Mo Troper 『Troper Sings Brion』/ Review

 Mo Troper 『Troper Sings Brion』


Label: Lama-O

Release: 2023/11/17


 

Review


オレゴン/ポートランドのパワーポップ・マエストロ、Mo Troper(John Brion)は、ギターロックのアーティストとして注目です。

 

『Troper Sings Brion』を通じてビートルズを始めとするバロック・ポップの王道のスタイルを継承し、聞きやすいジャングルポップ・アンセムを生み出している。アーティストはこれまで、ビートルズの「Revolver」、ビヨンセの「Irreplaceable」等、広範囲のカバーに取り組んでいる。

 

オープナー「Heart of Dysfunction」を聴くと分かる通り、ジョン・ブリオンは、ビートルズが「Magical Mystery Tour」で繰り広げたシアトリカルなアート・ロックを、Alex Gに象徴されるような現代的なオルタナのサウンドプロダクションに落とし込んでいる。序盤のブリオンのボーカルは、ジョン・レノンのオマージュとも言え、模倣的ではあるけれど、節回しには貫禄も感じられる。アーティストのソングライティングは、ビートルズを下地にしつつ、逆再生等、ローファイな音作りに基づいている。トリップ感溢れる曲の展開力を見せる時も稀にある。レトロで牧歌的なポピュラーミュージックの根底には、サイケデリックやアシッド的な雰囲気が漂う。

 

ミュージカル調のシアトリカルな作風はその後も続く。「Into The Atlantic」では、ハープの軽やかなグリッサンドの駆け上がりを足がかりにし、同じようなレトロ感のあるバロックポップ、アート・ロックへと転じていく。

 

ジョン・ブリオンのソングライティングの土台を形成するのは、マッカートニー/レノン/ハリソンのピアノをベースとして処理したポップス。しかし、そのボーカルは、60年代のヴィンテージ・ロックのフレーズを意識しつつも、Big StarのAlex Chilton(アレックス・チルトン)のような艶気を漂わせている。これはBig Starの「The Ballad of El  Goodo」、「Thirteen」といった伝説的なインディーロックの名曲を聴くとよくわかる。けれど、それらは洗練されたサウンドプロダクションではなくて、ローファイ/サイケの範疇にあるプリミティブな感じで展開される。今はそうではなくなったけれど、Dirty Hitに所属するOscar Langのデビュー当時のギターロックの質感に近い。

 

「Pray For Rain」は、ビリー・ジョエル、ビートルズの古典的なポップのソングライティングを継承し、華やかな印象を持つトラックに昇華している。ミュージカル調のイントロから、ドラムが加わることにより、親しみやすいバロック・ポップ/ジャングル・ポップの王道のソングへと変遷を辿る。そこに、The Rubinoosを始めとするThe Beach Boysのドゥワップに触発された甘酸っぱいファルセットを基調とするコーラスワークが加わると、この曲はファニーな雰囲気を帯びる。

 

中盤でもパワーポップの佳曲が満載となっている。アーティストは「Citigo Sign」において、プロミティブな質感を持つギターロックを土台にして、オーケストラベルやダイナミックなドラムの演奏を加え、 クラシカルなロックソングを制作している。この曲を聴くと、古いということが悪いわけではなくて、現代的なプロダクションとして、古典的なロックソングをどう扱うのかが重要ということがわかる。この曲でも往年のパワー・ポップバンドと同様、少し舌っ足らずで、もったいぶったような感じで歌うジョン・ブリオンのボーカルは、The Rubinoos、20/20のような、甘酸っぱい感じのギターロックサウンドの原初的な魅力を呼び覚ましている。

 

レトロなサウンドを現代的なロックの語法に置き換えていこうという試みは、Real Estate/Beach Fossilsのようなバンドが2010年代に率先してやっていたものの、Mo Troperのサウンドはさらにレトロでアート・ロック志向である。


「Through With You」では、60、70年代のピアノバラードに立ち返り、ジョン・レノンのソングライティングに対するオマージュを捧げている。しかし、この曲には、単なる模倣以上の何かがあるのも事実で、独特な内省的な情感、古典的な音楽に漂う現代性がリスナーの心を鷲掴みにする。

 

以後もワイアードな魅力を擁するサウンドが続く。「Love Of My Life」ではシニカルな眼差しを自らの人生に向け、The Dickiesの「Banana Spilt」を思わせる少しキッシュなサウンドに挑戦している。しかし曲そのものは、パンクとまではいかず、Young Guv(Ben Cook)を彷彿とさせる風変わりなジャングル・ポップ/パワー・ポップの範疇に収められている。これは「ロックはもう古いのでは?」というような考えを逆手に取ったシニカルなサウンドといえるかもしれない。

 

さらに、Mo Troperのジャングル・ポップはコアな領域に入っていき、ロックフリークを大いに驚かせる。 「Any Other You」では、R.E.Mを思わせるセンス抜群の90年代のカレッジ・ロックの音楽性をリバイバルしている。続く「Not Ready Yet」では、ストーンズのキース・リチャーズのような渋みのあるブギー/ブルースのイントロのリフを元にして、モダンなローファイソングを制作している。それと同様に、不完全で荒削りなプロダクションを基調とする「Stop The World」は、ジョン・レノンの「Across The Universe」の現代版とも言えるかもしれないし、Big Starのアレックス・チルトンの「Thirteen」のインディーフォークの現代版とも称せるかもしれない。

 

「No One Can Hurt Me」では、ローファイなカレッジ・ロックやビートルズ風のアプローチに転じる。クローズ曲では米国の最初のインディーロック・スター、アレックス・チルトンにリスペクトが捧げられている。

 

 

 

82/100

 


*記事公開時のアーティスト名に誤りがありました。訂正とお詫び申し上げます。