Palehound 『Eye On The Bat』
Label: Polyvinyl
Release: 2023/7/14
Review
Palehoundの新作アルバム『Eyes On The Bat』は、ニューヨーク北部の保養地である山岳地帯/別荘地のキャッツキルで制作された。私自身は行ったことはないが、この山脈には有名なスタジオがあるらしく、例えば、紅一点の女性ボーカリスト/オードリー・カンを擁するドリームポップバンド、Lightning Bugの最新作もキャッツキルで録音されている。この土地でのレコーディングは高地にあるせいか、音の粒が繊細な録音が生み出されることで知られる。イギリスにはピーター・ガブリエルのリアル・ワールド・スタジオがあるが、他方、ニューヨークにはキャッツキルのスタジオがあるという次第である。このスタジオはエレクトロニック・レディ・スタジオと並んで現在の北米のインディーロック/オルタナティヴロックの聖地と言えるのではないか。
比較的、寒冷な地方で録音されたとはいえ、音源自体は南部のアメリカン・ロック/ブリティッシュ・ロックのワイルドな音楽性を織り交ぜ、カントリー等の古典的な要素をまぶしたインディーロックアルバムとなっている。
Big Thief、Cass McCombsといった現行の米国のフォーク・ミュージックを代表するグループ/アーティストが制作に参加しているが、今回のアルバムの制作の手綱を握ったのは、もちろんPalehoundのエル・ケンプナーである。基本的には、ベッドルームポップのようにホームレコーディングに近い録音方法を重視する印象のあるエル・ケンプナーではありながら、実際の音源についても、Snail Mail、Soccer Mommyの初期のローファイに近い作風が取り入れられている。キュートさもある一方で、”狼”のようなワイルドさもあることを忘れてはいけないだろう。現在のUSインディーロックの革新を捉えたような音作りで、もちろん掴みやすさもある。
その上で、このアルバムに一定の力強さをもたらしたのが、ボストンのDIY時代からの盟友であるラルツ・ブローガンである。Palehoundとして以前から共同で活動していたブローガンをケンプナーはライフ・ワーク・パートナーと呼ぶほどに信を置くが、それらの安心感に充ちた人間関係は実際にレコーディングに骨太なロックという要素をもたらし、そして小規模のスペースのライブパフォーマンスに近い精細な生のサウンドの風味をもたらすことに成功している。これらのきめ細やかなクランチなギターの快感を体感せずにいるのは、もったいない話でもある。
ベッドルーム・ポップとモダンなオルト・ロックをかけ合わせた「Good Sex」はミドルテンポながらパワフルな印象でアルバムをリードする。一方、カントリー/ウエスタンのギター奏法を交えた「Independent Day」は独立記念日から後に遅れてしまったが、米国への称賛を交え、軽やかなインディーロックを展開させる。これらのアルバムの冒頭の2曲は、多くのロックファンの心を捉える力を秘めている。 そして乾いた感じのギターラインとケンプナーの爽快なボーカルの合致は、アルバムの最大の勘所に挙げられるだろう。ペール・ハウンドの音楽は基本的には力強さがある曲調で、その中にはエイドリアン・レンカーのソロ・プロジェクトのような内省的な雰囲気と可愛らしさも内包されている。また、ペール・ハウンドの音楽は、米国南部の砂漠地帯のように広々としており、ときに雄大な気風も漂わせ、オープンな感覚に充ちている。聞き手にこれだと決めつけさせるのではなく、多彩性があり、聞き手の感性に答えを委ねるようなくつろいだ音楽が一番の魅力だ。その中には力強さと繊細さというアンビバレント性が内包され、これが曲ごとに、流動的にインプレッションを変化させていく。パワフルなロックの側面を聞き取るか、はたまた、その内側に包み込まれるオルト・フォークの繊細さを聞き取るか、また、そのどちらに親しみを覚えるか、それはすべてリスナーの感覚に委ねられている。
レーベルの説明では「U Want It U Got It」が目抜きの曲であると説明されているが、その他にも聴き応えのある曲が目白押しだ。中でも、「The Clutch」は上記したSnail Mail、Soccer Mommy、Indigo de Souzaの書くモダンロックのアンセムの型に準じており、そこにアヴリル・ラヴィーンのようなパンキッシュな性質を加味し、新しいロックソングのスタイルを確立している。パンチやフックもあり、もちろん現代的な若者の文化性を込めたこの曲は、USインディーの最前線に位置する。そこに、少し昔の70年代のハード・ロックやグランジの色を加えた曲の痛快さに親近感を覚えずには居られない。曲の中盤の古典的なハードロックに根ざしたギターソロも熱さを感じる。ここにペール・ハウンドのロックの真骨頂が示されたと見てよいだろう。
