Sen Morimoto |
セン・モリモトはこれまでに2枚のアルバムをリリースし、Pitchfork、KEXP、FADER、Viceなどのメディアから高い評価を得ている。
シカゴの緊密で多作なDIYシーンの著名なメンバーであるセンが、初めてプロのスタジオで制作したのが、「If The Answer Isn't Love」だった。 シカゴのFriends Of Friendsレコーディング・スタジオで作業し、曲の肉付けに彼のコミュニティのメンバーを起用したこの曲は、ブロック・メンデがエンジニアを務め、ライアン・パーソンがドラム、マイケル・カンテラがベース、KAINAがバッキング・ヴォーカルを担当した。
センは高校卒業後、荷物をまとめてニューイングランドからシカゴに移り住み、その後数年間、シカゴの音楽シーン全体と深い関係を築きながら、ジャンルの垣根を越え、その間に橋を架けていった。昼はレストランで皿洗いをし、夜はプロデュースの腕を磨いたセン。エキサイティングな彼の音楽はほどなくシカゴで知られるようになった。
音楽的なつながりを求める彼はやがて、共同制作者であるNNAMDÏとグレン・カランが設立した地元のレーベル、スーパー・レコードに共同経営者として参加することになった。この小さなレーベルは、ジャンルにとらわれないレコードをリリースし、シカゴのミュージシャン・コミュニティから国際的なステージに立つアーティストを輩出したことで、瞬く間にシカゴで有名に。
デビュー・アルバム『キャノンボール!』と2枚目のセルフタイトル・アルバムをスーパー・レコードからリリースし、これをきっかけに彼はアメリカ、カナダ、日本、ヨーロッパをツアーする生活に突入。センとスーパーは現在、3枚目のアルバムの制作のため、彼自身が尊敬してやまないシティ・スラングと素晴らしいチームを組んでいる。
『Diagnosis』 City Slang
今から数ヶ月前、ある見知らぬ日本人ミュージシャンがCity Slangと契約を交わしたとの知らせが飛び込んできた。以前、アトランタのMckinly
Dicksonの最新作を週末に紹介したこともあり、数ヶ月を経てより興味を駆り立てられた。複数のシングルの中において、弟である裕也さんが手掛けたというミュージックビデオもこのアーティストに対する興味を募らせる要因ともなった。
日本出身で、現在、米国を拠点に活動するセン・モリモトの音楽は、シカゴのミュージックシーンの多彩さを色濃く反映している。コレクティヴのような形でライブを行うこともあるアーティストの音楽の中には、彼が知りうる以上の音楽が詰め込まれているのかもしれない。ワシントンという地区では、ギャングスタのラップが流行ったこともあったし、彼が親交を深めているというNNAMDÏのジャズからの影響は、このアルバムの最高の魅力といえるかもしれない。
「差し迫った気候災害、戦争、終わりのない病気に直面すると、何が残るのか、何がそのすべてを価値あるものにしたのかを考え始めるのは自然なことです」「私の音楽のサウンドも、同じような緊急性を反映させたいのです。楽器の音はビートの上でゆらめき、そして飛び散り、メロディーはもつれ、矛盾しています。この曲は、愛の不朽の力と、危機に陥ったときにその気持ちにしがみつくことの葛藤について書いたんだ」
アルバムのオープニングを飾る「If The Answer Isn't Love」では、ジャズ、ファンクの影響を巧みに取り入れ、それを爽快感のあるロックへと昇華している。インディーロックと言わないのは普遍性があるから。リズムのハネを意識したボーカルはフロウに近い質感を帯びている。しかし、曲において対比的に導入されるソウルフルなコーラスがメロウな空気感を作り出す。制作者に触発を与えたNNAMDÏの既存の枠組みにとらわれない自由奔放な音楽性も今一つの魅力として加わっている。それらが幻惑的なボーカルとローファイの質感を前面に押し出したプロダクションの構成と組み合わされ、親しみやすさとアヴァン性を兼ね備えたナンバーが生み出された。先行シングルとして公開された「Bad State」は、オープニングよりもファンクからの影響が強く、巧みなシンコペーションを駆使し、前のめりな感じを生み出している。聴き方によっては、Eagles、Doobie Brothersのようなウェストコーストサウンドを吸収し、微細なドラムフィルを導入し、シカゴのドリル的なリズムの効果を生み出している。以前、シカゴで靴がかっこいいというのをそう称したように「ドリルな」ナンバーとして楽しめる。また、アーティストの弟の裕也さんが撮影したというミュージックビデオも同様にドリルとしか言いようがない。
「Bad State」
「St. Peter Blind」は、アブストラクトヒップホップとネオソウルの中間にあるトラックといえるか。と同時に、ジャズのメロウな雰囲気にも充ちている。さらに無数のクロスオーバーがなされているものと思われるが、 前衛的なビートを交え、ゴスペルを次世代の音楽へと進化させている。もしくは、これはラップやジャズ、ファンクを網羅した2020年代のクリスマスソングのニュートレンドなのかもしれない。たとえ、JPEGMAFIA、Danny Brownが書くヒップホップのようにリズムがアブストラクトの範疇にあり、相当構成が複雑なものであるとしても、ほのかな温かみを失うことがなく、爽快感すら感じられる。また、リリックとして歌われるかは別として、アーティストのブラック・ミュージックへの愛着が良質なウェイブを生み出している。
