2023年のロック・シーンも一言でいえば「盛況」だった。ブリット・ポップの伝説、ブラーの復活宣言、新作アルバムのリリース、そしてワールド・ツアーは当然のことながら、ホーキンス亡き後のフー・ファイターズの新作のリリースもあった。他にも、スラッシュ・メタルの雄、メタリカの新作も全盛期に劣らぬパワフルな内容だった。スウェーデンのガレージ・ロックの伝説、Hivesの新作リリースもあった。そして、彼らの後を追従する若い世代のパラモアもメインのロックシーンで相変わらず存在感を示してみせた。ロックとは何なのか、音楽として聴けば聴くほどわからなくなるというのが本音だが、ハイヴズがその答えを端的に示してくれている。
Hivesが言うように、「ロックとは成熟することを拒絶すること」なのであり、また熟達するとか洗練されることから背を向けて一歩ずつ遠ざかっていくことでもある。一般的な人々が世界的なロックバンドに快哉を叫ぶことすらあるのは、そういった人々が年々周囲に少なくなっていくことに理由がある。
すでにご承知のように、ロックとは、パンクと同じように、単なる音楽のジャンルを指すものではなく、アティテュードやスタンスを示すものなのである。そもそも、世間や共同体が大多数の市民に要請する規範や規律から距離を置くことなのであり、私達のよく見聞きする倫理や模範とかいう概念を軽々と超越することなのだ。以下、ベスト・リストとしてご紹介する、2023年度のロックバンドの人々は、おしなべてそのことを熟知しているのであり、そもそもロックが社会が要請する常識的な概念とは別の領域に存在することを教唆してくれる。人間は、年を重ね、人格的に成長すればするほど、規範や模範という概念に縛りつけられるのが常だが、どうやらここに紹介する人たちは、幸運にもそれらのスタンダードから逃れることが出来たらしい。
Foo Fighters 「But Here We Are」
Label: Roswell
Release : 2023/6/2
テイラー・ホーキンスの亡き後も、結局、フー・ファイターズは前進を止めることはなかった。『But Here We Are』は表向きにはそのことは示されていないが、暗示的にホーキンスの追悼の意味が込められている収録曲もある。グランジの後の時代にヘヴィーなロック・バンドというテーゼを引っ提げて走りつづけてきたデイヴ・グロール率いるフー・ファイターズであるが、新作アルバムではアメリカン・ロックの精髄に迫ろうとしている。更にこれまで表向きには示されてこなったバンドの音楽のナイーブな一面をスタンダードなロックサウンドから読み取る事もできる。
そしてメインストリームで活躍するバンドでありながら、このアルバムの主要なサウンドに還流するのは、2000年代、あるいはそれ以前のUSインディーロック/カレッジロックのスピリットである。それらをライブステージに映える形の親しみやすくダイナミックなロックソングに昇華させた手腕は瞠目すべき点がある。そして、ソングライティングの全体的な印象についてはボブ・モールドのSugarのスタイルに近いものがある。オープニングを飾る「Rescued」、「Under You」はフー・ファイターズの新しいライブ・レパートリーが誕生した瞬間と言えるだろう。
Best Track 「Resucue」
Paramore 「This Is Why」
Label: Atlantic
Release: 2023/2/10
今年、本国の音楽メディアにとどまらず、英国のメディアをも絶叫させた6年ぶりとなる新作アルバムを発表したパラモア。だが発売当初の熱狂ぶりはどこへやら、一ヶ月後そのお祭り騒ぎは少し収まり始めていた。しかし、落ち着いてから改めて聞き直すと、良作の部類に入るアルバムで、正直いうと、マニアックなインディーロックアルバムよりも聞き所があるかもしれない。特に「The News」はポスト・パンクとして見ると、玄人好みの一曲となっていることは確かだ。
『This Is Why』は現代社会についてセンセーショナルに書かれた曲が多い。タイトル曲では、インターネット/ソーシャルメディア文化の息苦しさや、公然と浴びせられる中傷について嘆きながら、苛立ちの声を上げ、「意見があるならそれを押し通すべき」と歌う。ウィリアムズの怒りと苛立ちを表現したこの曲は、Paramoreの先行アルバム『After Laughter』のダンス・ファンクにエッジを加えることに成功し、多くの人の共感を呼ぶ内容となっている。ドラマーのザックは世界的に見ても傑出した演奏者であり、彼のもたらす強固なグルーブも聴き逃がせない。
Best Track 「The News」
Metallica 「72 Seasons」
Label: Blackend Recordings Inc.
