グラミー賞にノミネートされたスウェーデン/ヨーテボリの人気バンド、Little Dragon(リトル・ドラゴン)がニューアルバム「Slugs Of Love」をNinja Tuneからリリースする。
この発表と同時にリリースされたニュー・シングル「Kenneth」は、ソウルフルでローファイな、幼なじみへのトリビュートだ。「この曲は友情と愛について歌っている」とバンドは説明する。バンドは、Khruangbin、Leon Bridges、Tevaなどを手がけてきたUnlimited Time Onlyと再びタッグを組み、この曲に合わせた素晴らしく遊び心のあるビデオを制作した。
学生時代の友人であるErik Bodin(ドラムとパーカッション)、Fredrik Wallin(ベース)、Håkan Wirenstarnd(キーボード)、Yukimi Nagano(ヴォーカル)で構成されるこのバンドは、ここ最近で最も一貫性があり、敬愛され、誰からも親しまれるバンドのひとつとなった。「Slugs Of Love」では、リード・シンガーであるユキミの一目でそれとわかるヴォーカルに支えられた、ソウルフルなポップ、エレクトロニクス、R&Bの独特なブレンドが前面に押し出されている。
このアルバムの制作過程について、彼らは次のように語っている。「パターンを解消し、新しいパターンを作る。キーボードを好奇心旺盛に押したり、時には激しく、時にはやさしく叩いたり、弦をかき鳴らしたり、音を録音したり、音の微調整の限界を調べたり......前へ、後ろへ、横へ、あらゆる方向へ進化してきたこの音楽を、一緒に開発し、再生し、踊り、泣いたり笑ったりしてきた。とても誇りに思っています」
このアルバムには、先にリリースされたシングル表題曲「Slugs Of Love」も収録されている。バンド曰く、この陽気でアップビートなトラックは、「様々なキラキラした色のゴム長靴を履いた若者たちによって演奏される」ことを想像させるもので、同じくアンリミテッド・タイム・オンリーが監督し、バンド自身が出演した公式ビデオとともに到着した。この曲は、「この瞬間、この人生に乾杯」し、「一呼吸一呼吸を謳歌しよう、あっという間に過ぎ去ってしまうのだから」とリスナーに呼びかける。そして、「お金では買えない豊かさについての考察」である「Gold」は、90年代と00年代のポップ・ヒット曲を屈折させたもので、シンセの重く緩慢なグルーヴの上に、ホイットニー・ヒューストンを思わせるコーラスのリフレインが乗っている。
前作「New Me, Same Us」は2020年にNinja Tuneからリリースされ、ニューヨーク・タイムズ、NPR、ピッチフォーク、ザ・ガーディアン、ミックスマグ、クラック・マガジンなど多くのメディアから賞賛を受けた。バンドはNPRミュージックに参加し、スウェーデンのヨーテボリにある長期的な自作スタジオで撮影された親密なタイニー・デスク(ホーム)・コンサートを行った。
スウェーデンのパイオニア的存在である彼らのスタジオでレコーディングされた『Slugs Of Love』は、ビルボードの集計するトップ・ダンス/エレクトロニック・アルバム・チャートで5位を獲得し、ミックス・マグ誌は「みずみずしいテクスチャーが炸裂し、リード・シンガーのユキミ・ナガノの崇高なヴォーカルによって昇華された未来的なレコード」と評し、ガーディアン紙は彼らを「美味しくソウルフルなフォーム」と評した。
彼らはこのリリースに続き、Midland、Octo Octa、Georgia Anne Muldrow、Ela Minusなどをフィーチャーした "New Me, Same Us Remix EP "をリリースした。
Little Dragon 『Slugs Of Love』 Ninja Tune
今年初めの同レーベルより発売されたスコットランドのYoung Fathersに続く話題作が、スウェーデンのリトル・ドラゴンの『Signs Of Love』となる。日系スウェーデン人、ユキミ・ナガノをフロントパーソンに擁する四人組グループは、この4thアルバムを最高傑作と自認しており、リリースするに際して大きな手応えを感じているようです。2020年のグラミー・ノミネートから3年、リトル・ドラゴンの四人は大きく成長し、さらに個性的な音楽を生み出すことを恐れなかった。これまで、リトル・ドラゴンは、ダンス・ポップ、R&Bをメインテーマに置き、それらをクラブ・ミュージックとして、どのように昇華するのかを模索してきた。3作目の『New Me, Some Us』では、商業的なクラブミュージックの決定盤を完成させたが、ヨーテボリのグループの音楽的な探究心は止まることを知らない。4作目では、よりベースメントのクラブ・ミュージックの影響を交え、ネオ・ソウル/エレクトロニックの決定盤を完成させたと言える。
