Dance & Electronic 2023:  今年のエレクトロニック、ダンスミュージックの注目作をピックアップ




2023年度のエレクトロニック・シーンの話題の中で、最も注目すべきは、イギリスのエイフェックス・ツインがライブに復帰し、そして新作EP『Blackbox Lif Recorder 21F/In a Room7 F760 』をリリースしたことに尽きる。

 

フレッシュな存在としては、ウェールズからはトム/ラッセル兄妹によるデュオ、Overmonoが台頭し、ニューヨークのシンセ・ポップ・デュオ、Water From Your Eyesが登場している。また中堅アーティストの活躍も目覚ましく、ジェイムス・ブレイクも最新作でネオソウルとヒップホップを絡めたエレクトロニックに挑戦している。さらに、アイルランドのロイシン・マーフィーもDJ/ボーカリストとしての才覚を発揮し、最新作で好調ぶりをみせている。

 

2023年度のエレクトロニックの注目作を下記に取り上げていきます。あらためてチェックしてみて下さい。

 



Overmono 『Good Lies』


 

ウェールズから登場したトム/ラッセル兄妹によるデュオはデビュー・アルバム『Good Lies』(Review)でロンドンやマンチェスターの主要なメディアから注目を集めた。

 

ダブステップを意識した変奏ク的なベースに、ボコーダーなどを掛けたボーカルトラックを追加し、ポピュラーなダンスミュージックを制作している。少なくとも軽快なダンスミュージックとしては今年の作品の中でも抜群の出来であり、現地のフロアシーンを盛り上がらせることは間違いない。


全般的にはボーカルを交えたキャッチーなトラックが目立ち、それが彼等の名刺がわりともなっている。だが彼らの魅力はそれだけに留まらない。


その他にも二つ目のハイライト「Is U」では、ダブステップの要素を交えたグルーブ感満載のトラックを提示している。同レーベルから作品をリリースしているBurialが好きなリスナーはこの曲に惹かれるものがあると思われる。そして、それは彼らのもうひとつのルーツであるテクノという形へと発展する。この曲の展開力を通じ、ループの要素とは別にデュオの確かな創造性を感じ取ることができるはずである。

 

更にユーロビートやレイヴの多幸感を重視したクローズ曲「Calling Out」では、Overmonが一定のスタイルにとらわれていないことや、シンプルな構成を交えてどのようにフロアや観客に熱狂性を与えるのか、制作を通じて試行錯誤した跡が残されている。これらのリアルなダンスミュージックは、デュオのクラブフロアへの愛着が感じられ、それが今作の魅力になっている。

 

 


 

Aphex Twin 『Blackbox Lif Recorder 21F/In a Room7 F760 』 EP

 

 


 

近年、実験音楽をエレクトロニックの中に組み込んでいた印象のあるAphex Twin。久しぶりの復帰作は『Ambient Works』のアンビエント/ダウンテンポの時代から『Richard D James』アルバムまでのハード・テクノ、ドリルン・ベースの要素を取り入れた作風と言えるか。


しかし、パンデミックの期間を経て、何らかの制作者の心境が変わったように思え、スタジオの音源というよりも、ライブセットの中でのリアルな音響を意識した作風が目立つ。今年、ライブステージでもバーチャル・テクノロジーを活かし、画期的な演出を披露している。少なくとも、ここ近年には乏しかったリズムの変革を意識したEPであり、先行シングルとして公開されたタイトル曲は旧来のファンにとどまらず、新規のファンもチェックしておきたいシングルである。


 

 

 

 

James Blake 『Playing Robot Into Heaven』


 

来年のグラミー賞にノミネートされている本作。ロンドンのプロデューサー/シンガーソングライターによる『Playing Robot Into Heaven』は、ネオソウル、ラップ、そしてエレクトロニックとアーティストの多彩な才覚が遺憾なく発揮された作品である。前作はボーカル曲の印象が強かったが、続く今作は、ダンス・ミュージックを基調としたポピュラー音楽へと舵取りを果たした。

 

しかし、その中にはアーティストが10代の頃からロンドンのクラブ・ミュージックに親しんでいたこともあり、グライム、ベースライン、ハウス、ノイズテクノなど多彩な手法が組み込まれている。これは制作者がライブセットを多分に意識したことから、こういった作風になったものと思われる。しかし、ボーカルトラックとしては、最初期から追求してきたネオソウルを下地にした「If You Can Hear Me」が傑出している。特に面白いと思ったのは、クローズ曲で、パイプオルガンのシンセ音色を使用したクラシカルとポップスの融合にチャレンジしている。これはBBCでもお馴染みのKit Downesの作風を意識しているように思える。意欲的な作品と言える。




