Drop Nineteens 『Hard Light』/ New Album Review

Drop Nineteens 『Hard Light』

 


Label: Wharf Car Records

Release: 2023/11/3



ボストンの伝説的なシューゲイズバンド、Drop Nineteensは1993年以来新作から遠ざかっていた。92年の『Declare』をリリース後、一時的にメンバー内の均衡が変化し、グループという形態から離れざるをえなかった。


以後、95年までにバンドに残ったのはアッケルだけとなった。昨年、ほとんど30年もの歳月を経、再結成を発表し、そして、全米各地でのレコーディングに取りかかった。しかし、長年のブランクにより失われた感覚的な何かを取り戻すことは容易ではなかった。Drop Nineteensの音楽は、現代の最新鋭のものではないし、流行の先を行くようなバンドではないことは明白だった。


しかしながら、結局のところ、彼らが再び、Drop Nineteensとして立ち上がり、新しい作品の制作に着手し、失われていたバンドの核心となる音楽を追求し、友人としての絆を深めるように促したのは、Merge Recordsに所属するThe Clienteleだった。懐かしさと新しさが混在する陶酔感のあるインディーロックの音楽性は、Drop Nineteensに力を与え、そして早足ではないものの、前に向けて歩き出すことを促した。

 

ドロップ・ナインティーンズのフロントパードンであるアッケルが強い触発を受けたと語る、The Beatles、The Clientele、 LCD Soundsystem。一見したところ、共通項を見出すことが難しいように思える。けれど、表向きにアウトプットされる音楽こそ違えど、普遍的な音楽を探求するというテーゼがある。


現代に染まらないサウンド。時代という観念を遠ざけるサウンド。音楽の中にとどまらせることを約束するサウンド。誇大広告がなされる現代の音楽業界の渦中にあり、それとは正反対に位置づけられる音楽に対して深い信頼感を覚えるリスナーもいることを忘れてはいけない。アッケルもまたそのひとりなのであり、「クライアンテレがただレコードを作ってくれるなら、私はそれだけで生きていけると考えていた、あるいはビートルズかもしれない。私はそれを永遠に聴き続けることだろう」と語っている。


無限に細分化していき、音楽そのものが消費されるための商品として見なされる風潮の中、ボストンの5人組は普遍的な音楽とは何なのかを探しもとめることになった。アッケルの言葉によれば、「永遠に聴き続けられる」音楽とは何なのかということである、およそ30年の歳月を経て発売された『Hard Light』の中には、その答えが全般的に示されている。アルバムの音楽には、ビートルズのようなアート・ロックを下地にしたポップネスもあるし、クライアンテレの最初期の60年代志向のレトロなロック、ブリット・ポップ、ネオ・アコースティック、そしてシューゲイズ/ドリーム・ポップのアプローチがほとんどダイヤモンドのように散りばめられている。

 

アルバムのオープニングを飾るタイトル曲「Hard Light」は、Drop Nineteensが直接的な影響を受けたと語る、MBV、Jesus&Mary Chains の系譜に属するネオ・アコースティックとギターロック、ドリーム・ポップの中間にある方向性を選んでいる。アイルランド/ウェールズの80年代のギターロックをベースにし、この時代の音楽に内包されるレトロな感覚や陶酔的な雰囲気を繊細なギターラインによって再現しようとしている。90年代のシューゲイズの登場前夜のプリミティヴなドリーム・ポップやシューゲイズの音楽性から滲み出るエモーションは、二人のボーカリスト、アッケルとケリーの声の融合性によってもたらされる。

 

Drop Nineteensが戻び制作に取り掛かることは、既に誰かがやっていることを後から擬えるのとは意味が異なっていた。ほとんど前例のないことであり、彼らは、電話で連絡を取りあった後、ほとんど制作前には曲を用意していなかったという。しかし、それは良い効果を与え、新しい学びや経験の機会をもたらした。「Scapa Flow」は、80、90年代のギターロック/ネオ・アコースティックの影響を取り入れ、よりモダンでダイナミックなシューゲイズ・サウンドへと進化させている。しかし、その中にはやはりノスタルジアが滲み、内省的な感覚とレトロな雰囲気を生み出し、アッケルの親しみやすいボーカルがディストーションの轟音と合致している。

 

続く「Gal」は、シンセサイザーの反復的なマシンビートを元にし、瞑想的な雰囲気のあるインディーロックとディケイサウンドが展開される。表向きには70年代のポスト・パンクや最初期のドイツ時代のMBVに象徴されるシューゲイズの原始的な響きを留めているが、アッケルのボーカルは、どことなくYo La Tengoのアイラ・カプランの声の持つ柔和な響きに近い雰囲気が漂う。ギターロック、ネオアコ、ドリーム・ポップ、シューゲイズをクロスオーバーし、アンサンブルの核心となるUSのオルタナティヴ性を捉えようとしているといえるかもしれない。これらの複数のサウンドの合致は、どちらかといえば和らいだ響きを作り出し、さらに曲の後半では、シネマティックなストリングスが導入されることで、曲に漂う感情性を巧みに引き出している。

 


 

 

続く「Tarantula」は、 スコットランドのネオ・アコースティックやアノラックの要素を受け継いだ上で、ビートルズのポップセンスの影響を取り入れ、懐古的な音楽性を探求している。シューゲイズサウンドとともにボーカルのコーラスワークの秀逸さが光る。そのメロディーは、ウェールズのYoung Marble Giants等に象徴される奇妙な孤独感や切なさが漂っている。さらに「The Price Was High」では、ボーカルが入れ替わり、ドリーム・ポップに近い音楽性に転じる。彼らのルーツであるMTV時代のサウンドを受け継ぎ、それをシューゲイズとして解釈しているようだ。ポーラ・ケリーのボーカルは、このトラックにわずかながらのペーソスを添えている。

 

「Rose With Smoke」は「Gal」と同様に、MBVの2ndアルバム『Isn’t Anything』に見出された ディケイサウンドの復刻が見受けられる。ギターのトーンの独特の畝りは聞き手の感覚に直に伝わり、切なさや陶酔的な感覚を呼び覚ます。シューゲイズバンドをやっているプレイヤーはかなり参考になる点が多いと思われる。30年もの長い試行の末にたどり着いた究極のサウンドである。


 

 

 

続く「A Hitch」では、The Clientele、The Beatlesに対するリスペクトが示されている。レトロなオルトロックサウンドをローファイ寄りのサウンドで処理し、安江のシューゲイズギターが炸裂し、劇的なハイライトを作る。他方、アッケルのボーカルは気安い感覚を生み出し、レトロな感覚を擁し、リスナーを淡いノスタルジアの中に招き入れる。曲の展開の中では、80、90年代のブリット・ポップやネオ・アコースティック風のサウンドへと鞍替えをする瞬間もある。


多少、これらのサウンドは時代に埋もれかけているような気もするが、アッケルのソングライティングの才質とドロップ・ナインティーンズの潤沢な経験によるバンドアンサンブルは、シューゲイズの一瞬のキラメキのような瞬間を生み出す。ビートルズのデモ・トラックのようなローファイ感のある「Lookout」。


その後に続く「Another on Another」では、ドロップ・ナインティーンズのサウンドの真髄が示され、「Policeman Getting Lost」では再びポーラ・ケリーが牧歌的なフォークの音楽性を示す。クローズ「T」では、The Clienteleのフォロワーであることを示し、ローファイと幻惑的な雰囲気を兼ね備えたサウンドでアルバムを締めくくっている。


 


80/100

 

 

「Scapa Flow」