Oldstar 『On The Run』
Label:Rope Bridge Records / Oldstar
Release: 2023/2/21
Review
Oldstarはアリゾナのソロアーティストらしく、現在確認出来る範囲では、2022年にデビューフルレングス/セルフタイトルを発表している。
今回の2ndアルバム『On The Run』もまた自主制作盤であり、フロリダ州のパナマ・シティ・ビーチで録音された。マスタリングはカリフォルニア州ロサンゼルスで、ストレス・アクチュアルで行われた。実際の音源から推測すると、そのほとんどがホームレコーディングで制作されたものと考えられる。Oldstarの音楽性としては、スロウコア/サッドコア、ローファイ、インディーロック、最初期のエモあたりが該当するかもしれない。ただ、スロウコアやサッドコアの主な音楽性としてはペシミズムが漂っている場合が多いが、Oldstarの2ndアルバムについてはそのかぎりではない。エモやインディー性が音楽の根底にあるとはいえ、からりとした質感が漂っていて、ミート・パペッツの最初期のローファイに類似するインディーロックアルバムとなっている。
アルバムジャケットは、現在は新作のリリースを廃止しているTouch & Goに所属していたオーストラリアのポストロックバンド、Dirty Threeの旧作を彷彿とさせるものがある。音楽性に関しては、ラフな感じのボーカルにギターの弾き語りが加わり、アコースティックギターの基本的な演奏にエレクトリックギターを多重録音し、ローファイな雰囲気を醸し出している。ボーカルは適度に力が抜けているので、Elliot Smithの音楽性を思い浮かべるリスナーもいるかもしれない。しかし、Oldstarのボーカルは、ヒューストンのエモバンド、Mineralのクリス・シンプソンの舌っ足らずな声の性質に近い。ただし、Mineral/Christie Front Driveのような轟音性やロック性はほとんどなく、90年代や00年代のインディーフォークの落ち着いた音楽が主体となっている。轟音性はあったとしてもきわめて稀で、#3「Catch」で見られるような一過性のものに過ぎない。
2ndアルバム『On The Run』の音楽は贔屓目に見ても、現代のミュージックシーンに即したものとは言えず完全に古びているが、他方、その中にはヴィンテージものの蒐集品やファッションを発見した時のような嬉しさがある。 Oldstarは、商業的に成功を収めようとか、そういった名誉心は皆目なしに、純粋にローファイでラフなインディーロックを奏でている。アルバムの音質は良くないし、また、ミックスのザラザラ感はヴォリュームを上げると耳障りになることもある。
ただ、その中にも、90年代と00年代の前後に流行したインディーズ・ミュージックの奇妙な魅力が内在していることは確かだ。そして、なぜか、この時代の貴重な体験者である同日に発売されたGuided By Voicesの新譜よりもはるかにリアリティがある。アルバムの音楽はナードでありニッチだが、Oldstarはスノビズムをひけらかすわけでもなく、また、奇をてらうわけでもない。純粋な形で制作者の信じるインディーロックサウンドの精髄に迫ろうとしている。
アルバムの収録曲は、そのほとんどがデモ・テープに近い内容となっている。MTRのようなシンプルな機材で一発録音をした作品であり、曲は途中でぶつ切りのような感じで終わってしまい、収録曲には、アリーナ級のアンセムは求めるべくもない。ところが、表面的なマニア性を加味した上で、このアルバムの音楽の素晴らしさは、なんによるものなのかと不思議に思うところもある。
繊細で内省的なボーカルとギターの掛け合いは、夏の切なさを思わせ、エモの雰囲気が溢れている。#1「On The Run」、#6「Disstrack」に象徴されるように、初期衝動のみで制作されたような粗さのあるプリミティヴなサウンドは、懐かしさがあり、耳を捉えて離さない。
インディーロックのファンは、実際、ギターを最初に買ったとき、安っぽいアンプと安っぽい機材でこういった曲を一曲くらいは作ったことがあるものなのだ。しかし、このアルバムの曲は、現行の流行のサウンドとはあまりに乖離しているという理由により、誰かが使い物にならないと破棄したため、表向きにはリリースされることのなかった幻のサウンドなのかもしれない。そうだとすれば、本作に含まれているNirvanaのような荒削りなサウンド、ないしはMeat Puppetsのような雑多性やローファイ感は他の何物にも代えがたく、貴重な録音ということになる。
また、本作には、ブルージーな色合いも漂う。それに加え、カントリーやブルーグラスのような古き良きアメリカーナも含まれていると来たら、インディーロックのマニアとしてはチェックせずにはいられなくなる。 そして、先週のイギリス/リーズのFar Caspianと同じように、#2「Real」では、90年代にオーバーグランドへと奇妙な形で押し上げられていったグランジへの反発として発生したと言われる、内省的なスロウコア/サッドコアの核心に迫ろうとしている。
これらの曲は、正直なところ、ひっそりと一人で静かに聴くべきで、友達とワイワイやりながら聴くような音楽ではない。しかし、その類まれなる孤高の性質は、現行の商業的な音楽の極北に位置し、音楽という表現形態がコマーシャリズムという側面だけで生み出されるものではないことを明示している。とするなら、『On The Run』は、オーバーグラウンドの音楽に違和感を感じているコアなリスナーにとって欠かさざるアイテムのひとつになるはず。
74/100