New Album Review   Bleach Lab 『Lost In A Lush Of Emptiness』

Bleach Lab 『Lost In A Lush Of Emptiness』

 

Label: Nettwerk

Release: 2023/9/22

 

 

Review

 

  

ロンドンのBleach Labは、結成当初からデビューEPを2022年に発表するまでの4年間、刻々と変化する日々の中でバンドとしての実験的なビジョンを実現するため、メンバーを少しずつ追加していった。2017年、ベーシストのJosh Longman、ギタリストのFrank Watesによるデュオとして結成。その後、ボーカリストのJenna Kyleを迎え、2021年の初めにドラマーのKieran Westonを迎えた。Bleach Labの音楽はドリーム・ポップの旋律に、感覚に重きを置いたボーカル、抒情的なギターライン、曲の雰囲気を引き立てるシンプルなベース、ドラムが掛け合わされて作り出される。

 

オープナー「All Night」は、バンドの格好のアピールの機会となったEPの音楽性の延長線上に位置する。そして、メロディーの運び方には、Alvvaysのような親しみやすさがある。ただ、パンクの要素は薄く、良質なメロディーに焦点が絞られ、インディーポップに近い音楽として昇華されている。続く「Indigo」は、現行のUSインディー・ロックとも親和性がありそうだ。ボーカルに関してはブリット・ポップの系譜にある。喉をわずかに震わせるようにしてナイーブなビブラートを交えて歌われるジェンナ・カイルのボーカルは、バンドのサウンドの中核を担い、ジョニー・マーに比する繊細なギターと合わさり、叙情的な空気感を生み出す。正直なところ、モダンな歌い方とは言いがたいが、普遍的なボーカルがリスナーに共鳴する瞬間を呼び起こす。Nettwerkと契約したことで、プロダクションの面でも強化された。ストリングスのアレンジがドリーム・ポップの音楽性に気品を添え、曲の叙情性を高めていることは言うまでもない。

 

カナダの大手レーベルと契約したことは、デビューEPのロックバンドとしての素質に加えて、ボーカリストのポピュラー・シンガーとしての隠れた才質をフィーチャーする機会をもたらした。アルバムのタイトル曲代わりである「Counting Emptiness」は、Sinead O'Conner(シネイド・オコナー)のポップ・センスを彷彿とさせるものがある。加えて、ジェンナ・カイルのボーカルがドリーム・ポップの音楽性と鋭く合致し、普遍的な響きを持つポップスが生み出されている。曲の中に見られるロマンティックな雰囲気は、ボーカリストの詩情が歌詞や旋律に転化されたことにより生じ、カイルは、その時々の人生観を丹念かつ丁寧に描写しようとしている。

 

「Counting Emptiness」

 

 

「Saving Your All Kindness」では、ソフトな感覚のインディーポップへと転じている。特にこの曲にも、それほど劇的な展開は見られないが、 ギターラインの作り込みやそれを補うシンプルなベース、ドラムがボーカルの内省的なメロディーを絶妙に引き立てている。この曲では、なぜ、彼らがバンドとして活動しているのか、その要因の一端を捉えることが出来るかもしれない。続く「Everything At Once」に関しては、一見すると、ロンドンのインディーポップバンドとそれほど大きな差異を感じないかもしれないが、実際のところは、カイルのスポークンワードを基調にしたボーカルからポップバンガー的な響きに移行する瞬間、鮮やかな感覚を及ぼす。中盤からは、PVAのようなシュプレヒゲサングの歌い方に転じ、ポスト・パンク的な音楽性へと移行する。一曲の中で絶えずジャンルが移り変わるような形式は清新な印象をもたらす。

 

全般を通して、アートワークに象徴されるペーソスに充ちた感覚は、ジェンナ・カイルのボーカルの主な印象を形成している。「Nothing Left To Lose」では、内省的な感覚が心地よいドリーム・ポップ風のメロディーと結びつく。それらは心の機微を表す糸のように絡まりながら、曲のインディー・ポップの中枢を形成している。展開も簡素であり、Aメロの後すぐに跳躍的なサビのフレーズに移行する。シンプルな対比的な構造は、アンセミックな瞬間を呼び起こす。ベースラインとギターラインの絶妙な和声感覚により、エモーショナルな雰囲気を醸成している。もちろん、こういった曲は、ステージで大きな効果を発揮するポテンシャルを秘めている。


「Nothing Left To Lose」

 

 

以前の段階で、バンドは、Slowdiveにも近い、甘美的なドリーム・ポップの世界を探求していることがわかる。続いて、「Never Coming Back」では、その感覚的な悲しみの度合いを増し、ほとんど内的な痛みを隠しそうともせず、多彩な感情性をそのメロディーやフレーズと綿密に同化させている。こういった曲には、J-Popにも近いエモーションが含まれている。どちらかと言えば、メロディー性を重視した楽曲に近く、表立ったアピールを遠慮する控えめな感覚が曲の全般に散りばめられて、それが切なさとも儚さともつかない、淡い抽象的な印象をもたらすのだ。


続く「Smile For Me」では、アルバムの序盤の収録曲で暗示的に示唆されていた恋愛観を交えつつ、オルタネイティヴなポップセンスを発揮している。分けても、サビの意味合いのあるボーカルの高音部が強調される箇所では、平均的なインディーポップグループ以上の存在感を示し、バンドのアンサンブルで構成されるポップバンガーを生みだしている。ただ、もしソロであったら、こういった曲にはならないかもしれず、最初期からバンドサウンドの素地を入念に作り込んできた、Josh Longman、Frank Watesのベースとギターのセッションの集大成とも取れる。

 

以後も、才気煥発なイメージを保ち続ける。「Leave The Light On」では、ソフトなポップセンスをバンドの主要なドリーム・ポップというアプローチと結びつける。それは「Life Gets Better」でも一貫して、良質で親しみやすいポップスを求めるリスナーの期待に応えようとしている。アルバムのクローズを飾る「(coda)」は、クラシックの形式のコーダが取り入れられているが、こういった試みはそれほどわざとらしくは感じられない。いや、それどころか、アルバムを聴き終えた後、切ないセンチメンタルな感覚が目の前を過ぎ去っていくような気がする。

 

デビュー作『Lost In A Lush Of Emptiness』は、四人組がどうあっても形にならぬものを音楽たらしめた美しき感情の結晶体である。その時々の感覚を大切にしたどこまでも澄んだインディー・ポップという点は貴重で、現在のミュージック・シーンを見るかぎり、鮮烈な印象をもたらす。

 

 

84/100