Sampha 『Lahai』- New Album Review

 Sampha 『Lahai』

 

 

Label: Young

Release: 2023/10/20



Review

 

アルバムの終盤部に収録されている「Time Piece」のフランス語のリリック、スポークンワードは、今作の持つ意味をよりグローバルな内容にし、そして映画のサウンドトラックのような意味合いを付与している。

 

2017年のマーキュリー賞受賞作「Process」から6年が経ち、サンファは、他分野でにその活動の幅を広げている。ケンドリック・ラマー、ストームジー、ドレイク、ソランジュ、フランク・オーシャン、アリシア・キーズ、そしてアンダーグラウンドのトップ・アーティストたちとの共演。ファッションデザイナーのグレース・ウェールズ・ボナーや映画監督のカーリル・ジョセフらとクリエイティブなパートナーシップなどはその一例に過ぎない。

 

『Lahai』は、ネオソウル、ラップ、エレクトロニックを網羅するアルバムとなっている。特に、ミニマル・ミュージックへの傾倒を伺うことが出来る。

 

それは#3「Dancing Circle」に現れ、ピアノの断片を反復し、ビート化し、その上にピアノの主旋律を交え、多重的な構造性を生み出している。しかし、やはりというべきか、その上に歌われるサンファのボーカルは、さらりとした質感を持つネオソウルの範疇にある。ヒップホップの要素がないとは言いがたい。しかし、ボーカルとスポークンワードのスタイルを変幻自在に駆使する歌声は、それほど大げさな抑揚のあるものではないにも関わらず、ほんのりとしたペーソスや哀愁を誘う瞬間がある。

 

内的な感情性を顕にせず、考え方によってはフラットな感覚を元にしたリリックやスポークワードは、意外にも多くの音楽ファンの心に響く可能性がある。他にもオープニングを飾る「Stereo Colour Cloud(Shaman's Dream)」でもミニマリズムの要素がイントロに、かなりはっきりとした形で見えている。


イントロのシンセの細かなアルペジエーターは、ドラムン・ベースのビートを背後にして、サンファのスポークンワードに導かれるように、グルーヴィーな展開性を帯びる。効果的なのは、それをドリルンベース的なコアなアプローチへと転化させている点にある。それ以前のベースメントのクラブ音楽を飲み込んだUKのドリルを要素をちりばめ、ケンドリックの「United In Grief」のように、ドライブ感のある展開へと持ち込もうとするのだ。

 

このアルバムに満ちる、ある種のオーガニックな爽やかさは、ネオソウルファンにとどまらず、これからUKのポピュラー・ミュージックに親しもうというリスナーにもとっつきやすさをもたらすに違いない。


#2「Spirit 2.0」では、やはりサンファのボーカルはネオソウル風となっているが、 エレクトロニックの要素を部分的に配することで、ボーカルのフレーズとの間に絶妙なコントラストを設けている。

 

ミニマリズムという要素は、#3と同様ではあるが、ドラムンベースやベースラインの複合的なリズムラインを織り交ぜることで、ビートそのものに複雑性をもたらす。それがサンファのしなやかなリリックと組み合わされると、稀に化学反応が起こる。ビートの一端に強いインコペーションの効果と、リズムにおけるジャンプの箇所を生み出すのだ。これがサンファの楽曲をシンプルに乗りやすく、そして聴きやすくしている要因である。

 

アルバムの冒頭はこんなふうにして始まるが、それ移行は落ち着いたモダン・クラシカルや、エレクトロニック、ネオソウルという3つの語法を駆使し、やはりしなやかな楽曲が続いている。本作のハイライトであり、SSWとしての成長を示した#4「Suspended」は、イントロのネオソウルのアプローチからダイナミックなエクスペリメンタルポップへと移行する。これらの作曲における展開力は、しかし、グリッチの要素を加えながらミニマルなトラックメイクを施すことで、無限に拡散し、散漫になりそうな曲のベクトルを中心点に集めることに成功している。


これまで多数のミュージシャンとの共同制作の経験を経たことで、曲を書く上で何が最も必要なのかを熟知しているからこそ、こういった核心を突いたソングライティングを行うことが出来るのである。サンファの曲には、実際に、誇張表現はおろか、無駄な脚色、脚注は一切存在しない。まるで、同心円を描いた上で、たえずその中心点に向かい、曲がランタイム毎に進行していく。その過程をリスナーは見届けることが出来るのだ。

