Yeule
・エヴァンゲリオン等、日本のカルチャーからの影響 仮想現実と音楽の連結
Yeuleはシンガポール出身、現在、ロンドンを拠点に活動するSSW。ご存知の通り、Ninja Tuneの看板アーティスト。先週『Softcars』を同レーベルからリリースした。それ以前に2作のアルバムを発表している。現在、ヨーロッパツアーを開催中であり、ロンドンのDIYのカバーストーリーを飾った。今、ロンドンのポップシーンで大きな注目を受けていることは間違いない。
Yeuleの音楽は、ドリーム・ポップ、シューゲイズ、ノイズ・ポップの融合体、あるいは、その未来系である。しかし、アーティストは明確にジャンルの規定を避け、バーチャルとAIのカルチャーに根ざしたテクノロジーの未来を予見させる音楽を生み出そうと試みる。それはバーチャル・リアリティと、アーティストが住まう現実空間を直結させる働きを成している。Yeuleの音楽は、現実世界に鳴り響くものであるが、同時に仮想空間でも鳴り響く。リアルとバーチャルな導線をつなげる役割を持っているのだ。しかし、こういった2つの空間を繋げる音楽はどこから生じたのだろう。
・ポスト・ヒューマンという認識
そもそも、Yeuleの名を冠して活動するアーティスト、ナット・チミエルは”ポスト・ヒューマン”という認識を自らの実存性に関して抱いているという。旧時代、アダムとイヴがいて、教えに反し、禁断の実を食べたことで、例の楽園を追われ、地上という煉獄に行き着いた。そういった旧約聖書の人類史の神話的なエピソードは、現在的な感性からはいくらか理解しがたいものである。たとえ、それが文化史の美徳であると仮定づけたとしても……。原初的な男と女という2つの性はやがて、それらの境界線を失い、ユニセックスな存在として現代の人々の観念の中にひっそりと潜んでいる。
「ノンバイナリー、または、フィジカル的に認識されないことを好みます」とYeuleは話す。「シンガポールに住んでいた頃、画家として出発し、10代の時代の多くを引きこもりとして過ごしました」Yeuleは語った。「これが私の自己観や仮想現実への繋がりに深い影響を及ぼしました」
テクノロジー最盛期、特にバーチャル空間と最も近い場所にいたYeuleがこれらの2000年以降の急速なテクノロジー改革の影響を受けて、それらの仮想現実を通じてアーティストがアイデンディディを獲得していったことは、それほど想像に難くない。
・『新世紀エヴァンゲリオン』からの影響
Yeuleの音楽的な背景を見るかぎり、日本のカルチャーからの影響が深いことが分かる。平成時代、一世を風靡し、現在はゴジラ・シリーズ等を手掛けるアニメーションの巨匠、庵野監督がジブリの後の時代に制作した『新世紀エヴァンゲリオン』のオリジナル・シリーズと劇場版からの影響だ。
「初めてエヴァンゲリオンを見たのは、12歳の頃だったと思います。当時はよく作品に関して理解できなかったため、16、17歳くらいのとき、シリーズ全体と3つの映画を見ました。とても素晴らしい芸術作品です。今では、毎年繰り返し見ています。それでも、そのコンセプトがあまりに美化されすぎているので、実際の深さそのものが空洞みたいに見なされていると思う。NGEは子供の頃の私のアイデンティティを形成したし、聖書のイメージを通した神との関係、及び実存的な(現実に対する)風刺がどのように繋がったのかを描写することによって、心理的なトラウマを解消するのに役立ったのです」
©︎Neil Krug |
・自分の音楽をどのように捉えているのか
実際の音楽観念についてはどうだろう。 ドリーム・ポップともシューゲイズともノイズ・ポップとも解釈出来る音楽。少なくとも、Yeuleは自らの認識と同じように自分のプロジェクトの音楽を直感的に捉えている。
「私がこれまでに感動してきた音楽は、自分が作った作品に非常に近いと思います。ノイズやディストーション等、慣れ親しんだサウンドを選んでます」それに加えて、Yeuleにとって音楽は、現実空間に鳴り響くバーチャルな媒体ではなく、それは仮想的なものと現実的なものをすり合わせる意味がある。「それは頭の中で鳴る音のように、その空間を揺るがし、そしてそのウェイブが壁のようなものを破るとき、私の頭の鳴っているものがピタッと止まる。美しいサウンドを具えたその曲は、別次元の音の絵画のようであり、その周波数に関しても耳に届いて来る。割れないガラスは正弦波として薄紫の色に輝く。私が表現しようというもの、それは青空が地面に崩れ落ち、そして私とあなたたちの上に崩れ落ちるその寸前の何かを捉えているのかもしれない」