Release: 2023/4/14
一般的にいうと、大型アーティストやバンドのリリース情報というのは、レーベルのプロモーションを通じて、大手メディアなどに紹介され、順次、中型のメディア、そして零細メディアへと網の目のようにニュースが駆け巡るものである。しかし、近年、限定ウイスキーの生産及び公式販売など、サイド・ビジネスを手掛けていたメタリカの新作アルバム「72 Seasons」の発表は、ほとんどサプライズで行われた。
ドラマーのラーズ・ウィリッヒが語ったところによると、新作の情報を黙っていようとメンバー間で示し合わせていたという。そういったこともあってか、実際にサプライズ的に発表された『72 Seasons』(Reviewを読む)は多くのメタルファンに驚きを与えたものと思われる。
実際のアルバムの評価は、メタル・ハマーなどの主要誌を見ると、それほど絶賛というわけでもなかった。しかしながら、多くのメタルバンドが商業的に成功を収めるにつれて、バンドの核心にある重要ななにかを失っていくケースが多い中、メタリカだけではそうではないということが分かった。
確かに、フルレングスのアルバムとして聴くと、全盛期ほどの名盤ではないのかもしれないが、特にオープニングに収録されている「72 Seasons」、「LUX ÆTERNA」の2曲は、スラッシュ・メタルの重要な貢献者、そしてレジェンドとしての風格をしたたかに示している。特にラーズ・ウィリッヒのドラムのスネア、タム、ハイハットの連打は、精密機械のモーターのように素早く中空で回転しながら、フロント側のヘッドフィールドのギター/ボーカル、他のサウンドを強固に支え、それらを一つにまとめ上げている。90年代のUSロックの雰囲気に加え、80年代のプログレッシヴ・メタルの影響を反映した変拍子や創造性に富んだ展開力も健在だ。
Best Track 「72 Seasons」
Hives 「The Death of Randy Fitzsimmons」
Label: Hives AB
Release: 2023/8/11
スウェーデンは90年代後半、ガレージロックやパンクが盛んであった時期があり、Backyard Babies、Hellacoptersと、かっこいいバンドが数多く活躍していた。しかし、最も人気を博したのは、ガレージ・ロックのリバイバルを合間を縫って台頭したHivesだ。デビュー当時の代表曲「Hate To Say I Told You So」はロックのスタンダード・ナンバーとして今なお鮮烈な印象を放っている。
『The Death of Randy Fitzsimmons』はコンセプチュアルな意味が込められ、さらにドラマ仕立てのジョークが込められている。なんでも、ハイヴズの曲は「ランディ・フィッツシモンズ」という謎のスヴェンガリによって書かれたと長い間言われてきたというが、一度も一般人の目に触れることはなかった。そして、つい最近になって、フィッツシモンズが "死んだ"らしく、ハイブスは彼の墓を探し回っていたところ、偶然にもデモ音源を発見し、『ランディ・フィッツシモンズの死』というタイトルにふさわしいアルバムに仕上げた(と言う設定となっている)。
まるで墓から蘇ったかのように久しぶりのアルバムをリリースしたハイヴズ。しかし、年を経ても彼らのロックバンドとしてのやんちゃぶりは健在である。さらに、アホさ加減は現代のバンドの中でも群を抜いている。先行シングルのビデオに関しても、シュールなジョークで笑わせに来ているとしか思えない。もちろん、新作アルバムについても、シンプルな8ビートを基調としたガレージ・ロックのストレートさには、唖然とさせるものがある。そして、アルバムに充るストレートな表現やシンプル性は、複雑化し、細分化しすぎた音楽をあらためて均一化するような意味がこめられているのではないか。サビのシンガロングなコーラスワークもすでにお約束となっている。
「ロックとは成長するものではない!!」と豪語するハイヴズ。しかしながら、彼らの音楽が2000年代から何ひとつも変わっていないかといえば、多分そうではない。アルバムの後半では、クラフトワークのようなテクノ風の実験的なロックの作風に挑戦しているのには、少し笑ってしまった。
Best Track 「Bogus Operandi」
Blur 「The Ballad Of Darren」
Label: Warner Music
Release; 2023/7/21
オリジナル・アルバムとしては2015年以来となるブラーの『The Ballard Of Darren』。デーモン・アルバーンはこのアルバムに関して最善は尽くしたものの、現在はあまり聴いていないと明かしている。どちらかといえば、先鋭的な音楽性という面では、グラハム・コクソンの新プロジェクト、The Waeveのセルフタイトル(Reviewを読む)の方に軍配が上がったという印象もある。もちろん、音楽は優劣や相対的な評価で聴くものではないのだけれど。
デーモン・アルバーンはどれだけ多くのロックバンドをかき集めようとも、テイラー・スウィフト一人が生み出す巨大な富には太刀打ちできない、とも回想していた。 そんな中で、ブリット・ポップ全盛期の時代の勘のようなものを取り戻すべく苦心したというような趣旨のことも話していた。