2ndアルバムに比べると、UKのベースメントのクラブ・ミュージックの影響が色濃くなったように思える。その中には、ベースライン、UKガラージ、トリップ・ホップ、 ディープ・ハウスの要素が複雑に絡み合い、リトル・ドラゴンがキャリア全般を通じて提示してきたネオソウルやゴスペル、ダンス・ポップやディスコポップに影響を及ぼしている。捉えようによってはこの三作目で唯一無二のクラブ・ミュージックが誕生したと考えても、それほど違和感はないだろう。
アルバムのオープナー「Amoban」のイントロでは、アシッド・ハウス/アシッド・ジャズの中間点にあるバックトラックに、トリップ・ホップに近いアンニュイなユキミ・ナガノのボーカルがふわりと乗せられ、何が次に起こるのかと期待させるものがある。もちろん、リトル・ドラゴンはその期待を裏切ることはないのだ。そのミクスチャーとしての要素は、落ち着いてしっとりとしたネオソウルへと展開していく。方法論として述べると複雑ではあるが、リトル・ドラゴンは感覚的なものを失っておらず、これらのソウルフルなエレクトロの音楽性を淡い情感が包み込む。ロンドンのJames Blake(ジェイムス・ブレイク)が最初期に挙げたような「温かみのあるソウル」という要素がモダンなエレクトロニックと分かちがたく結びついている。また、バック・ビートはナガノの歌の情感を引き立てることはあっても損ねることはない。イントロはメロウな雰囲気が醸し出されるが、途中から口笛とドラムンベース風のパーカッションにより、ドライブ感のある展開に繋がる。圧縮した管楽器の断片的なサンプルの導入に加え、薄く重ねられるギターラインは、このオープニング・トラック全体にディープなグルーブ感を与えている。
特に、UKベースメントのクラブ・ミュージックの影響が色濃く反映されているのが二曲目の「Frisco」となる。これらの90年代から00年代のUKのクラブ・シーンには無数の魅力的なダンス・ミュージックが存在して来た。そして、それは今も、Overmonoのようなプロデューサーに強い影響を及ぼしつづけているが、それはスウェーデンのリトル・ドラゴンについてもまったく同じことが言える。ダブ・ステップが有名になる以前に隆盛をきわめたベースラインのハードコアなリズムに支えられ、また、このジャンルの特徴的なシーケンサーのセンス抜群の飾り付けにより、この曲は進行していくが、ときに、パーカションのトーン(打楽器に音階がないと考えるのは誤謬だ)の微細な変化により、コードやスケールのアシッド・ハウスのような畝りをもたらす。トラックメイクはかなり手が込んでおり、複雑であるにも関わらず、曲自体はマニアックな印象を与えない。それはボーカルが徹底して軽快な感じで、さらりと歌われるからなのだ。つまり、曲の上澄みでは王道のポピュラー・ミュージックが響いている一方で、その最下部ではUKのベースメントのクラブミュージックがタフに鳴り響いているという有様なのである。
「Slugs Of Love」
アルバムは、これらのメジャーさとマニアックさを兼ね備えた2つの曲で始まるが、タイトル曲でもある3曲目の「Slugs of Love」は、ダンス・ポップ/ディスコポップの軽快なナンバーで聞き手を魅了することだろう。そして、3rdアルバムにはなかったファニーな要素が加わり、摩訶不思議なエレクトロサウンドへと昇華されている。ホイットニー・ヒューストンの時代のダンス・ミュージックを踏襲し、それを歌モノとして昇華するのではなく、ドライブ感のあるクラブビートへと変容させるのが見事だ。80年代のディスコ・ポップ全盛期のレトロなモジュラーシンセのフレーズを交え、Kraftwerkを彷彿とさせるテクノへと展開していく。これは、リトル・ドラゴンのFredrik Wallin(ベース)、Håkan Wirenstarnd(キーボード)というメンバーが70年代のレトロなテクノに深い理解を持っているからなのだろう。しかし、それは70年代のニューウェイブを意識したナガノのボーカルによって、Sci-fi、スチームパンクの要素、そして、ジャズのホーンのフレーズが加わると、Krafrwerkとは別の何かに変化する。この変身ぶりというか、変化の多彩さには驚愕を覚える。この曲はテクノであるとともにニューウェイヴでもあるのだ。