続くタイトル曲で、ペール・ハウンドはベッドルームポップに沿ったソングライティングを行っている。ビックシーフにようにエレクトロとフォークの中間点を探り、そこにカントリーの性質を交えて痛快なナンバーを生み出している。ここにはノスタルジックなものもあり、そしてモダンなものもあるというアーティストの両極性を掴み取ることが出来る。曲の終盤では、カントリーの音階進行に加え、ハードロック風のギターラインが被さり、哀愁のあるエナジーが呼び覚まされる。そしてこれらの中盤に収録されている曲は不思議と聴いていて安心感を覚える。
「U Want It U Got It」は実際、アルバムのハイライトの一つである。サイモン&ガーファンクルの「Mrs. Robinson」を彷彿とさせる軽やかなアコースティクギターのイントロから始まるこの曲で、ペール・ハウンドはUSフォークの新たな風を吹き込んだとも言える。もちろん、それらの往年の音楽性に合わせて、エレクトロの近代的なアプローチを加えることで、ダンスミュージックとフォークミュージックの中間を行く珍かな曲風を生み出すことに成功している。曲の終盤に見られるフックのあるリズムトラックが、このアーティストの重要な性質であるロック性を後押しする役割を果たしている。フォークロックを下地にしながらも、そこによりモダンな感覚を加えようとしているが、これが今後どのように変化していくのかを期待させるものがある。
「Route 22」は、往年のブルースマンやローリング・ストーンズが使用したロックのお約束のタイトルだが、ここでは意外な音楽性が示され、タイトル曲と同様にガーリーなイメージに裏打ちされたベッドルームポップ/インディーロックが展開される。ただ、この曲もサビなどでは、70年代のフォーク・ロックの影響を織り交ぜ、懐かしいテイストを探求している。それは例えば、サビを通じて、ほんの一瞬ではあるが、艶やかな叙情性を秘めたペーソスとして耳に迫ってくる場合もある。特にコーラスを交えた瞬間、曲の印象がガラリと変わる場合もある。その中に、音楽家としての和やかな性質が、これらのフレーズから緩く伝わってくる。表向きには伝わりづらいアーティストの心根の良さとも称するべきで、この素朴な感覚になんらかの共感性が含まれている。無論、その感覚が実際の音楽と密接に結びついていることが重要なのだ。
アルバムの終盤でも、インディーロックとベッドルームポップの中間にある曲調が根幹に置かれている。「My Evil」は、Soccer Mommyが最新作で探求したような内なる悪魔性をシンプルに吐露したもので、しかし、それはそれとは対極にある神性があるからこそ、その悪魔性に思い至る。それらの感覚はペール・ハウンドらしい繊細なフレーズを介する軽やかなオルタナティヴという形で展開されるが、誰の中にもそれらの両極性が混在することにあると、一定の人々に安堵を覚えさせる。 しかし、それは例えば、ソフィー・アリソンのようなブラック・サバスへの親しみではなく、日々の生活の感情を交えた素朴なインディーロックソングとして示されている。この曲に内在する素朴さは、Pedro The Lionの書くロックソングに近い雰囲気がある。
また、「Head Like Soup」もビック・シーフの悩ましい感覚をエッジの効いたロックソングとして仕上げているのが素晴らしい。その中には、面白いことに、トーキング・ヘッズの「Born Under The Punches」のミニマルなギターロックのプロダクションも取り入れられていることが分かる。
さらに、エンディングへの序章となる「Right About You」は、アルバムの方向性を決定づける役割を持ち、それは本作の序盤と同じように穏やかなフォーク/カントリーを基調としたロックソングとして繰り広げられる。このアルバムは、キャッツキルの風景をほのかに思わせ、全体的にゆったりとし、まったりとしている。それはアーティストがこの土地の空気感を巧みに音楽で表現しているがゆえなのかもしれない。「The Clutch」に代表されるように、ラウドなインディーロックが目立つ印象もあるが、実は、モダンなフォーク・ロックの中にある素朴さも本作の最も聞き逃せない点と言える。そして、これが忙しない日常性に一縷の癒やしをもたらす。
85/100
「Eye On The Bat」