今作には、彼らの代名詞であるアート・ロック、そして現代的なポストパンクの要素、それからブリットポップの探求など、様々な音楽性が取り入れられている。磨き上げられたサウンドの中には懐古的な響きとともに、現代的な音楽性も加わっている。特に、オープニング「The Ballad」はシンセ・ポップとスタイル・カウンシルの渋さが掛け合せたような一曲だ。その他、録音機材の写真を見ても、シンセ・ポップをポスト・パンク的な音響をダイレクトに合致させ、新しいサウンドを生み出そうしている。彼らの目論むすべてが完成したと見るのは早計かもしれないが、新しいブラーサウンドが出来つつある予兆を捉えることも出来る。つまり、このアルバムは、どちらかといえば結果を楽しむというより、過程を楽しむような作品に位置づけられる。
Best Track 「The Ballad」
Queen Of The Stone Age 「In Times New Roman...」
Label: Matador
Release: 2023/6/16
ストーナーロックの元祖、砂漠の大音量のロックとも称されるKyussの主要なメンバーであるジョッシュ・オムを中心とするQOTSA。すでに多くのヒット・ソングを持ち、そのなかには「No One Knows」、「Feel Good Hit Of The Summer」など、ロックソングとして後世に語り継がれるであろう曲がある。2017年の『Villains』に続く最新アルバム『In Times New Roman...』はジョッシュ・オムの癌の闘病中に書かれ、ロックバンドの苦闘の過程を描いている。現在、オムの手術は成功したようで、ファンとしては胸をなでおろしていることだろう。
今作には、ガレージ・ロック調の曲で、ジョッシュ・オムが「お気に入り」と語っていた「Paper Machete」などストレートなロックソングが満載。タイトルにも見受けられる通り、何らかの米国南部の文化性もそれらのロックソングの中に込められているかもしれない。注目すべきはストーナーの系譜にある「Negative Space」など轟音ロックも収録されていることである。その中にはさらにテキサスのSpoonのように、ブギーのような古典的なロックの要素も加味されている。轟音のロックとは対象的なブルースロックも本作の重要なポイントを形成している。
Best Track 「Paper Machete」
King Gizzard & The Lizard Wizard 『The Silver Cord』
Label: KGLW
Release: 2023/10/27
オーストラリアのキング・ギザード&リザード・ウィザードはメタルやサイケロックを多角的にクロスオーバーし、変わらぬ創造性の高さを発揮してきた。ライブにも定評があり、バンドアンサンブルとして卓越した技術、さらに無数の観客を熱狂の渦に取り込むパワーを兼ね備えている。
『The Silver Chord』は、A面とB面で構成されている。後半部はリミックス。従来のメタルやサイケを中心とするアプローチから一転、テクノやハウスの要素を交え、それらを以前のメタルやサイケの要素と結びつけ、狂信的なエナジーを擁するロックを構築した。バンドから電子音楽を中心とする音楽性に変化したことで、一抹の不安があったが、予想を遥かに上回るクオリティーのアルバムをファンに提供したと言える。アンダーワールドやマッシヴ・アタックのダンス/エレクトロニックのスタイルにオマージュを示し、それを新たな形に変えようとしている。
Best Track 「Gilgamesh」
PJ Harvey 『I Inside The Old Year Dying』
Label: Partisan
Release; 2023/7/7
これまでは長らく「音楽」という形式がポリー・ジーン・ハーヴェイの人生の中心にあったものと思われるが、それが近年では、ウィリアム・ブレイクのように、複数の芸術表現を探求するうち、音楽という形式が人生の中心から遠ざかりつつあるとPJ ハーヴェイは考えていたらしい。しかし、音楽というものがいまだにアーティストにとっては重要な意味を持つということが、『I Inside The Old Year Dying』を聴くと痛感出来る。一見すると遠回りにも思え、ばらばらに散在するとしか思えなかった点は、このアルバムで一つの線を描きつつある。
詩集『Orlam』の詩が、収録曲に取り入れられていること、近年、実際にワークショップの形で専門の指導を受けていた”ドーセット語”というイングランドの固有言語、日本ふうに言えば”方言”を歌唱の中に織り交ぜていること。この二点が本作を語る上で欠かさざるポイントとなるに違いない。
それらの文学に対する真摯な取り組みは、タイトルにも顕著な形で現れていて、現代詩に近い意味をもたらしている。「死せる旧い年代のなかにある私」とは、なかなか難渋な意味が込められており、息絶えた時代の英国文化に現代人として思いを馳せるとともに、実際に”ドーセット語”を通じ、旧い時代の中に入り込んでいく試みとなっている。
