【Weekly Music Feature】 Madeline Kenney(マデリーン・ケリー) 「A New Reality Mind」 アヴァン・ポップのシンガーソングライターの快作     




パンデミックを取り巻く静寂の中、マデリーン・ケニーは当時のパートナーと共有していた地下のスタジオで音のスケッチを描いていた。シンセのアルペジオにそって道を切り開き、ドラムがしっかりとタイトにスタッタリング/ディアリングする。このように、彼女は特に意図もなく曲を集めていった。


2022年、ケニーのパートナーは何の前触れもなく突然家を出て行き、彼女は何が起こったのかを解明する孤独な行為に突入した。その後、落ち込んだ彼女はこれらの曲を再び聴き、その中に何か予見的なものを見出した。彼女はすでに『新しい現実』の土台を築いていた。


しかし、彼女の関係が何の前触れもなしに終わったというのは、半分だけ真実だという。そしてその予期は、絶賛されたケニーのサード・アルバム『Sucker's Lunch』(2020年)にインスピレーションを与えた感情や恐怖の中にあった。新作アルバムは、ジェン・ワズナー(Flock of Dimes)との共同プロデュースによるもので、何があろうとも、新しい愛という一見確実な破滅に自由に身を投じるというアイデアを中心に据えている。


サウンド的には、『Sucker's Lunch』が良い物語の温かさに引き込まれる作品だとすれば、『A New Reality Mind』は、その呪縛を解こうとする真実の厳しい光を映し出している。しかし、朝の光には厳しさと同時に輝きもある。一日の明瞭さの中で見ることは、贈り物であり、革命なのだ。『A New Reality Mind』に収録されている曲は、愛を清算しようと躍起になるのではなく、自然であることを選んだ自分自身と向き合っている。


こうした視覚の概念は、ケニーがこれまでの人生で絆を保つためにしてきた自己の無限大の鏡の前に立つとき、意味を持つようになる。「I Drew a Line」では、ケニーはがむしゃらに生き続けるために自分に言い聞かせた物語と、それらの物語が知覚する現実を形作る方法と格闘している。彼女は、ジョン・バーガー(John Berger)の "Ways of Seeing"(見る方法)を思い起こさせる。


イメージの周囲にあるものはすべて、その意味を確認し、統合するものだ。ここでケニーは、心の空想に流されてしまう自分を辱めることに興味があるのではなく、むしろそうなってしまう人間の避けがたい傾向を調べることに興味がある。「私も他のみんなと同じように、平凡な災難に見舞われた人生を泥臭く生きている」と彼女は認めており、この感情はアルバムの冒頭を飾る「Plain Boring Disaster」にも響いている。「この曲の終わりに彼女は歌う「でも、終われば変われるんだ」


私たちは皆、繰り返される平凡な失恋を運命づけられているのかもしれないが、少なくとも私たちは自分の失策を目撃し、自分自身のために新しい現実を築く能力を培うことができると悟る。これはケニーにとって広大な作品であり、孤独な作品でもある。地下室で一人で制作・録音された曲は、痛みによって変容していく感覚を表現している。テクスチャーはぶつかり合い、衝突し、音の装飾は気まぐれに現れては消え、自己犠牲への80年代のポップ・エレジー「Reality Mind」のように、サクソフォンは手つかずのまま舞い上がる。

 

しかし、『A New Reality Mind』の推進力の中には、受け入れ、自己を許し、あらゆる方法で建設的な人生へと前進しようという意志も込められている。「くよくよするような生き方、もうやめたわ」とマデレーン・ケニーは『Superficial Conversation』では、自分を縛っている習慣について明言している。「自分がしたことを思い出す必要なんてない」と彼女は断言していて、この曲は、新しい空気を味わうために広がる微笑みのように、大きく、晴れやかに幕を開ける。

 


Madeline Kenney 『A New Reality Mind』 Carpark Records



 

先週のオスカー・ラングに続いて、Madeline Kenney(マデリーン・ケニー)の最新アルバムも失恋にまつわる再生への道のりを示した楽曲集となっている。そしてつくづく思うのは、多少その中にジェンダーレスな観念が入り交じると考慮したとしても、女性が書くラブ・ソングと男性が書くラブソングの性質はその本質からして異なるということを理解していただけると思われる。

 

マデリーン・ケニーの最新作『A New Reality Mind』にペーソスはほとんどありませんが、でも、それは悲哀を覆うベールのようなもので、すべての悲哀がかき消されたというわけではありません。そして、過去に訣別を告げるために今作は存在している。客観的に見ると、過去を適度に突き離し、彼女自身の苦々しい記憶を開放し、その記憶を塗り替える内容ともなっている。

 

また、『A New Reality Mindー新しい現実的な感情』の制作のプロセスにおいて、たとえマデリーン・ケニーが数年の恋愛を「閉鎖的なもので、楽しいものではなかった」と振り返るにしても、過ぎ去った記憶を矮小化し、それらの古い記憶を新しい記憶によりアップデートするべく、アルバムの制作の道のりで模索しようとしている。