Loraine James 『Gentle Controntation』

 


 

ロンドンのエレクトロニックプロデューサー、ロレイン・ジェイムスは、ローレル・ヘイローの『Atlas』に関して「美しい」と評していました。

 

しかし、 『Gentle Controntation』も音の方向性こそ違えど、『Atlas』に引けを取らない素晴らしいアルバムであり、もしかりにエレクトロニックのベスト・アルバムを選ぶとしたら、『Gentle Controntation』、もしくはアメリカのJohn Tejadaの『Resound』であると考えている。

 

特に、「Post-Aphex」とも称すべきドラムンベース/ドリルンベースの変則的なリズムの妙が光り、そしてその中に独特な叙情性が漂う。おそらく、アコースティックのドラム・フィルをKassa Overall/Eli Keszlerのような感じで、ミュージック・コンクレートとして処理し、その上にシンセサイザーの音源や、ビートやパーカッションを追加した作品であると推測される。現在最も才覚のあるエレクトロニック・プロデューサーを挙げるとしたら、ロレイン・ジェイムスである。女性プロデューサーは、それほど旧来多くは活躍してこなかった印象もあるけれども、きっとこのアーティスト(ロレイン・ジェイムス)が、その流れを変えてくれるものと信じている。



 

 


Rosin Murphy 『Hit Parade』

 


 

世界的な影響力という側面で語るならば、今年度のNinja Tuneのリリースの中では、Young Fathers(ヤング・ファーザーズ)の1択なんだけれど、個人的にはアイルランド出身のSSW/DJのロイシン・マーフィーのDJ Kozeをフィーチャーした最新作『Hit Parade』が好き。

 

本作の発売前、LGBTQに関してアーティストは発言を行っていますが、別に間違ったことは言っていない。多分、ラベリングせず、個人としての尊厳を重んじてという真っ当な考えが曲解されたと思われる。言葉尻だけ捉えるかぎり、ロイシン・マーフィーの発言の真意に迫ることは難しいのだ。


マーフィーの故郷であるアイルランドで撮影されたビデオも本当に美しかった。DJセットを意識したダンスミュージックの範疇にあるネオソウルとしてはかなりの完成度を誇っている。ディスコソウルの範疇にある80年代のダンスミュージックの懐古的な雰囲気も今作の雰囲気にあっている。特にアルバムの中では、「CooCool」、「The Universe」、「Fader」はソウルミュージックのニュートレンドと言える。アルバムジャケットで敬遠するのはもったいない。

 


 

 


Sofia Kourtesis 『Madres』

 


 

ベルリンを拠点にするエレクトロニック・プロデューサー、ソフィア・クルテシスの最新作もコアなレベルでかっこいい。どちらかと言えば、エレクトロニックの初心者向けの作品ではなく、かなり聴き込んだ後に楽しむような作品。ワールドミュージックの要素を内包させたエレクトロニックだ。

 

アルバムの制作の前に、アーティストはペルーへの旅をしているが、こういったエキゾチックなサウンドスケープは、続く「Si Te Portas Bonito」でも継続している。よりローエンドを押し出したベースラインの要素を付け加え、やはり4ビートのシンプルなハウスミュージックを起点としてエネルギーを上昇させていくような感じがある。さらにスペイン語/ポルトガル語で歌われるボーカルもリラックスした気分に浸らせてくれる。Kali Uchisのような艶やかさには欠けるかもしれないが、ソフィア・クルテシスのボーカルには、やはりリラックスした感じがある。やがて、イントロから中盤にかけ、ハウスやチルアウトと思われていたビートは、終盤にかけて心楽しいサンバ風のブラジリアン・ビートへと変遷をたどり、クルテシスのボーカルを上手くフォローしながら、そして彼女持つメロディーの美麗さを引き出していく。やがてバック・ビートはシンコペーションを駆使し裏拍を強調しながら、お祭り気分を演出する。もし旅行でブラジルを訪れ、サンバのお祭りをやっていたらと、そんな不思議な気分にひたらせてくれる。

 

 

 

 

 

Water From Your Eyes 『Everyone's Crushed』

 


 

2023年、ニューヨークのMatadorと契約を交わした通称「あなたの目から水」、Water From Your Eyesのネイサンとレイチェルは、二人とも輝かしい天才性に満ちあふれている。

 