これは昨年のウェールズのシンガー、Gwenno(グウェノー)が『Tresor』(Reviewを読む)において、コーニッシュ語を歌の中に取り入れてみせたように、フォークロアという観点から制作されたアルバムとも解釈出来るだろう。この旧い時代の文化に対するノスタルジアというものが、音楽の中に顕著に反映されている。それはイギリスの土地に縁を持つか否かに関わらず、歴史のロマンチシズムを感じさせ、その中に没入させる誘引力を具えている。音楽的にはその限りではないけれど、今年発売されたアルバムの中では最も「ロック」のスピリットを感じたのも事実。
Best Track『I Inside The Old Dying』
The Rolling Stones 『Hackney Diamonds』
Label: Polydor
Release: 2023/10/20
ローリング・ストーンズの最新アルバム『Hackney Diamonds』はチャーリー・ワッツがドラムを叩いている曲もあり、またレディーガガ、マッカートニー、エルトン・ジョンなど大御所が録音に参加している。
正直なところ、思い出作りのような作品なのではないか思っていたら、決してそうではなかったのだ。ミック・ジャガーも語っている通り、「曲の寄せ集めのようなアルバムにしたくなかった」というのは、ミュージシャンの本意であると思われる。
そして、産業ロックに近い音楽性もありながら、その中にはキース・リチャーズのブギーやブルース・ロックを基調とする渋いロック性も含まれている。そして最初期からそうであったように、フォークやカントリーの影響を込めた楽曲も「Depends On You」「Dream Skies」に見出すことも出来る。そして、「Jamping Jack Flash」の時代のアグレシッヴなロック性も「Bite My head Off」で堪能出来る。他にもダンスロック時代の余韻を留める「Mess It Up」も要チェックだ。
Best Track 「Whole Wide World」
Noel Gallagher’s High Flying Birds 『Council Skies』
Label: Sour Math
Release: 2023/6/2
ノエル・ギャラガーは、2017年の『フー・ビルト・ザ・ムーン?』に続く11曲入りの新作アルバム『Council Skies』を、お馴染みのコラボレーターであるポール "ストレンジボーイ "ステイシーと共同プロデュースした。『Council Skies』には初期シングル「Pretty Boy」を含む3曲でジョニー・マーが参加している。
「初心に帰ることだよ」ノエル・ギャラガーは声明で述べた。「たとえば、白昼夢を見たり、空を見上げて、人生って何だろうと考えたり・・・。それは90年代初頭と同様に、今の僕にとっても真実なんだよ。私が貧困と失業の中で育ったとき、音楽が私をそこから連れ出してくれたんだ」「テレビ番組のトップ・オブ・ザ・ポップスは、木曜の夜をファンタジーの世界に変えてくれたが、自分の音楽もそうあるべきだと思うんだ。自分の音楽は、ある意味、気分を高揚させ、変化させるものでありたいと思う」
今作において、ノエル・ギャラガーはスタンダードなフォーク・ミュージックとカントリーの要素を交えつつも、ポピュラー・ミュージックの形にこだわっている。微細なギターのピッキングの手法やニュアンスの変化に到るまで、お手本のような演奏が展開されている。言い換えれば、音楽に対する深い理解を交えた作曲はもちろん、アコースティック/エレクトリックギターのこと細かな技法に至るまで徹底して研ぎ澄まされていることもわかる。どれほどの凄まじい練習量や試行錯誤がこのプロダクションの背後にあったのか、それは想像を絶するほどである。本作は、原型となるアイディアをその原型がなくなるまで徹底してストイックに磨き上げていった成果でもある。そのストイックぶりはプロのミュージシャンの最高峰に位置している。
「Love Is a Rich Man」ではスタンダードなロックの核心に迫り、Sladeの「Com On The Feel The Noise」(以前、オアシスとしてもカバーしている)グリッターロックの要素を交え、ポピュラー音楽の理想的な形を示そうとしている。ロックはテクニックを必要とせず、純粋に叫びさえすれば良いということは、スレイドの名曲のカバーを見ると分かるが、ノエル・ギャラガーはロックの本質を示そうとしているのかもしれない。
「Think Of A Number」では渋みのある硬派なアーティストとしての矜持を示した上で、アルバムのクライマックスを飾る「We're Gonna Get There In The End」は、ホーンセクションを交えた陽気で晴れやかでダイナミックな曲調で締めくくられる。そこには新しい音楽の形式を示しながら、アーティストが登場したブリット・ポップの時代に対する憧れも感じ取ることも出来る。
90年代の頃からノエル・ギャラガーが伝えようとすることは一貫している。最後のシングルの先行リリースでも語られていたことではあるが、「人生は良いものである」というシンプルなメッセージをフライング・バーズとして伝えようとしている。そして、何より、このアルバムが混沌とした世界への光明となることを、アーティストは心から願っているに違いあるまい。
Best Track 「I'm Not Giving Up Tonight」