 

実際的な音楽の高水準のソングライティング技術に加えて、もうひとつ注目しておきたいのは、本作の全般に感じられる映画的な雰囲気、そして、ファッション的なおしゃれさという伏在的な要素である。


「Satellite Business」では、ジャズ・ピアノを基礎に、ヒップホップのリリックとエレクトロニックの要素を付加し、真夜中の哀愁のようなアンニュイな感覚を織り交ぜる。孤独であるこを自らに許し、自らの魂と対話を重ねる瞬間は、アウトプットされるスタイルこそ違えど、往年のソウルミュージックの名曲にも匹敵する深みがある。それはまたソングライターとしての大きなステップアップを意味し、人間的な深化がトラックに反映された証でもある。イントロから中盤まではジャズの性質が色濃いが、コーラスワークが加わると、ヒップホップに変化する。

 

とくに面白いと思うのは、リリックの組み合わせにより良いウェイブを生み出そうとしていることである。そしてヒップホップの表向きの印象はモダンソウルへと転化していく。さらにそれらのシネマティックな印象性は、#6「Jonathan L. Seagull」にも見出すことが出来る。

 

ここでは、複数の人物の声を反映させ、ゴスペル的な形で、多様性を表現しようとしている。UKラップのヒーロー、Stormzyは言った。「多様性が重要である」と。そして、声はひとりひとり違う性質を持つ、醜いものもあり、美しいものもある。低いものも、高いもの。しわがれたものも、透き通るようなものも。しかし、それらの多彩さが組み合わせることで、はじめて美が生み出される。これらのゴスペル的な曲の展開は、ピアノの古典的な伴奏を背後に、シンプルなバラードソングのような普遍性を併せ持ち、開放的な雰囲気に満ちている。

 

これらの曲の展開になかにあるまったりとして落ち着いた雰囲気は、その後、より深い感情性に支えられて完成へと向かっていく。「Inclination Compass」では、モダンクラシカルとネオソウルを組み合わせ、和らいだ感覚を表現しようと努めている。サンファが心情を込めてビブラートを伸ばすと、それはそのまま温かな感覚に変わり、同じように受け手側の心を癒やす。

 

そして、ここでも、前曲と同じようにボーカルのコーラスをコラージュ的に配し、別の形の多様性を表現している。多様性というのは感情における色彩性を表す。その点を見事にシンガーは熟知し、シンセの土台となるスケールの進行がサンファ、及び、正体不明なボーカルに色彩性を与えている。同じ音階やフレーズを歌おうとも、その土台となるベースが変化すると、全く別の表現に変わる。

 

しっとりとしたネオソウルのトラック「Only」はシンプルな魅力がある。続く、「Time Piece」ではフランス語のスポークンワードが展開される。

 

ここでは多様性の先にあるグローバルな感覚を表現しようとしている。しかし、サンファの表現にある程度の共感を覚える理由があるとするなら、それはシンプルにそしてわかりやすく内側にある考えをつかみ取り、それをスポークワードという形に昇華しているからなのだろう。フランス語のスポークワードは耳に涼しく、20世紀のパリの映画文化を思わせるものがある。この曲を起点あるいは楔として、アルバムはかなりスムースに終盤の展開へと続いていく。 


「Can't Go Back」では再度、オーガニックな味わいのあるネオソウルとヒップホップの中間にある音楽性で聞き手の心を穏やかにさせる。そしてこの曲でも、ネオソウル風のソングライティングにスポークンワードを効果的に組み合わせようとするサンファの試行錯誤の跡を捉えることが出来る。

 

「Evidence」では、現代のポピュラー音楽の範疇にあるR&Bの理想的な形を見出すことが出来る。親しみやすく、聴きやすく、乗りやすい。こういった一貫した音楽のアプローチは、アルバムの終盤においても持続される。


「Wave Therapy」では、シンセのストリングスのダイナミックな展開力を呼び覚まし、「What If You Hypnotise Me?」では驚くべきことに、和風の旋律をピアノで表現しながら、アルバムに内包される和らいだ世界、穏やかな世界を完成させる。


「Rose Tit」では、ソウル/ラップというより、ポピュラーアーティストとしての傑出した才質の片鱗を見せる。ジャズ・ピアノの演奏の華やかな印象はアルバムのエンディングにふさわしい。

 

 

85/100