曲を聴いた後ではアルバム序盤と同じような作風もまったくそのインプレッションが異なり、結果的に新鮮な印象をもたらす。 上記の曲のように、この曲でも、ジュリー・バーンの歌声は中空を彷徨うような抽象性があり、それは実際に心地よい感覚を与えている。 そしてディランのように淡々と歌われるボーカルは稀にシンセの効果により、その印象をわずかに様変わりさせる。曲の中盤から後半にかけては緩急のある展開を織り交ぜながら、最終的な着地点を探ろうとしている。結果的に、抽象的な音像から最後にはアコースティックギターのフレーズが背後から不意に浮かびあがり、ジュリー・バーンの抽象的なボーカルと合致した瞬間、また、一方の音が他の音の休止により出現することで、何らかの化学反応のような瞬間も訪れることに驚かずにはいられない。そして、その最後には、その複雑な音の渦中からシンプルで素朴なバーンの歌声がスッと浮かび上がる。これは周りにある障害物が取り払われ、主役がバーンのボーカルであることを強く印象付けている。そしてアウトロでは、ストリング、シンセ、ギターが一体化し、バーンの歌声をさらにドラマティックかつダイナミックに演出する。アルバムの中のハイライトはこの曲のクライマックスに訪れる。
本作の終盤に収録されている「Flare」では、しっとりとしたフォーク音楽で聞き手の聴覚をクールダウンさせる。それほど真新しいとも言えないけれども、この10年来、アーティストが探求してきた感情表現としてのフォーク音楽の一つの到達点にたどり着いた瞬間である。それはシンプルで極力華美さを抑制しているが、その表現が素朴であるがゆえ、心に響く感覚を内包させている。この曲でも終盤に至ると、シンセのシークエンスを使用し、ダイナミックな山場が設けられている。続いて、「Conversation Is A Flowstate」では、アーティストの美的センスが他の曲よりも反映され、それは実験的なシンセポップという形で繰り広げられる。
続く「Hope’s Return」では、アルバムの中盤を通じて描出された喪失や悲しみといった感覚から立ち直る瞬間がオルタナティヴ・フォークという形で紡がれている。それはアルバム全体の起伏あるストーリーをはっきりと強化する役割を担っている。しかし、再生の瞬間が断片的に示された後、最後の曲の「Death Is Diamond」というタイトルは意外な感を与え、少しドキッとさせるものがある。しかし、以前の曲と同様、ここには、ジュリー・バーンの耽美的なセンスの真骨頂が示されており、演劇の終盤に用意されている最もセンチメンタルなシーンがこの曲にはピクチャレスクな形をとって織り交ぜられている。エンディング曲のポップバラードを聞き終えた後、印象的な映画や演劇を観た後のような余韻を覚えたとしても、それほど不思議ではない。
78/100