Lord Huron 『Music for The Starling Girl』- Review

 Lord Huron 『Music for The Starling Girl』

 

 

Label: Mercury/Republic

Release: 2023/7/11


Review

 

『スターリング・ガール』は、ローレル・パーメット監督による2023年のアメリカのドラマ映画。この映画は、2023年1月21日に2023年のサンダンス映画祭でプレミア上映され、ブリーカー・ストリートによって2023年5月12日に公開された。フォークシンガー、ベン・シュナイダーによるプロジェクト、Lord Huronは、この最新作で同名の映画のオリジナルスコアに取り組むことになった。

 

『The Starling Girl』との関わりをシュナイダーは振り返っている。 「ストーリーの中で実際に役割を果たす曲の作曲を依頼されることは、ソングライターにとって夢のようなことだ。」



『The Starling Girl』の映画では、17歳のジェム・スターリングが、キリスト教原理主義者の中で自分の居場所を見つけようと奮闘する。


ケンタッキー州の田舎町にあるキリスト教原理主義者のコミュニティの中で、ジェムは自分の居場所を見つけようと奮闘する。教会のグループでダンスを踊るという彼女の最大の喜びでさえも自分の行動が罪深いのではないかという心配にさいなまれ、自分の性に対して芽生えつつある意識との板挟みになる。自分のセクシュアリティへの自覚と宗教的献身との間で揺れ動く。謎めいた青年牧師オーウェンが戻ってくると、ジェムはすぐに彼の世俗性と魅力に惹かれていく。

 

2021年の最新アルバム『Long Lost』では、モノクロ映画やマカロニ・ウェスタン調のノスタルジックな世界観を下地にし、自身のフォーク・ミュージックにより、独特の世界観を形成したベン・シュナイダーの音楽性は、このオリジナルスコアでも健在である。キリスト教のテーマが映画に内包されることもあってか、オープニング「Stained Glass」では、ハモンドオルガンのようなフレーズが神々しい雰囲気を生み出しており、これらのストーリーに忠実な音楽に、陶酔した甘美な感覚すら見出せる。抽象的な音楽性も内包されてはいるが、やはりロード・ヒューロンらしさが満載だ。レッド・フォーリーやジョニー・キャッシュの古典的なカントリー/フォークを下地にし、ローファイ、ヨットロック、トロピカルが宝石のように散りばめられている。

 

アルバムの多くはインスト曲で占められている。ボーカルは、稀にトラックの中に挿入されることはあっても、タイトル曲のような意義を持つフォークソング「Ace Up My  Sleeve」を除けば、そのほとんどは器楽的な音響性が追求されている。このバンドを古くから知るファンは、「Deadbeats Jam Tape Winter '94」等にフォーク音楽と古典的な世界観の融合性を発見するかもしれない。また、バンドの音楽性の真骨頂であるトロピカルな雰囲気も本曲の中に漂っている。また、ベース、ギター、ドラムの上に取り入れられるテルミンの響きもモリコーネサウンドを彷彿とさせる。


「Tunnel of Tree」では、ミステリアスな瞬間をドローン風の音色で表現するが、その後にはロード・ヒューロンらしいトロピカルやヨットロック調のフレーズを交え、神秘的な瞬間へと導かれる。その中には確かに敬虔な何かが宿り、それらが賛美歌のような祝福されたアンビエントへと直結する。


続いて「Jemi's Theme」は、前の曲の雰囲気を受け継ぎ、かつてヨ・ラ・テンゴが00年代に書いたような抽象的な音像を形作るようになる。しかし、アンビエント調の音楽の後には、やはり古典的なフォーク/カントリーがそれ以前の音楽と絶妙に溶け込んでいく。音楽は、心地よさと映像を引き立てるための脇役として存在する。無個性というわけではなく、実際の映像の持つストーリー性や情感を引き立てるための働きを成す。曲の最後では鐘の音がシンセとして取り入れられるが、ある種、祝福された瞬間を感じ取ることも出来るかもしれない。

 

その後も、「Fill Me to The Brim」ではアンビエントの癒やしや安らいだ感じが到来し、まるでそれは果てない無限性に直結するように思える。三曲目の続編でもある「Deadbeats Jam Tape Winter '95」は、前の曲と同じようなレッド・フォーリーのような音楽性を通じ、ビブラフォーンの響き、ターンテーブルのようなスクラッチ、チョップの技法を織り交ぜ、西部劇のような曲調にベン・シュナイダーのボーカルが挿入される。彼の声はまるで20世紀の初めを彷徨うかのようだ。それはアウトロを通じてラジオの混線のような形で別の曲調へと変遷を辿る。続く「 Evening Ride」は短いインスト曲であり、前の曲の雰囲気を強化するような役割を担っている。グロッケンシュピール、テレミンのようなオーケストラ楽器の導入は、その雰囲気を実際に効果的に高めている。「Summer Air」では、アルバム前半部と同じよう実験的な電子音の世界を安らいだフォーク音楽と一つに結びつけている。ベン・シュナイダーのギターはムードたっぷりで、いつまでもこの音楽の中に浸っていたいと思わせる何かが存在している。

 

オリジナルスコアはその後、「Hands To Sky」を通じてローファイや以前よりもエクスペリメンタルフォークの性質を強めていき、映画のストーリー性をより強化するような構成を形成している。「Mysteries」は、アンビエント調で、映画の中の印象的なシーンを伺わせるものがある。さらに、この曲には何かスピリチュアルな何かが浮かび上がるような感覚に充ちている。これは実際の映画をご覧いただき、音楽がどのような形で実際の映画のワンシーンを印象深くしているのかを確認してもらいたい。アルバムの世界観は終盤においてさらに深みを増していき、「Overflowing」では、これまでのバンドの音楽性とは異なる形のハイライトを見出すことも出来る。

 

そもそもロード・ヒューロンは、ベン・シュナイダーがヒューロン湖を旅したときに、神々しい感覚に打たれ、その後、ロサンゼルスに行き、友人とともに音楽活動を始めたのが始まりだ。また、ロード・ヒューロンは、そういった人智では計り知ることの出来ない自然の中にある霊妙な感覚を、フォーク/カントリー、ローファイ、モリコーネ・サウンドを介して追い求めてきた印象もある。そして、この映画のサウンドトラックでは、バンドの既存作品の中で最も神秘的な瞬間が実際の音楽の中に見いだせるという気がする。このオリジナルスコアの音楽は、映像がなくとも、それ自体が素晴らしいが、もちろん映像を鑑賞してみたいという気を起こさせる何かがある。


 

 

87/100