くるり 『感覚は道標』- New Album Review

 くるり 『感覚は道標』

Label: Victor

Release:2023/10/4

 

Review 

 

立命館大学のサークルで結成されたQurulli(くるり)。1990年代から日本のロックシーンを支えてきた貢献者でもある。


親しみやすいメロディー、ロックバンドとしての卓越した演奏力、そしてグルーブ感を生かしたライブサウンドをモットーに、これまで数々の邦楽のロックを作り出してきた。2021年の『天才の愛』発表後、パンデミックを経て、お目見えとなった『感覚は道標』は、輝かしいロックンナンバーが満載である。(先日、Real Soundに掲載された田中宗一郎さんとのインタビューにおいて、その全貌が語られています。曲の採点もなさっているので、ぜひ興味のある方はチェックしてみましょう)

 

このインタビューでも語られている通り、岸田繁さんは「片面がはっぴいえんど、もう片方がビートルズ」と、このアルバムについて仰っている。また、田中宗一郎さんは「桑田佳祐を思わせるものがあった」と語っていた。

 

個人的な感想としては、はっぴいえんど、及び、大滝詠一のソロ作品が一番近いのではないだろうかという印象を持った。加えて、ローリング・ストーンズのキース・リチャーズが好むようなブギーやブルースを取り入れたギター・リフを活かし、時には、ビートルズの『ラバー・ソウル』時代の音楽性を取り入れ、それらをQurulliらしい戯けたような感じのロックとして昇華している。くしゃみから始まる「Happy Turn」はオアシスの「ワンダーウォール」の咳払いに対するオマージュ。しかし、その後に始まるのは、ビートルズ/ローリング・ストーンズ調のギターリフと、大瀧詠一のソロ作品のような甘い感じのメロディーが歌われる。その合間には、ザ・フーのピート・タウンゼントのモッズ・ロック時代の爽快なリフが小節間に導入され、軽やかな印象を生み出す。他にも、繋ぎとしてローリング・ストーンズの「Rocks Off」のギターラインのオマージュを導入し、彼等のキャリアの中でも最もロックンロール性を感じさせる。

 

 

大瀧詠一の「君は天然色」、「幸せな結末」に象徴されるサウンドからの影響は次の「I'm Really Sleepy」においても反映されている。しかし、岸田繁が歌うと、それがいささか渋みのある印象に縁取られる。おそらく、このあたりがタナソーさんが指摘する、桑田佳祐らしさなのかもしれない。続く「朝顔」は、後に、レイ・ハラカミがリミックスとして発表した「バラの花」のミュートを用いた軽妙なバッキングギターで始まる。これらは旧来のファンとしてはイントロを聴くだけで、気持ちが沸き立つものがある。そして、その期待感を裏切らず、エレクトロニックを取り入れた洗練されたロックサウンドへと移行していく。センチメンタルで湿っぽい歌詞は、Qurulliの代名詞的なリリックであるが、シンプルではありながら掴みのあるサウンドは、The Policeのスティングが書いたMTV時代のポップサウンドに近い雰囲気が漂っている。現在のUKロックにも近い清涼感のあるナンバーは、多くのファンの期待に添えるものとなっている。

 

大滝詠一を彷彿とさせるサウンドの風味は「California coconuts」でも受け継がれ、甘酸っぱい感覚が全体に迸っている。コード進行はきわめてシンプルではありながら、長調の中に単調を巧緻に取り入れながら、ジャングル・ポップやパワー・ポップ風のサウンドとして昇華している。リズムを生かしたバッキング・ギターは、The Knackの「Oh Tara」を思わせる。このあたりの口当たりの良さと渋さを兼ね備えたロックサウンドは、Qurulliの代名詞的なものである。サビの前に現れるメロディーの駆け上がりもワクワクした感覚を与え、軽快なウェイヴを生み出している。ここには三人組であるがゆえに作り出せる綿密なバンドサウンドと、岸田繁の傑出したメロディーセンスが、2020年代の優れたJ-POPサウンドの精髄を生み出すことに繋がった。

 

 もうひとつ、新しい要素として加わったのが、幻想的なアメリカーナ(カントリー/ウェスタン)からの影響である。これらの幻惑的なサウンドの影響を彼らは巧みに取り入れ、それをやはり親しみやすいロックサウンドの中に落とし込んでいる。これは、くるりのオルタナティヴ・ロック・バンドとしての性質が色濃く反映されている。例えば、現行の米国のインディーロックバンドの多くはごく普通のアメリカーナの影響を昇華し、現代的なループ・サウンドの中に反映させているが、そういった現代的なUSロック・バンドからヒントを得た一曲でもある。まったりとしていながらも乾いたギターサウンドが、聞き手を安らいだ幻惑の中に引き込む。

 