「Intro」はインストゥルメンタル曲で、傷んだ魂をやさしく包み込むような美麗なアンビエント風の抽象的なシンセ・ピアノが序章となり、その後の展開への呼び水となっています。このイントロは、アルバムの重要な主題を形成し、その後の収録曲のイメージを膨らませるための効果を発揮している。同時にこの曲は、アーティストにとって欠かさざる治癒のプロセスを示している。

 

#2「Plain Boring Disaster」では、「飾り気のない飽き足りた不幸」と題されている通り、彼女の人生に起きた異変をシニカルに捉えながら、IDMというフィルターを介して、現代的なポップネスとして昇華している。ダウンテンポ風の秀逸なトラックメイクに加えて、甘美なマデライン・ケニーのボーカルが特徴的な一曲だが、とても爽やかな雰囲気に彩られている。

 

#3「 Superficial Conversation」は、アルペジエーターをベース・リードのように見立てて始まり、その中で70年代や80年代のシンセ・ポップ調の曲へと移行していく。これらのレトロな曲の趣味が軽快なポップの新奇性を生み出し、最終的に、Mitski、St.Vincentの代表曲を彷彿とさせる王道のシンセポップの形式に移ろう。中盤では、Bjorkの最初期の清涼感のあるシンセポップに近いアンセミックな響きを帯びる。その後、複雑なアルペジエーターの連鎖により、意外性のある展開へと突入していく。

 

タイトル曲のような意味を持つ「Reality Mind」は、マデリーン・ケリーがミュージシャンとしてオーストラリアのシンガーとの良好な関係を維持してきたことで生み出された良曲である。フォーク調の楽曲は緩やかな展開の中にあり、適度な心地よさを感じさせ、そして、Hatchieから触発された音楽性の影響を内省的なシンセ・ポップと融合させ、優れた曲を生み出している。

 

「I Draw The Line」

 

 

前作『Sucker's Lunch』の作風からは想像できない実験的なエレクトロの要素を絡めた「I Draw The Line」も聴き逃がせない。


この曲には、それほど劇的な展開は用意されていませんが、人生の中にあった不幸な出来事の先にどのような線を引いていったのかを見い出せる。この曲でも前曲と同じように、アルペジエーターを駆使し、エクスペリメンタルポップの新境地を開拓している。リズミカルなビートの心地良さは、レトロなテクノを下地にし、サビでは、ケリーは軽快なボーカルを披露している。シンセ・ポップを基調にしたソングで、その中にチルアウトの要素が取り入れられている。

 

「Red Emotion」は、アルバムの音楽性の多彩さを象徴づける一曲で、アンビエントの源流であるニューエイジの影響を感じさせる。ここでは、テリー・ライリーのエキゾチックなシンセのベースリードを最大限に駆使し、イントロのアジアンテイストな作風からモダンなシンセ・ポップへと変遷を辿る。マデリーン・ケリーのボーカルはEnyaの神秘的な領域に達する時もあり、清涼感のある雰囲気に縁取られている。

 

続いて、「The Same Again」はゴスペルに触発されたハートウォーミングなイントロがじんわりとした感覚をもたらす。しかし、その後、彼女が敬愛してやまないスティーリー・ダンのディスコの黎明期の雑多な音楽性を取り入れた上で、抽象的なIDMの要素をかけ合わせ、実験系なポップに昇華させている。続くHFAMは前曲と同じスタイルを受け継いだ上で、 PC Musicに所属するインディーポップ・アーティストや、ロシアのKate NVのようなグローバルなポップネスの流れを汲んでいる。

 

 「Leave Me Dry」

 

 

インストゥルメンタルとしても聴かせる「Leave Me Dryも、過去のほろ苦い記憶をできるかぎりドライに突き放そうという心理の表れだろうか。その点が淡々としたIDMとポップの融合にも反映されています。この曲でも、マデリーン・ケリーは調和的なポップスという形を追求しています。人生のリアリティの中にちょっとした癒やしをもたらそうというシンガーの考えによるものなのではないかと思われる。


アルバムのクローズExpectationsは様々な想像の余地のある一曲です。この曲ではアーティストらしい側面が立ち表れ、その感覚がエクスペリメンタル・ポップという現代的な形式に絶妙に溶け込んでいる。


全11曲を聴いて少なからず安心感を覚えるのは、その考えが無理のない概念に裏打ちされており、自然なポップミュージックとして昇華されているから。派手な印象のアルバムではないけれど、現代のミュージックシーンのオアシスとなりえる。本作を聴いていると、ハンモックに揺られ、ゆったりと寛いでいるシンガーソングライターの姿が脳裏に浮かんで来そうです。

 

 

86/100

 

 

Madeline Kenney(マデリーン・ケリー)のアルバム『A New Reality MInd」はCarpark Recordsより発売中となっています。アルバムのご購入/ストリーミングはこちらから。