Chirsrtina Vanzou/ John Also Benett / Κλίμα (Klima)
Label: Editions Basilic
Release: 2023/ 9/29
Review
CVとJABによる『Κλίμα (Klima)』は、「Christina Vanzou,Michael Harrison,and John Also Benett」、『No.5』に続くフルアルバム。全2作のインドのラーガ音楽、さらにフィールド・レコーディングを交えた実験音楽の延長線上にある作風となっている。先日、デュオは、英国で初めてジブリ作品を上映したことで知られるロンドンのバービガン・センターでライブを開催した。
デュオとしてのライブでは、ハードウェア・シンセやフルートの演奏を取り入れて、実験音楽とジャズ、エレクトロニックの融合をライブ空間で披露しているようだ。また、JABは、ニューヨークのRVNGからアルバムを発表しているSatomimagaeさんの友人でもあるとのことである。
昨年、2作のフルレングスを発表しているCVではあるが、最新作については、それ以前に制作が開始されたという。2021年、ポルトガルのブラガにある、ユネスコの世界遺産、”ボン・ジェスス・ド・モンテ”での公演に招かれたことをきっかけに、『Κλίμα』の音楽は、以後の2年間、ライブ実験、周期的なスタジオ・セッション、テネリフェ島のアンビエンスへの旅を通じて、作品の完成度を高めていった。アルバムの核心をなす物語が生まれたのは、火山島でのこと。風景を彩る極端に異なる微気候の中で、1ヵ月にわたってレコーディングが行われた。砂漠から熱帯雨林へと移り変わるCV & JABの創造性の閃きは、10曲にわたって、作品に浸透する外界と内界の抽象的なオーディオ・ガイドとして呼び起こされる、とプレスリリースでは説明されている。
このアルバムの実際の音楽の印象については、ブライアン・イーノのコラボレーターであり、アンビエント音楽の定義に一役買った、LAの現代音楽家、Harold Budd(ハロルド・バッド)に近いものである。
ピアノ・アンビエントや、フィールド・レコーディングを交えた実験的なコラージュ、そして、 アフロ・ジャズ/スピリチュアル・ジャズを想起させるフルートの伸びやかな演奏、さらには、「Christina Vanzou,Michael Harrison,and John Also Benett」で見受けられたインドのラーガ音楽の微分音を取り入れたアプローチ、それに加え、構造学的な音作りやCVのアンビエントの主な性質を形成するアートへの傾倒という観点も見過ごすことは出来ない。デュオは、これまでの豊富な制作経験を通して培ってきた音楽的な美学を組み合わせて、構造的でありながら感覚的でもある、具象芸術とも抽象芸術ともつかない、アンビバレントな音像空間を造出している。
#1「Κλίμα (Klima)」、#4「Lands of Permanent Mist」の2曲は、これまでのCVの主要な音楽性の一端を担ってきたピアノ・アンビエントの形でアウトプットされている。
前者は、アルペジオを中心としたアイディア性と閃きに満ちた短い前奏曲であり、後者は、テネリフェ島の空気感をハードウェア・シンセサイザーのシークエンスとピアノで表現し、抽象的なアンビエントを作り出す。
「Lands of Permanent Mist」は、ピアノの弦をディレイてリバーブで空間的に処理し、音像をプリペイド・ピアノのように変化させる。さらに、デチューンを掛け、ピアノの倍音の音響性の可能性を広げる。上記2曲に関しては、CVの作曲性の中に組み込まれる癒やしの質感を擁し、リスナーの五感に訴えかけようとする。まるでそれは音楽が外側に置かれたものとして見做すのではなく、人間の聴覚と直にリンクさせる試みのようでもある。
同様の手法を用いながらも、こういった従来の安らいだピアノ・アンビエントと対極に位置するのが、#3「Messengers of The Rains」となる。この曲ではCVの作風としては珍しくゴシック的な気風が取り入れられ、ミニマル・ミュージックと結びつけられる。その中に、ボーカルのコラージュを取りいれ、『Biohazard』に登場するゾンビのようなボイスを作り出すことで、ホラー映画や、フランシス・ベーコンの中後期の絵画に見られる、近寄りがたく、不気味な印象性を生み出す。
一見したところ、#1、#4におけるアンビエントの癒やしの感覚が、アルバム全体の主要な印象を形成しているように思えるが、こういったワイアードな感性を持つ楽曲がその合間に組み込まれると、デュオのもう一つの特徴である前衛性の気風が表向きの印象を押しのけて矢面に押し出され、美的な感覚と醜悪な感覚が絶えず、せめぎ合うかのようなシュールな感覚を覚えさせる時がある。これらのコントラストという西洋美術史の基礎を形成する感覚は、アルバムの中で動きを持った音楽、及び構造的な音楽という印象をもたらす。
ボーカルのサンプリングのコラージュの手法は、#5「Jetsteam」にも見いだせる。ラスコーの壁画を思わせる原始的な芸術への傾倒や、実際に洞窟の中で響き渡るようなボーカルの音響性は、前作アルバム『No.5』で示された作風であるが、それらの感覚を原始性の中に留めておくのではなく、モダンな印象を持つシンセのシークエンスやピアノの断片的な演奏を掛け合わせ、オリジナリティ溢れる音楽性を確立している。
ここにも、CVとJABの美的な感覚が抽象的に示されている。曲の終盤においては、ディレイや逆再生の手法の前衛性の中に突如、坂本龍一が用いたような和風の旋法を用いたピアノのフレーズが浮かび上がる。従来のデュオのコンポジションと同様、立体的な音作りを意識した音楽であり、「空間芸術としてのアンビエント」という新鮮な手法が示されている。やがて、タイトルにもある「ジェット・ストリーム」をシンセサイザーで具象的に表現したシークエンスが織り交ぜられ、アンビエントの重要な構成要素であるサウンドスケープを呼び起こしている。
このアルバムをより良く楽しむためには、CVのピアノやシンセの音楽的な技法を熟知しておく必要があるかもしれないが、もうひとつ、本作の主要なイメージを形成しているのが、JABのフルートである。#6「Fields Of Aloe Vera」では、海辺の風景を思わせる情景へと音楽の舞台は移ろっていく。
そこに、ニューエイジ/スピリチュアル・ジャズを多分に意識したJABのフルートのソロの演奏が加わるや否や、アルバムの表向きのイメージは開けたジャングルへと変遷を辿ってゆく。しかし、JABの演奏は、Jon Hassel、Arve Henriksenさながらに神妙で、アンビエントに近い癒やしの質感に溢れている。トリルのような技巧を凝らした前衛的な演奏は見られないが、JABのフルートの演奏、及び、オーバーダビングは、水音のサンプリングと不思議と合致しており、広々とした安らぎや癒しを感じさせる。
そういった不可思議なスピリチュアルな感覚に根ざした実験音楽の片鱗は、他にも、フィールド・レコーディングの前衛性を徹底して打ち出した#8「Take The Hot Route」、JABのジャズに触発されたアンビエントとの融合体である「Pottery Fragments」で分かりやすく示されている。
CV、JABの作曲技法や音楽的なインスピレーションを余すところなく凝縮した『Κλίμα (Klima)』。これは、文明社会が見落として来た、音楽を通じて繰り広げられる原初的な人間の感覚への親和、あるいは、その感覚への回帰であり、また言うなれば、五感の旅を介しての魂の里帰りなのである。
85/100