タイトル曲「Diagnosis」は、ラップのフロウをオルト・ロックの側面から解釈している、曲にあるラテン的なノリに加えて、メロディー性に重きを置いたモリモトのボーカルは、プエルトリコのBad Bunnyのようなパブリーな質感を生み出す瞬間もある。しかし、一見するとキャッチーさを追求したトラックの最中にあって、妙な重みと深みがある。これがアンビバレントな効果を生み出し、さながら人種や文化の複雑さを反映しているかのようなのだ。
続いてアルバム発売前の最後に公開された「Pressure On The Pulse」は周囲にある混沌を理解することにテーマが縁取られている。「静かな面は、なぜ、世界はこんなにも残酷なんだろう、その答えを本当に聞いて理解できるのかと問いかけている。また、その反対に、答えがまったく得られないという場合、どうすれば前に進み続けることができるかについても考えている」とプレスリリースで紹介されているシングルは、イントロのネオソウル風のメロウな感覚からポスト・ロックに転じていく。この切り替えというべきか、大きく飛躍する展開力にこそアーティストの最大の魅力があり、それはNinja Tuneに所属するノルウェーのJaga Jazzistのようなジャズとロックとエレクトロの融合という面で最大のハイライトを形成し、その山場を越えた後、イントロのように一瞬の間、静寂が訪れた後、一挙に大きくジャンプするかのように、ポップ・バンガーへと変化していく。ライブで聴くと、最高に盛り上がれそうな劇的なトラックだ。
「Naive」はアルバムの全体的な収録曲がモダンな音楽性に焦点が絞られているのに対して、この曲はジャック・ジャクソンのようなヨットロックやフォークへ親しみがしめされているように思える。アルバムのタイトルに見られるナイーヴ性は、ギターの繊細なハーモニーの中で展開されている。しかし、こういった古典的な音楽性を選択しようとも、その音楽的な印象が旧来のカタログに埋もれることはない。もちろん、セン・モリモトのボーカルは、ボサノバのように軽やかかつ穏やかで、ギターのシンプルと演奏の弾き語りは、おしゃれな感覚を生み出している。続く「What You Say」はNNAMDÏの多彩な音楽性を思わせるものがあり、ギターアンビエントをベースに前衛的なトラックが生み出されている。曲の中でたえず音楽性が移り変わっていき、後半ではファンカデリックに象徴されるようなクロスオーバー性の真骨頂を見出す事もできる。
「Naive」
「Surrender」ではシカゴ・ドリルの複雑なリズム性を織り交ぜた新鮮なポスト・ロック/プログレッシヴ・ロックを追求している。タイトルのフレーズを元に、トラックの構成におけるマキシマムとミニマルの両視点がカメラワークのように切り替わる瞬間は劇的であり、本作のハイライトとも称せるかもしれない。さらに、本作に伏在する音楽的な要素ーーサイケロックと綿密にそれらのアブストラクトな曲の構成が組み合わされることによって、このアーティストしか持ち得ない、そして他の誰にも売り渡すことが出来ない人間的な本質へと繋がっていく。しかし、それは最初からオリジナリティを得ようとするのではなく、他の考えを咀嚼した後に苦心惨憺してファイトをしながら最終的なゴールへとたどり着く。
「Deeper」は、知りうる限りでは、最もアーティストらしさが出た一曲といえ、サクスフォンの演奏がメロウなムード感を誘い、ローファイ・ホップの範疇にある安らぎとクランチな感覚を兼ね備えたトラックへと導かれていく。偉大なジャズ・ギタリストであるウェス・モンゴメリーを思わせるセンス抜群のギターの瞬間的なフレーズを交え、適度なブレイクを間に挟みながら最終的には変拍子によるネオソウルという答えに導かれていく。
「Pain」では、ザ・ビートルズのジョン・レノンが好んだような和らいだ開放的なフレーズを駆使し、スペインのフラメンコ/アーバン・フラメンコの旋律性をかけあわせ、それをやはりこのアルバムの一つのテーマともなっているリズミカルなトラックとしてアウトプットしている。曲のベースに関しては古典的な要素もありながら、やはりこのアーティストやバンドらしい変拍子や劇的な展開力を交え、モダンなポップスとして昇華しているのが素晴らしいと思う。アルバムの最後は、「Forsythia」ではモダンなインディーフォークで空気感を落ち着かせた後、MTV時代のジャクソンのように華麗なダンス・ポップがラストトラックとして収録されている。
「Reality」は、ミュージカル的なクローズ曲で、ネオソウル、ファンク、ジャズ、ラップというSen Morimotoというアーティストの持つ多彩な感覚が織り交ぜられている。しかし、この曲にもアルバム序盤とは正反対のクラシカルなポップスに対する親しみが示され、それは今は亡きジョン・レノンのソングライティングを思わせるものがある。もちろん、このアルバムには英国のサウスロンドンのアーティストと同様に、米国中西部のカルチャーの奥深さが反映されているように思える。
88/100