これまで2作のフルアルバムを発表しているYeule。しかし、今回は特に意図するところが明らかになり、そして、そのサウンドが持つ魅力がシンプルに伝わってくるような気がする。それはひとつ理由があり、パンデミックでの経験が音楽に対するアプローチ、あるいは音楽にたいする観念を変えたのだ。
「沈黙がいつもあることや、私が経験していることを目撃する人がいない場合、孤独が私を蝕むことに気がついた。例えば、多くのファンが私のことを目撃できれば、『FF Ⅶ』のリメイクのゲームプレイ全体を通じて、私の姿を追いかけられるはずだし、Minecraftで一大的な世界を築きあげることができれば、私とおんなじように多くの人が救われると思う。こういった行為には仲間意識のようなものがありますよね。だから、そういった人たちと一緒に思い出のようなものを作っていければ、と思っているんです」
・SNS、コミニケーションチャットでの交流
現代の多くのアーティストと同じように、Yeuleは、SNSやコミニケーションチャットを有効活用している。
現代のテクノロジーの変革を敏感に捉え、そのウェイブを活かすことによって、自らの考えを純粋に多くのファンに対して広め、交流を深めている。このことに関して当のアーティストはどのように考えているのか。
「2019年に、サイバー・ディメンション、Discordのアカウントを作りましたが、誰もが安全で受けれられ、孤独を感じないための仮想空間を作成したのは、2020年11月のこと。そして、それは私の音楽を通して、人々が繋がれるようにするためでした。それまで他人でしかなかった人たちが、私の音楽を通じて知り合い、そして彼らが友情を築きあげていくのを見るのは、本当に感動的でした」とYeuleは語った。「同じユーザーの名がポップアップに表示されるのを見て、多くのユーザーの存在が認識できたし、またそれは私にとっても自分が愛されていることを再確認することが出来ました」
・カバーについて、今後希望するアーティストとのコラボレーション
こういった全般的な音楽と関連する媒体との連携に加えて、もう一つ、Yeuleの現在の音楽を核心を形成しているのが、複数のアーティストのカバーである。
「”These Days”というナンバーの原曲は、ジャクソン・ブラウンによるものですが、私は14歳のとき、Nicoのカバーを聴いたんです。言葉に含まれる詩、そして、メッセージの伝え方に感動して、以来、私のお気に入りの曲の一つになりました。私は外を歩いていた/最近はあまり話さない/私の失敗を私に突きつけないで/私はそれを忘れていたのに。こういったフレーズを再生するたび、感動して涙がでてきました」しかし、アーティストは、この曲をあまりヘヴィー・ローテーションすることができないという。でないと、ベッドでまるくなって、食事を忘れてしまうくらいになるのだから。
アーティストは『Softcars』をリリースしたばかりであるが、多くのコラボレーションを夢見ている。
「Grimes,Bjork、Adrian Lenker,Alex Gといったアーティストを私は尊敬してやみません」とYeuleは語った。「彼らの作品は、私の魂の一部を変えたし、また、私の心を引き裂くくらいの力があった。良い意味で、心が真っ二つになっちゃうんです。特に、エイドリアン・レンカーは素晴らしいですよね。この世代の心を痛めるようなソングランターの一人でしょうし。また、Alex Gも尊敬していますね。彼のソングライティングをなんとか上手く吸収していければ、と考えているんです。また、ファンタジーではあるものの、いつか、Arcaと一緒に仕事をしてみたいなと思っています。彼女が生み出すサウンドに対する意図を高く評価しています。私は、プロデューサー、アーティストとしての彼女の仕事に本当に共感していて、また、とても尊敬しています」