前曲と同じように、4曲目もアルバムにまつわる茫漠としたイメージを強化する力を備えている。前曲と地続きにある感じの「Disco Dangerous」は、ディスコ音楽に対する親和性とそれとは相反するアンチテーゼと両方の意味が込められている。彼らは、旧来のミラーボールのディスコ時代を肯定するとともに、それを痛快に否定する。新しいものを生み出すために、である。Fredrik Wallinのファンクとベースラインを下地にしたベースの演奏は、Squarepusherのように巧みで聴き逃がせないが、それらのコアなファンクのアプローチとは正反対に、ナガノのボーカルはUKソウルのトレンドであるJUNGLEのように、現代的なソウルのニュートレンドを開拓している。ある意味で、アース・ウインド&ファイアーのレコードへの肯定と否定がネオソウルというジャンルを生み出したと仮定づけるなら、JUNGLEが巻き起こしたUKソウルの旋風にリトル・ドラゴンも乗り、「Disco Dangerous」を介して、その恩恵にあやかろうというのだ。そしてJUNGLEがそうであるように、リトル・ドラゴンもフロアのサブベースのラウドな音響性を意識したソウルの最深部の領域へとしたたかに歩みを進め、ターンテーブルの転調の手法を踏襲することによって、ラップとソウルの中間点を探る。結果として、それは”エンターテイメントとしてのソウルの真骨頂”をアルバムの中盤において形づくることに成功しているのである。
アルバムの中盤部においてシネマティック/シアトリカルな要素を具える「Lily's Call」も面白い一曲で、作品全体に何らかのストーリー性をもたらしている。それほど映画には詳しくないが、何らかの印象的なシーンの導入部として取り入れられてもおかしくはないこの曲は、シンセストリングス/シンセパッドのゴージャスな響きと、水の泡を想起させるブクブクという音により、聞き手の想像力をかきたてずにはいられない。更に続いて、アルバムの前半部とは異なるアヴァン・ポップがナガノのボーカルによって始まるが、ソウルをはっきりと意識していたアルバムの前半部とはまったく異なる印象を与える。今年度のポピュラー・ミュージックの女性シンガーの最高峰と称しても違和感がないバルセロナのキャロライン・ポラチェクのようなモダンポップをこの曲で楽しむことが出来る。しかし、このトラックには、近年のトレンドであるラテンやアーバン・フラメンコの影響は全くなく、それとは対極にあるアイスランドのエレクトロニックのような、神話的でファンタジックな性質を付加したアヴァン・ポップが展開される。これはファンタジック・ポップとも形容してもおかしくない奇妙な曲のひとつなのだ。
刮目すべきは、「ラップはないの!?」という例の要求の多いファンの期待に答えようというのが続く「Stay」だ。この曲では、アトランタのタンクトップとゴールドのチェーンがユニークなラッパー/JIDがフィーチャーされ、彼のまったりとしたボーカルとフロウが十分堪能出来る。しかも、ラップとネオソウル、エレクトロニックを融合させたトラックとJIDのボーカルは相性抜群であり、彼のラップとは別のソウルのバックグラウンドの一端に触れることが出来る。ユキミ・ナガノの清涼感のあるボーカルと、渋さのあるJIDのボーカルの合致も良い雰囲気を醸し出されている。アルバムの中では最もエンターテイメント性の魅力に迫った一曲として楽しめるはずだ。
続く「Gold」 は、金銭的な幸福とは別の仕合わせがこの世に存在するのか、というテーマに根ざして制作された。この曲では、アルバムの冒頭のUKガラージやベースライン、あるいはディープ・ハウス/アシッド・ハウスのコアなクラブミュージックへと舞い戻るが、一曲目や二曲目よりもはるかにナガノのボーカルはソウルフルでスモーキーな雰囲気を帯びている。ユキミ・ナガノが「Like Million Dollars……」というフレーズに抑揚を込めて歌う瞬間は、ディープハウスとネオソウルの中間にあるこの曲に強いアクセントをもたらし、また、ディープなグルーブ感を及ぼしている。加えて、ブリストルのトリップポップを意識した曲調は、リトルドラゴンの明るい側面とは別の暗鬱とした瞬間を捉えている。そして当然のことながら、Portisheadほどではないものの、ヒップホップのビートを加味したトラックにはアンニュイな雰囲気も込められている。このあたりのマニアックなポピュラー音楽へのアプローチについては大きく意見が分かれそうだ。しかし、少なくとも、これらの哀愁を交えたソウルの要素は、アルバム全体に聴きごたえと、上記のようなテーマについて熟考させるような機会をリスナーもたらすはずだ。
