bar italia 『The Twits』
Label: Matador
Release: 2023/11/3
Review
前作『Tracy Denim』に続く『The Twits』は、ビョークの作品等のプロデューサーとして知られるマルタ・サローニを迎えて制作された。スペインのマヨルカ島の間に合わせのホーム・スタジオで録音されたアルバムだという。
先日、現地の大手新聞のThe Guardianで紹介されたとはいえ、一般的にはミステリアスな印象のあるロンドンのトリオの音楽をよく知るための最良の手がかりとなるはずである。全般的な印象としては、少し冗長な印象もあった前作に比べ、サウンド・プロダクションがタイトでスマートになった。これはよりプロデューサーとバンドの良好な関係が実際の音源に表れ出たと考えられる。
実際のアルバムは、バー・イタリアのメンバーのプリミティヴなプロトパンクに対する親近感を読み取ることができるかもしれない。そのサウンドの質感は、Television、Sonic Youth、Richard HellといったNYのレジェンドに近いものである。オープニングを飾る「my little tony」は、bar italiaがSonic Youthの次世代のバンドであることのしたたかな表明代わりとなる。ガレージ・ロックを吸収したダイナミックなギターラインは、前作よりも信頼感のあるロックグループとしての道を選択したことの証ともなる。実際に、ソリッドで硬質なギターラインは、bar italiaの代名詞であるボーカルを入れ替えるスタイルと劇的に合致し、従来よりもタイトなサウンドが生み出されるに至った。
一方で、前作で象徴的だったローファイで荒削りなニューヨークのNo Waveに近いアヴァンギャルドなオルタナティヴロック・サウンドは、今作でも健在である。「que surprise」では、ホーム・スタジオならでは感覚が重視されていて、ライブ・セッションに近いリアルな息吹を感じる。サローニのラフなミックスも、曲のローファイな感覚を上手く引き出している。スローテンポな曲ではありながら、バンドの演奏のリアルな感覚を楽しめる。同じように「Blush w Faith」においても、ジャム・セッションの延長線上にあるラフなロックが展開される。Violent Femmesを思わせる寛いだインディーロックから、曲の後半にかけてDinasaur Jr.の系譜にあるダイナミックなオルトロックサウンドに移行する瞬間は必聴である。こういったダイナミックさと繊細さを併せ持つ特異なオルトロックサウンドは、「calm down with me」にも見出すことができる。
ローファイな感覚を擁するコアなインディーロックと合わせて、このアルバムの別のイメージを形成しているのが、渋さとクールさを兼ね備えた古典的なフォーク音楽である。アイリッシュ・フォークの影響下にあるロックサウンドは、先行シングルとして公開された「twist」、「Jelsy」という2曲に明瞭な形で表れ出ており、アルバムの今一つのハイライトを形成している。これは前作にはなかった要素であり、バンドの新しいサウンドの萌芽を見出す事ができる。
アルバムの収録曲の中でひときわ目を惹くのが、発売前の最後の先行シングルとして公開された「Worlds Greatest Emoter」である。ドライブ感のあるインディーロックサウンドに、お馴染みのトリオのボーカルが入れ替わるスタイルが示されている。実際、以前よりも清涼感があり、従来のバー・イタリアのイメージから脱却を図った瞬間であると解釈できる。曲の構成は一定であるのに、ボーカルのフレーズを変えると、その印象が一変する。これはバンドの重要なテーマである多様性や人格の独立性を尊重した結果が、こういったユニークなトラックを生み出す契機ともなったのかもしれない。音楽の方向性としては、USインディーロックが選ばれているが、その枠組みの中で展開されるのは、ロンドンという街の持つ、多彩で流動的な性質である。さらに「Shoo」では、従来の手狭なロックという領域を離れて、ジャズともボサノヴァともフレンチ・ポップとも付かない、世界市民としての音楽に取り組んでいるのにも注目したい。
さらに、bar italiaは、Matadorと契約する以前から、シューゲイズ、ドリーム・ポップの音楽にも取り組んで来た。それらはローファイという形でアウトプットされることは旧来のファンであればご承知のはずである。しかしながら、今まさにバンドは、過酷なライブツアーを目前に控えて、「Hi Fiver」、「Sounds Like You Had To Be There」と、原点回帰の意味を持つ曲を書いている。これはとても重要なことで、今後、何らかの形で生きてくる可能性が高い。
正直に言うと、前作アルバム『Tracy Denim』と比べて、何かが劇的に変わったというわけではない。もっといえば、バンドとして、今後どうなるかわからず、未知数の部分が残されている部分がある。けれど、人間もバンドもいきなり著しい変化を迎えることはない。何かを一つずつ着実に積み上げていった結果、それが突然別のものに変化し、誰も想像しえないオリジナリティーに辿り着く。そして、このアルバムのサウンドの中には、原石のようなものが眠っているという気がしている。未完成の荒削りなサウンドであるがゆえ、大きな飛躍をする可能性も残されている。いずれにしても、未だこのバンドに対し、何らかの期待感を抱いていることには変わりがない。
84/100