バグパイプの演奏をイントロに取り入れた「LV69」もQurulliが常に新鮮なサウンドを思索していることの証左となる。 ここでは、サザン・オールスターズのようなソウルフルかつニヒリスティックなリリック、そしてボーカルの節回しを卒なく取り入れ、ブギー/ブルース色の強い個性的なロックサウンドを生み出してみせている。ループ・サウンドを基調としているが、それらの中に印象の変化があるのは、セッションから生じる実験的な部分を重んじているがゆえなのだろう。特に中盤のギターソロに関しては、白熱したバンドセッションの息吹を録音に留めている。これらの精細感のあるライブサウンドは、旧来のスタジオ・アルバムという観点を飛び越え、ライブ録音とスタジオ録音の中間にあるユニークな性質をもたらすことに成功している。

 

ロックバンドとしての多彩な性質は以後、才気煥発な瞬間性を見せる。続く「daraneko」ではサーフ・ロックやヨット・ロックを意識したコアなギターサウンドを特徴としている。 しかし、そういったイントロの印象も前衛的な印象性を擁するシンセサイザーのシークエンスや、岸田繁の抽象的なボーカルが加わると、化学反応を起こし、単なるリバイバルサウンドの範疇から離れ、清新な印象のあるロックサウンドへと様変わりする。さらにシンセにより具象的なドラネコの声を表現したりと、遊び心溢れるロックサウンドに仕上げているのは見事としか言いようがない。これまでのくるりの主要なイメージであるユニークさが反映された一曲として楽しめる。

 

 

アルバムの終盤に至ると、より渋みのあるサウンドが立ち現れる。「馬鹿な脳」では、ブルースとミュージカルを掛け合せたようなサウンドに挑戦し、「世界はこのままでは終わらない」では、スライド・ギターを取り入れ、はっぴいえんどに近い70年代のロックサウンドを体現している。ローリング・ストーンズ、はっぴいえんどの「台風」のようなブルージーなロックサウンドに果敢に挑戦し、しかもときには、ブリット・ポップのメロディーラインと合致し、最終的には、90年代のBlurのような精細感のあるロックサウンドへと昇華されている。以上の変幻自在なアプローチは、ロック、ポップ、J-POPと、その楽曲の展開ごとに、くるくると印象が様変わりする。歌詞の中では、世の嘆かわしい出来事を断片的に織り交ぜながらも、表現性は明るい未来に向けられている。これらの批評的な精神とメッセージ性に溢れた曲は、現代の日本の音楽の中にあって鮮やかな印象を及ぼす。事実、この曲で繰り広げられるサウンドは、くるりがロックバンドとして、これまでとは別のステップに歩みを進めたことの証となるだろう。 

 

くるりが三十年近いキャリアの中で一貫して示してきたのは、音楽をそれほどシリアスに捉えず、万人が楽しめ、なおかつまたユニークなものとしてアウトプットしようということである。「お化けのピーナッツ」は、タイトルからも絵本のような可愛らしさがあるが、実際の音楽性も、それ以上にユニークである。サルサ、フラメンコを始めとする南米圏の音楽の旋律とリズムを巧みに取り入れて、それらを奇妙なほど親しみやすい日本語のポップスに組み上げている。戯けたような印象は、サザン・オールスターズの全般的な楽曲や、松任谷由実の「真夏の夜の夢」の時代の華やいだJ-POPの最盛期を彷彿とさせる。


日本の音楽と世界の音楽の双方の影響を織り交ぜた新たなクロスオーバーの手法は、その後も続き、「no cherry no deal」では、ミッシェル・ガン・エレファント、ブランキー・ジェット・シティ、ギター・ウルフを思わせる、硬派で直情的なシンプルなガレージ・ロックへと変貌し、更に「In Your Life」では、Sebadoh、Guded By Voices、Pavementに象徴される90/00年代の米国のオルト・ロックの影響を反映させたコアなアプローチへと変遷を辿る。また、クローズで示される「aleha」における、ニック・ドレイク、ジャック・ジャクソンを思わせるオーガニックなフォーク音楽へのアプローチもまた、彼らが音楽に真正面から向き合い、それをいかなる形で日本の音楽にもたらすべきか、数しれない試行錯誤を重ねてきたことを明かし立てている。

 

アーティストやバンドは、よくデビューして数年が旬であり、華であるように言われる。しかし、アメリカやイギリスの例を見ていて、最近つくづく感じるのは、デビューから30年目前後に一つの大きな節目がやって来るということである。音楽家としての研鑽を重ねた結果、十年後、二十年後、時には、三十年後になって、最大の報酬が巡ってくる場合もある。今回のQurulliの新作アルバム『感覚は道標(Driven By Impulse)』には心底から驚かされるものがあった。

 

 

90/100