先行シングルとして公開された「Kenneth」は、Aphex Twinのようなノイズを下地にしたコアなエレクトロニックのイントロが印象的だ。その後はレゲエやダブといったジャマイカ音楽をこのエレクトロの中に(忍者の如く)忍ばせている。この曲もまた、アルバム冒頭の主要曲と同様に、上辺の部分と下部では鳴り響く音楽が異なり、「ミルフィーユ構造」とも称すべき奇妙な音楽性が貫かれている。 しかしながら、その後も一定のジャンルに規定されず、曲の流れの中で印象はランタイムとともに劇的に変遷を辿り、アイスランドのエレクトロニカのファンタジックな要素を加味することにより、ビョークの音楽性を思わせるアヴァン・ポップの最北へと落着する。ユキミ・ナガノのボーカルは相変わらずネオソウルの範疇にあるのだが、結果的にクレスタのような音色を配したトラック全体との兼ね合いにより、mumのフォークトロニカにも近い性質を帯びるようになる。しかし、この曲はテクノなのではない、レゲエやダブの強いグルーブが背後からファンタジックな音色とボーカルを支え、旧来にない摩訶不思議なダンス・ポップが生み出されている。それは「Fossora」においてビョークが探求したオーケストラ・ポップの音楽性とも異なり、リトル・ドラゴンにしか生み出し得ないスペシャル・ワンでもある。
Blurのデーモン・アルバーンが参加した「Glow」も奇妙な一曲だ。手法論としてはブリストルのトリップ・ホップや、かつてのUnderworldが制作したようなメインストリームのエレクトロの範疇にあるトラックではありながら、ここには暗澹たる雰囲気もなければ、雨模様を思わせるアンニュイな雰囲気もない。いや、どころか、この曲はアルバムの中で最も清々しさと清涼感が感じられる。しかも、それも月並みな感覚ではない。内側の暗がりからふと一筋の不可解なエナジーが放射され、その対面にある壁全体をそれらのエナジーでひたひたと満たしていくかのような抽象性の高いイメージにより彩られている。また、言い換えれば、真夜中の海の水面の上にふっと得難いものが浮かびあがるような神秘的な瞬間が、このアヴァン・ポップの象徴的なトラックに見出せる。デーモン・アルバーンのボーカルについては、これらのマニアックな要素にどっしりとした安定感を与え、また、それは同時に聴いていて安堵感を覚えさせるものもある。
10曲目まで一曲も捨て曲がないことを見ると、力作以上の評価がつけられなければ不自然である。アルバム発売のために仕方なく収録した曲が存在しないことに驚かずにはいられない。老舗レーベル”Ninja Tune”の真骨頂ともいえるこれらの高水準にある楽曲は、その後の2曲でもそのクオリティーは維持される。 「Tumbling Dice」はキュートな雰囲気を感じさせるネオソウル/エレクトロニックで、温和な雰囲気が漂わせる。ソウルとディープハウスの融合という彼らの主要な印象をわかりやすい形でとどめ、心をほんのり和ませてくれる。エンディング曲「Easy Falling」では、ニューヨークのソウル・シーンの新星、マディソン・マクファーリンのクラシカルなソウルとジャズ、リトル・ドラゴンの代名詞のエレクトロ・サウンドを融合させている。
これらの曲は、マニアックであるだけではなくメジャーである。言い換えれば、亜流でありながら王道を行く。それがスウェーデン・ヨーテボリのリトル・ドラゴンの頼もしいところだ!! いかにもNinja Tuneらしい作品で、旧来のレーベルのファンはリトル・ドラゴンの新作をマストアイテムとして必携することになろう。アーティスト自ら最高傑作と位置づける『Slugs Of Love』が、どれほどの商業的な効果を及ぼすのかは想像も出来ないが、前作に続き、グラミー賞にノミネートされたとしても、(あるいは受賞したとしても)それほど大きな驚きはない。”スウェーデンにはリトル・ドラゴンあり”ということを証明付ける画期的な一作である。
92/100
Little Dragonのニューアルバム『 Slugs Of Love』は Ninja Tuneより発売中です。オフィシャルショップでのご購入/ストリーミングはこちらから。
Weekend Featured Track-「Easy Falling」