デュオはソロアーティストとして、インディーポップのマニアックな作品に取り組んでいるが、デビュー・アルバム『Everyone's Crushed』では、エレクトロニックやシンセポップ、ポスト・パンク、ノーウェイブ、インディーポップをミックスした新鮮な音楽に取り組んでいる。しかし、「あなたの目から涙」の最大の魅力は実験音楽や現代音楽に近いアヴァンギャルド性に求められる。またアルバムアートワークに象徴づけられる「AKIRA」のようなSFコミック風のイメージもデュオの魅力と言える。本作では、「Barley」のビートの変革、あるいは「14」でのオーケストラとポップス、エレクトロニックをクロスオーバーしたような作風も素晴らしい。

 

 

 


 

Avalon Emerson  『&the Charm』

 


 

イギリスのDJとして現地のクラブシーンで鳴らしてきたアヴァロン・エマーソン。実は、現地でしか聞けない音楽というのがある。それは他のどの地域でも聴くことが出来ず、またレコードなどの音源でも知ることが出来ないもの。アヴァロン・エマーソンのエレクトロニックはそういったスペシャルなダンスミュージックだ。旧来は、DJとしてクラブのフロアでならしてきたアーティスト。今作では彼女が得意とするスタイルに、ボーカルを加えたポップとして仕上げている。

 

『& the Charm』は、コアなDJとしての矜持がアルバムのいたるところに散りばめられている。テクノ、ディープハウス、オールド・スクールのUKエレクトロ、グライム、2Step、Dub Step、とフロアシーンで鳴らしてきた人物であるからこそ、バックトラックは単体で聴いたとしても高い完成度を誇っている。さらに、エマーソンの清涼感のあるボーカルは、彼女を単なるDJと見くびるリスナーの期待を良い意味で裏切るに違いあるまい。今回、アヴァン・ポップ界でその名をよく知られるブリオンをプロデューサーに起用したことからも、エマーソンがこのジャンルを志向した作曲を行おうとしたことは想像には難くない。何より、これらの曲は、踊りやすさと聞きやすいメロディーに裏打ちされポピュラーミュージックを志向していることが理解出来る。

 

 

 

 

John Tejada 『Resound』

 

 


 

オーストリア/ウィーン出身で、現在は米国のテック/ハウスの重鎮といっても過言ではない、ジョン・テハダ。このアルバムはベースの鳴りが今年度聴いた中で一番凄くて驚いてしまった。 


今年既に3作目となる『Resound』(Review)はテハダ自身がこれまで手掛けてきた音楽や映画からインスピレーションを得ている。クラシックなアナログのドラムマシンとフィードバック、そしてノイジーなディレイによるテクスチャを基盤として、テハダは元ある素材を引き伸ばしたり、曲げたり、歪ませたりしてトーンに変容をもたらす。さらにはシンセを通じてギターのような音色を作り出し、テックハウスの先にあるロック・ミュージックに近いウェイブを作り出すこともある。その広範なダンスミュージックの知識は、ゴアトランス、Massve Attackのようなロックテイストのテクノ、そして、制作者の代名詞的なサウンド、ダウンテンポを基調としたテック/ハウスと数限りない。

 

特に圧巻と思ったのは、「Fight or Flight」では、Aphex Twinの影響を感じさせる珍しいアプローチをとっている。さぞかしこの曲をDJライブセットで聴いたらかっこいいだろうなあと思う。



 

 

 Marmo  『Epistolae』


 


ロンドンのアンダーグラウンドのミュージック・シーンで着目すべきなのは、何もSaultだけではない。エレクトロ・デュオ、Marmoもまたその全容は謎めいており、あまり多くは紹介されない。以前、The Vinyle Facotryが紹介してくれたので、Marmoを知る機会に恵まれた。デュオは最初からエレクトロニックを演奏していたのではなく、10年前はメタルバンドとして活動していたという。

 

ラテン語で「書かれた手紙」を意味するという『Epistolae』は、COV期間中にロンドンとボローニャの間で制作された。COVID-19のパンデミックの最中に、ロンドンとボローニャの間で作られた作品。友情への頌歌であり、また、パンデミックの間につながりを保つ方法として作られた。

 

この作品については、デュオの謎めいたキャリアを伺わせるアヴァンギャルドな電子音楽が貫かれている。 その中には、トーン・クラスターを鋭利に表現するシンセ、ノイズ、アンビエント風の抽象的な音作り、そしてインダストリアル風の空気感も漂う。一度聴いただけでは、その音楽の全容を把握することはきわめて難しい。ロンドンの気鋭の電子音楽デュオとして要注目。






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